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迷宮探索者の日常  作者: 飼育員B
第二章 秋季大規模討伐参加
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第14話 日常の変化

 ケンが迷宮上層と中層の境目にある第一<転移>門を通行できるようになってからおよそ2ヶ月が経った。

 相変わらず単独(ソロ)探索者として迷宮の探索を行う日々だが、以前と今では当然だが色々と変化がある。


 直接的な変化があったのは迷宮探索のパターンだ。

 以前は一度迷宮に入ると上層と中層の境目にある狩場まで行きに2日、狩りに3日、帰りに2日の合計7日の間ずっと潜り続け、その後3日で休養と次回の探索準備を行うというのが基本的なサイクルだった。

 今は<転移>門を通じて直接狩場付近まで行けるようになったことで移動時間がほぼ無くなり、狩りに3日かけた後は休養・訓練・準備に2日という割り振りになっている。


 最も変わったのは探索時の行き先で、2回のうち1回はそれまで通り上層と中層の境目で魔石を稼いでいるが、もう1回は中層側の探索をするようにしている。

 中層探索と言ってもモンスターを斃して魔石を手に入れるのが主目的ではない。中層に入っている時間の大半は森林地帯で樹上から周囲を覗ったり、平原で小高い丘に伏せて周囲を観察したり、山岳地帯で洞穴の中に身を隠して周囲を監視したりする事に費やされている。

 こうやって待機している間に単独で徘徊しているモンスターを見かけた場合は攻撃を仕掛けてみる事もあるが、基本的にはそれぞれのフィールドの特性を調査したり出現するモンスターの種類と特性を確認したりする日々だ。


 以前よりも迷宮の中に入っている時間が減り、迷宮に入っている時間の半分は狩りではなく迷宮内部の構造研究に費やすようになったのに、金銭収入としては同等かむしろ微増している。

 迷宮の外から<転移>門を通行して中に入る場合、入場税の他に<転移>門を起動するために使用する魔石代金が徴収されたり、上層とは大きく違う中層の環境に対応するための装備費用がかかったりするので現状は利益が減るどころか赤字になってしまっているが、そのへんは必要経費と先行投資である。


 迷宮の宝箱から偶然手に入れた泡銭の使い道として、<転移>門の通行権を買うというのはかなり有意義だったのではないだろうか。



 休息日だったその日、ケンはマッケイブ市街東部にある酒場【風の歌姫亭】に来ていた。

 この5年酒を断っている彼が酒場に来たのは、酒を飲むためではなく料理が目当てである。【花の妖精亭】の主人であるエイダの料理は何を食べても大抵は美味いのだが、たまには別の味に浮気したくなる時もあるのだ。

 【風の歌姫亭】は南方の亜熱帯地域出身の元探索者が経営する店で、スパイシーな料理がウリである。香辛料を効かせた肉料理は酒のアテとしてさぞかし優秀だろうが、ケンの目的は何と言っても米だ。

 この世界に来てからパン食にもすっかり慣れたが、それ以前の30年近くはずっとお米の国の人(日本人)をやっていた関係でときおり無性に米が食べたくなる。この店で出される米料理は白米ではなくパエリアやリゾットのような炊き込みご飯系統なのだが、それでも米には違いない。


 こちらの世界に来てすぐに探索者になり、その直後半年ぐらいは精神的にも金銭的にも余裕が無い日々が続いていたせいで食事の内容が特に気になるという事は無かった。エイダが出世払いだと言って毎度美味い賄い飯を食べさせてくれていたので、味も量も全く不満がなかったというのもあっただろう。

 どうにか日々の生活が成り立つようになった頃、ふと、どうしても米が喰いたくなってしまった。それまで町の中で米を見かけたことがなかったので半ば諦めていたが、そこからいろいろと情報を集めてやっと辿り着いたのが【風の歌姫亭】である。

 望んでいた形状とは若干違っていたものの、久方ぶりに食べた米のおかげで一気に望郷の念に駆られた(ホームシックになった)のを覚えている。

 それ以来、たまにこの店にやって来ては毎回酒の一滴も飲まず米を喰っている。

 人種的に酔えないせいで酒を飲まないとか、逆に酔いすぎて問題が起こるので酒を飲まないとか、宗教上の理由で飲めないなんて人間はごまんといるのでそれでも特段目立つこともないのは幸いである。


 ちなみにマッケイブ周辺は気候の関係で麦が主食となっており、米の栽培はされていない。

 日本では品種改良を重ねたおかげでかなり寒冷な地方米の栽培ができるようになっていたが、基本的には亜熱帯の植物であるのでこれも当然だろう。まあ、この世界の米関係の植生が地球と同じであれば、という前提を置いた話だが。

 だから【風の歌姫亭】で出されている米は店主の出身地方から商人を通じてわざわざ輸入しているそうだ。

 以前に無理を言って生の米を譲ってもらい、うきうきしながら鍋で炊いて白飯をそのまま食べてみたのだが、米の種類が違うせいなのか炊き方が悪かったのか食べられなくはないが美味いとも言えないような物しか作れず、それ以降は二度と試していない。


「よーう、また会ったな」

 そう声をかけてきたのは浅黒い肌色をした禿頭の巨漢だ。

 彼はこの酒場の店主と同じ地方出身の現役探索者で、その縁で拾われて同じギルドに入っていた事からずっと交流があり、迷宮の外にいる時はほとんど毎食毎晩【風の歌姫亭】に入り浸っているようだ。

「ああ、また遭っちまったな。残念なことに」

「なんだよつれないじゃねーか。今日こそは俺のギルド(ウチ)に入りに来たのかと思ったのによ」

 そう言って、いつものようにカウンター席に陣取っていたケンの隣席にどっかりと座る。


 中層で活動するようになってから、と言うよりアルバートとパーティを組んだという事実が広まった事で、迷宮の外でもいくつか変化が起きていた。

 こうしてギルドやパーティへの勧誘を受けるようになった、というのもその変化のうちの一つだ。

 探索者として5年以上活動してきてもこれまでは一度として勧誘など受けたことがなかったのに、少し有名になった途端にこんなことになるとは、世の中現金な奴ばかりである。


 初めの頃は、アルバート達を自分のギルドにどうにかして引き込みたいという目的を隠しもしない有力ギルドや、本人たちに直接接触するのは恐れ多いがどうにかして繋がりを持ちたいという、ケンには意味が分からない理屈をこねた新人が引きも切らずやってきていた。

 うんざりしながら全て拒否し続けていると2週間程度でそういった輩は波が引くように去っていき、代わりに中堅どころのギルドや上層終盤、中層序盤あたりで活動しているようなパーティからの勧誘が来るようになった。

 アルバート達を見れば解るように上層の突破は力押しだけで何とでもなるが、中層を進むためにはある程度の探索能力が必須となってくる。今現在や近い将来を見据えて偵察者(スカウト)を探しているパーティがそれだけ多いということなのだろう。

 前衛となる戦士(ファイター)もそうなのだろうがスカウトはそれ以上に熟達するのに時間がかかるので、今すぐに必要だという状況になってから育成を始めても遅すぎる。だから外から調達してこようという考えになるのだろうが、それは見通しが甘すぎると言わざるを得ない。


 なにも孤高を気取ってソロでやっていた訳ではないので、勧誘してきたところに有難く加入させてもらっても良いのだが、ここまで来たらソロで中層をどこまで進めるか試してみたいという事にして今のところは全て断っている。

 実を言うと今までのような一人行動の気侭さが喪われるのが惜しいのと、ギルドやパーティという既存の人間関係がある場所に後から入って行って上手く人間関係を構築できるかが不安すぎて、逃げられるものは逃げておきたいという理由が大きい。

 アルバート達と組んだ時のように何らかの目的があって一時的にというのであれば、なんとか体面を取り繕えると思えるし失敗してもすぐに赤の他人になってしまうのでそこまで億劫さは感じないのだが。



 今、目の前に居る筋肉ハゲのカストもギルドへの勧誘が縁で知り合った相手だ。

 カストとはケンが【風の歌姫亭】来るたびに遭遇しているので、今では町中でも会えば挨拶ぐらいはするし、ちょうど同じくらいの時間帯に店に来れば飯を喰いながら雑談するくらいの仲になっている。

 彼がマスターとして運営しているギルドは【風の歌姫亭】の店主が現役時代に立ち上げ、彼の引退とともにカストが受け継いだもので、名前を【ガルパレリアの海風】と言う。由来はカストたちの出身地方に存在する湾岸名だそうだ。

 現在の構成員は約20名という中規模のギルドで、カストと同郷出身のメンバーが半数以上を占めている。


「別にわざわざ集めて回った訳じゃねーんだけどな。地元の地名を聞きゃ興味も出るだろうし、右も左も分からねえような嘴の黄色いのがよちよち歩いてたら気になるじゃねーか?」

「随分と面倒見の宜しい事で」

「まあな。ウチは多少人数が多くなったってそれほど困んねえし、後輩育てさせるのも経験だ」


 【ガルパレリアの海風】はガムシャラに迷宮の奥を目指したり稼ぎを増やすことに腐心するのではなく、出来る限り新人探索者も受け入れて教育施して長期的に戦力の増強をはかるという、どちらかというと育成に重点を置いた方針をとっているらしい。

 ギルドの目標は、設立者である【風の歌姫亭】店主が存命のうちに中層の最後にある第二<転移>門の門番を突破して下層まで到達すること、だそうだ。


「まあ、あの爺さんならあと30年は生きるだろうし、何とかなるだろ」

「ここの店主(マスター)ってもう60代じゃなかったっけか……」

「50過ぎまで現役やってたんだから余裕余裕。俺が寿命で死ぬ時よりも長生きするんじゃねーかあの人」

「流石に無理だろ」


 永年探索者を続けていた人間が迷宮の中で死なずに引退に至った場合、一般人に比べて長生きする場合が多い事が知られている。怪我や病死を除いた一般人の平均寿命は70歳に届かないぐらいなのに比べて、こっちは80歳を超える程度という違いだが。

 引退した探索者が長生きするのか、長生きするような人間じゃないと探索者として生き残れないのか、どちらの理屈が合っているのかは分からない。


 迷宮の攻略を目指すギルドは日本の幕末にあった新選組かと言いたくなるくらいの厳しい規則が敷かれていたり、そうでなくても狩場などの情報を漏らさないために脱退不可としているようなギルドも数多くあるが、【ガルパレリアの海風】は集団行動を成り立たせるための最低限の規律を守ってさえいればそううるさくもなく、脱退自由と言うのもウリだそうだ。

 元ギルドメンバーの中には、下層への早期到達を目標とした自分のパーティを立ち上げて中層探索に邁進しているような奴もいて、今もそれなりに交流があったりするようだ。


「脱退自由っつってもなるべく早めにして言ってくれよな。その後の運営なんかも考えんといかんからな」

「俺に言ってどうするんだよ」

「まあ、気が向いたら言ってくれや。いつでも待ってっからよ」


 その後もケンは米を食い、カストは酒を飲みながら他愛のない雑談を続けた。

 最近は戦力的な要因であまり中層の奥までは行けていないようだが、かなりのベテランなだけはあって迷宮に対する知識と経験が豊富で、話を聞いているだけでかなり勉強になる。

 探索者の常識では「情報は隠すもの」なので、信じられないの大盤振る舞いだ。

 こうやって自ギルドのメンバーではないケン相手でも、何くれと気にかけてくれる面倒見の良さも彼が慕われる理由だろう。あまり一方的に恩を受けたままなのも気が引けるので、今度何かでお礼をしようと思う。高価な酒でも贈るのが良いだろうか。




 心ゆくまで米を味わって腹を満たした後は、いつも贔屓にしている魔道具店【バロウズ】へと向かう。

「爺さん、調子はどうだ」

「ああ、元気じゃったよ。お前さんの顔を見るまではのう」

 ケンの挨拶を受けて、店主の老人は何かを書き付けていた手を止めて答える。

 手元の紙には一面びっしりと付与魔術に使われる魔術文字やら図形やらが書かれているので、いつものように魔道具の設計をしていたのだろう。


「頼んでるのはどうなった?」

「たった5日で何とかなるわけないじゃろ。どんだけ七面倒臭いもん創らせとるか分かっとるじゃろが」

 現役の凄腕魔道具(マジックツール)創作者(クリエイター)であるこの老人に何を頼んで居たかと言えば、もちろん魔道具の開発である。


 狭くて暗い通路と多少広くて明るいモンスター部屋しか存在しない迷宮上層と違い、迷宮中層からは平原や森林、砂漠などの様々な地形が出現するようになる。

 これまでは明りのない暗闇の中で逃げまわるという事だけを主眼に置き、全身黒尽くめの装備や<暗視>ゴーグルといった装備を整えていたが、今後はそれ以外の環境でも活用できる装備を整えてる必要があると考えての新魔道具開発だ。


 この2ヶ月の間に、ケンが依頼した新装備第1弾は既に完成している。

 潜伏する時に役立つ物が何か無いのかと考え、最初に思い浮かんだのがサバイバルなどで用いられている迷彩服やギリースーツといった着衣だった。

 しかし、迷宮に実際入ってみるまではどの地形に行き当たるか分からないため、事前に最適な一着だけを用意しておくのは不可能だし、あらゆる状況に対応可能なように複数の迷彩服を毎回持ち込むなんて事は出来たとしてもやりたくはない。

 そこで魔術によってその場の環境に適するように布の色を変え、その布で体を覆うことで迷彩服の代わりにするというアイディアを思いつき、完成したのが<色彩変化>マントである。サイズ的にはマントではなくベッドシーツなのだが、その程度は些細な事だ。

 使い方は簡単、布の裏側を色を写したい場所に接触させて起動するだけ。たった数秒で表面側の色が変化してその地形に対応した迷彩柄が完成する。


 従来、偽装(カモフラージュ)の手段としては<透明化>で姿そのものを消したり、<幻影>で周囲と同じような立体映像を投影するという形の魔道具が使われていたが、<透明化>は起動中の魔石消費が激しく、<幻影>は使用者のイメージ通りの映像を写すという魔術なので、きちんとした映像を作らないとあっさりと見破られてしまうという欠点があった。

 <色彩変化>も使用者のイメージ通りの模様を作る魔術ということで<幻影>同様の問題があったが、そこは<複写>の付与魔術を併用することで解決した。

 <複写>は書類などに書かれた文字を別の紙に写すための魔術だが、店主のジョン・バロウズが術に改悪(・・)を施す事で文字だけではなく色も複写するようになったのである。



 そして、現在依頼中の新装備第2弾が、壁面登攀用の魔道具だった。

「こんなもん<壁面歩行>でええじゃろが」

「<壁面歩行>は高価(たか)いだろ。モノも、魔石も」

「ふん。たまにはワシに儲けさせるつもりは無いのかのう」


 <壁面歩行>はその名前の通り垂直の壁や天井でも地面のように歩ける魔術で、魔道具としてはブーツの形を取る事が多い。高度な魔術であるせいで魔道具の価格はどうしても高くなってしまうし、効果の発動中は常時魔力を消費し続ける。

 それに重力の影響からは逃れられないので、誤って両足を同時に壁面から外してしまった場合は地面に真っ逆さまに落ちてしまう。つまり、<壁面歩行>では壁をゆっくりと歩くことは出来るが、走るのは不可能なのだ。

 高所に登るための道具として使うなら、空気を地面のように踏みしめて走ることもできる<空中歩行>の方が有用だろう。ただし、<壁面歩行>より魔道具本体の価格も魔力消費も格段に高くなるが。


 そこで、従来は防犯用途などで使用されていた<粘着>の魔術を応用することで、壁面へ張り付く事が出来ないかという事を考えている。

 蛙のように両手両足を<粘着>させて登った方が<壁面歩行>を使って2本の足で歩くより早く登れそうだし、なんといっても安価かつ低コストになるだろう。


「靴や手袋なんかに付与できるような、小型化については何とかなりそうなんだがの。<粘着>の入切(オンオフ)をどうするのかが悩みどころじゃわい」

「そこなんだよな……」

 起動したい時に起動しないのは困るし、停止したい時に停止しないのも当然困る。一番困るのは起動したくないのに起動してしまうことだろう。

 それらを予防したり誤動作が起きた場合の回復方法などのアイディアを考え、幾つか適当なのを店主に提案する。その後は考えに没頭し始めた店主の邪魔をしないように早々と退散することにした。





 翌朝、ケンは迷宮に潜るために入口へと向かっていた。


 今回は中層方面へ向かう番なので、それ向けの準備を整えて来ている。

 中層でも相変わらず真っ暗闇の通路部分があるため装備は従来通りの黒尽くめだが、今後中層側に軸足を完全に移す場合があれば色々と更新が必要かもしれない。



 <転移>門を通行して迷宮の中に入るため、迷宮管理局の建物中に入る。


 中層探索者となったことで、かなり管理局側からの待遇も変化している。

 上層探索者だった時は何と言うか、今思えば扱いが悪いというよりも人間扱いされていなかったように感じる。

 迷宮への入場税さえ払えばあとは個々の探索者が何をしようと管理局側は一切興味を持たず、誰がいつ誰と入って出てこようが出てこなかろうが何か行動を起こすことはない。

 数年から十数年に一度と言った頻度で起きるモンスターの大量発生や、この前のオーク・リーダーように場違いに強力なモンスターが発生した、探索者の損耗率が異常なくらいに高くなっているというような報告があれば探索者向けに情報公開を行うくらいで、能動的に解決に乗り出すことはない。


 しかし、第一<転移>門を一度通って資格者として管理局に登録された瞬間に話が変わってくる。


 発行される登録証に記載するために氏名・年齢・性別を聞くのは当然だとして、犯罪歴の有無・所属しているギルドもしくはパーティ名・住所|(定宿)・得意武器という事を聞くのはまだ理解できる。しかし出身地・家族構成・探索者としての経験年数・懇意にしている商店等々を聞く事に何か意味があるのだろうか。

 必須事項以外の提供は任意ということで一度拒否しようとしたが、聴取担当の女性がニッコリと笑みを浮かべながら説得しにかかる姿を見て全く引くつもりがないと悟り、早々に白旗を上げて聞かれるままに全て答えてしまった。

 出身地と家族構成についてはどう誤魔化したものかとヒヤヒヤしたが、この町のスラム出身で孤児だと答えたところ特に指摘を受けることもなく済んでしまった。聴取担当者が興味を持っているから聞いたのではなく規則だから聞いているだけなので、なにかそれらしい事が記載してあればそれで良いのだろう。


 差別ではなく区別という側面もあるのだが、ケンが知っている範囲では入場税の額以外のあらゆるものに差が付けられていた。


 この町に住んでいる人間なら誰でも知っていることだが、上層へと繋がる迷宮入口は柵で囲まれただけで野晒しになっていて、中層以降へと続く<転移>門は迷宮管理局の屋内の管理された区域に置かれ、豪華とまでは言えないがきちんとした作りの待合室まで備えられている。

 これは重要区画の管理という意味があっての事なのでそこまで差別的だとも思わないが、細かい部分にまでいちいち違いが設けられているのにはさすがにどうかと思う時もある。


 一番分かり易いのは各種窓口の担当者だろう。

 魔石の買取ですら誰でも入れる上層探索者向けと、中層以降の探索者向けで窓口が分けられている。

 上層探索者向けでは元探索者や元衛兵といった、むさ苦しかったり強面だったりする男が窓口担当になっているというのに、中層以降の探索者向けでは美人受付嬢という言葉がぴったりくるような若い女が窓口担当だ。

 迷宮探索者になるためには資格も許可も要求されないため、能力も人格も玉石混交だ。まともな仕事に就けないせいで探索者になったようなチンピラ紛いの連中も多く、そうでなくとも危険が大きい仕事であるため荒っぽくなりやすい。

 そういった輩の暴力や恫喝に対抗するために、上層探索者向けの窓口には胆力があって腕っ節の強い男を配置せざるを得ないという名目だが、さすがにこれはあからさまに差をつけすぎているのではないだろうか。

 ケンとしてもおっさんよりも若い女性の方がなんとなく嬉しいので、わざわざ文句を言う気はないが。


「お疲れ様です」

「登録証を……はい、結構です。お通りください」

 ここ2ヶ月ですっかり顔なじみになった警備担当に登録証を見せながら管理区画へと入り、利用申請窓口に座っているなんとなく見覚えがある本日の受付嬢に入場税と<転移>門利用料の支払いを済ませた。

 <転移>門を通過できるのは10分毎に1パーティまでという規則がある。その昔、規則がなかった頃に険悪だったパーティ間で大量の血が流れるような抗争が多発したことを受けて制定されたもので、この10分の間に<転移>門の周辺から十分離れるようにと初回に注意されている。

 だから利用時間の予約制度があるのだが、今回の予約時間まであと15分ほど時間がある。


 <転移>門の通行順を待っている間、ケンはいつも待合室内に掲示されているモンスターの戦利品(ドロップアイテム)や中層以降のフィールドからの採取品の買取依頼書を眺めている。

 こういった依頼が多数あるのも中層になってからの変化と言えるだろう。

 実は上層でもこういった買取の依頼は出せるのだが、上層は探索者が多いだけあってドロップアイテムの供給が比較的多いことから、手数料を取られてまで迷宮管理局にわざわざ依頼を出すことが少ない。


 こういった依頼書を見ることで情報収集にもなる。

 あるモンスターのドロップアイテム買取依頼が出されていればそのモンスターが中層で出現するのだとわかるし、どの地形で出現するのかまで書かれていたりするので遭遇に警戒することができる。

 採集品の買取依頼も同様で、最低でも名前はわかるので後で調べることが出来るようになるし、場合によってはどういった地形のどんな場所でどういった形状をしているのか、採取時の注意点は何かという事まで書かれていたりする。



 そうやって暇を潰していると、すぐに順番がやってきたようだ。

 受付が自分の名前を呼んだのに返事を返し、最後にざっと所持品のチェックをした後に迷宮の中へと向かう。

 今回の探索で何か一つでも新たな収穫があればいいのだが。

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