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迷宮探索者の日常  作者: 飼育員B
第一章 中層探索者への道
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第12話 強敵

 第1話冒頭で脳みそグッチャーとか、その後も首チョンパとかやってて今更何言ってんだオメェって感じかも知れませんが、今回はいつもよりグロ度高めな気がしなくもないのでご注意ください。

 なんか読みたくなくなったって方がおられましたら、後書きにあらすじを書いておくので参考にしてください。

 あらすじにも今更ですが、一応注意書き入れました。

 悲鳴を上げそうになる口を両手で物理的に押さえ、立ち上がって脇目もふらず逃げ出しそうになる身体を意思の力を総動員して何とか押さえ込む。

 そんなケンの様子をそいつ(・・・)は無言で(わら)っていた。


 頭の中をカッと熱くさせたのは、怒りか、羞恥か、それとも恐怖だろうか。別にどれでも構わない。今は全て不要な感情でしかないのだ。

 静かに、ゆっくりと息を吸い、止めて、吐く。

 落ち着け。冷静さを全て失った時が死ぬ時だ。



 そいつは間違いなくこちらの存在を認識していた。

 暗闇の中をこそこそと忍び歩き、這いつくばって自分を見ている奴がそこに居ると知りつつ、あえて放置しているのだ。自らは座して動かず、かと言って配下をけしかける事もしない。

 こちらがただの斥候であり、その背後には本体が控えている事を完全に理解していて、自分を倒そうと攻めかかってくるのを期待しているのだろう。


(奴は強者を望んでいる。つまり、戦いにすらならない一人きりのうちは安全だ)

 やっとある程度の冷静さを取り戻すことが出来た。

 戦力調査という目的を果たすため、部屋の奥に鎮座するそいつを観察する。


 強烈な威圧感を振りまくそれは、巨大な豚頭鬼人(オーク)だった。

 椅子に腰掛けているにも関わらず高さ2メートルにまで達しようかというその体躯は、配下であるオーク・ファイターよりも確実に二回り以上は大きいだろう。

 普通のオークのような桃色ではなく赤銅色をした皮膚は、その大半を頑丈そうな金属製の鎧で覆い隠されている。分厚い板金鎧には黒地の上に金色の線で繊細な細工が施されており、着用者の権勢を誇示しているかのように見える。

 硬い岩の地面に突き立てられた(・・・・・・・)槍斧(ハルバード)は使用者の巨体に見合う長大さで、並の人間では2人がかりでも持ち上げるのがやっとだろう。


 しかし、人間であるケンの目を最も引いたのは、この巨大オーク―――仮称:オーク・リーダーの椅子になっている物体だった。

 オーク・リーダーの体重によって半ば圧し潰されたそれは、ケンの見間違いでなければ探索者、つまり人間の死体だ。ぐちゃぐちゃに絡み合ってしまっているせいで判然としないが、比較的損傷の少ないパーツから推測して少なくとも5人分以上は有るだろう。


 上層の半分を大きく過ぎた地点にあるこのモンスター部屋まで到達できるというのは、探索者としてそれなり以上の実力を持ったパーティである事を示している。

 しかも、マッケイブ迷宮上層に数多く存在するモンスター部屋の中で、最大級の規模を誇るこの部屋を回避せず突入しているとなれば、いわゆる「稼ぎ」を行う奴らの中でも完全な戦闘向けの編成をとっているパーティのはずだ。

 中層以降の探索する場合は戦闘以外の分野にも高い能力が必要とされるため、中層まで行けるだけの実力はあるが上層で魔石を稼ぐというスタイルのパーティはいくつか存在しているし、そこまでではなくても大部屋に入るのであれば出現するボスモンスターに対抗するための準備を抜かりなく整えていただろう。

 そんなパーティを少なくとも1つ、もしかすると2つ以上も壊滅させたとなれば、オーク・リーダーとその取り巻き共の強さは上層の域を完全に超えていると判断せざるを得ない。



 それを踏まえて、これからどう行動するかについて検討する。

 安全を第一に考えるのであれば、悩むまでもなく引き返すべきという結論しか出ない。

 この先の大部屋は、入口から中層までなるべく順路を通って進もうとした場合、どうしても当たってしまうモンスター部屋の一つだ。だが、横道を駆使すれば避けて通ることもそう難しくはないし、そんな事はケンが単独(ソロ)で潜る時にはいつもやっている事だ。

 ここから大部屋を迂回して中層を目指す場合は約半日分の距離を後戻りしなくてはいけないが、ケンもアルバートたちも入口から中層まで往復可能なくらいの食料は持ちこんでいるので、物資が不足する心配はない。


 逃走中、ボスに背後から襲われる危険は考えなくて良い。

 これはオーク・リーダーの知能や性格がどうこうという意味ではなく迷宮のシステム上の話で、大部屋で湧いたボスとその取り巻きは、湧いた部屋から一定距離以上は離れる事ができなくなっているのだ。

 そうでもなければこの戦闘狂オークは部屋の中に留まったりせず、迷宮中を放浪して戦う相手を探し回っていただろう。


 一度地上に戻り、迷宮管理局あたりに報告するのも手だ。

 管理局自身はどうせ動かないが、こういう報告があったと探索者向けに公表するくらいの事はやるだろう。

 そうすれば、あとはどこかの大規模ギルドか腕自慢パーティあたりが勝手に乗り込んで行き、数日もすれば元通り平穏な上層になっている事だろう。

 別に誰かと競争している訳では無いのだから、安全が確保されてからゆっくり戻ってくれば良い。


 ケンがソロで行動していた場合、ここまでで考察を打ち切ってさっさと帰り支度を始めるところなのだが、現在はアルバート達とのパーティ行動中である。


 オーク・リーダーが超上層級の戦闘能力を持ったモンスターなら、アルバートの方だって超探索者級の逸材である。

 戦闘狂のアルバートは今日一日でずいぶんと鬱憤(フラストレーション)を貯めているようだし、今回の探索は少なくとも明日までは続くのだから、どこかで上手くガス抜きをする必要があるとは考えていたのだ。

 必要性の無い危険を冒そうとしているのなら何としてでも止めるし、責任感の強い彼なら止まるだろうが、モンスター部屋のボス討伐は中層に辿り着くために必要な危険であると強弁されてしまえば、思い留まらせるのは難しくなる。

 最悪、一人だけで逃げるという選択肢も無い訳ではないが、我が身可愛さでパーティリーダーの決定に反するような事をすれば、今後パーティを組んでくれる探索者は一人も居なくなるだろう。



 ならば、戦闘になることを前提として、どう戦えば最も勝率が高くなるかを考えてみよう。

 

 順当に考えれば、オーク・リーダーにはアルバートをあて、オーク・ファイター3匹はクレア、ダーナ、ケンの3人で対応することになるだろう。

 クレアはともかくとして他の2人は一対一ではファイターに劣るが、倒そうとするのではなく回避と防御に徹すればかなりの間持ちこたえられるはずだ。そうやって前衛が時間を稼いでいる間に、エミリアがファイターを魔術で順番に焼いていけば良い。

 3対3の状態が首尾よく3対2になってしまえば、後は加速度的にこちらの優位に傾いていくだろう。

 問題はオーク・リーダーの実力が未知数であることだ。取り巻きを全て排除するまでアルバートが耐えきれるなら、勝利は疑いないのだが―――


 そうやってケンが悩んでいるとオーク・リーダーがおもむろに立ち上がり、地面からハルバードを引き抜いて構えた。

 終にしびれを切らしたかと緊張に一瞬身を硬くするが、武器が振り下ろされた先にはケンの体ではなく、地面に転がっている岩石の一つだった。

 真上からの振り下ろしの一撃であっさりと岩を砕いた後、そのまま突き、切り上げ、薙ぎ、止める。ただでさえ扱いの難しい長柄武器(ポール・ウェポン)を自由自在に操るその姿は、戦士としての熟練を感じさせる。


(実力を測りかねている雑魚に、ご親切にも教えてくださったって訳か)

 それは自らの技量に対する自負の現れだったのだろう。だが、ケンからすればわざわざ手の内を明かすのはただの愚行で、自信ではなく慢心だ。

 戦士としての能力があまり高くないケンでは、オーク・リーダーの腕前を絶対値としてどうか判断するのは難しい。しかし二者間の相対的な上下関係であれば、かなり正確に判定する自信がある。

 自分より強い者からは尻尾を巻いて逃げる事で迷宮の中を生き延び続け、その過程で磨かれたケンの勘は「奴はアルバートの足元にも及ばない」と言っている。アルバートが剣を振る姿から感じた底知れなさは、こいつからは一切感じられない。

 オーク・リーダーの実力が不確定であることが最大の懸念材料だったが、自らそれを証明してくれたおかげで不安の種が一掃されたことになる。



 しかし、そんなケンの目算はあっさりと崩れ去った。


 これまでケンの位置からはオーク・リーダーの巨体のせいで死角になっていた場所から、ローブを着た小柄な人物が姿を現したのだ。

 小柄と言ってもケンと同じくらいの上背はあり、隣の巨体との対比で殊更小さく見えているだけだが、通常のオークより小柄であるのも確かである。

 問題なのはその人影が顔を隠すためのフード付きローブを着て、おまけに杖まで持っている事だ。オーク・メイジなど噂すら今まで一度も聞いたことがないが、杖にローブとくれば魔術師(メイジ)と相場が決まっている。

 小柄な人影がリーダーに対して何かを抗議するような仕草を見せると、リーダーが煩そうに手を振って退けようとする。それでも引き下がらず更に何か言い募ったところで、リーダーがやれやれといった動きで元の場所にどっかりと腰を下ろした。


 敵が一人増えたことで、先程のシミュレーションは全く無意味なものになってしまった。


 数の上では互角であり、個々の実力を足し合わせればまだこちらが有利だろう。しかし、敵にも魔術師が含まれているとなると、単純な能力差では勝敗を計れなくなる。

 魔術師が姿を見せたことでケンが動揺したのを感じ取ったのか、オーク・リーダーがこちらを見てはっきりとした嘲笑を浮かべる。

 ニヤニヤとした表情を消さないままにオーク・リーダーが声を上げると、やはり死角になっていた場所から追加のファイター2匹ともう1匹、黒い法衣姿のオークが姿を現した。セオリーからすれば法衣姿の奴はプリーストで、つまり治癒術師であろう。


 自分の馬鹿さ加減に思わず声を上げて笑ってしまいそうになる。

 思わぬ強者の登場に萎縮して敵の戦力を見誤り、勘違いした情報を元に甘い見通しを立てる。予想外の戦力の登場に作戦を狂わされたばかりなのに、さらなる追加戦力の有無など考えもしていない。

 どちらが慢心していて、どちらが怠慢なのか。これでは見下されて当然だ。


 今回は敵の優しさに命を救われた。この()は必ずしなければならない。

 今は生き延びて、この恥辱はいつか敵の血で濯ぐのだ。



 これまで以上の注意を払いながら来た道を戻り、仲間たちと合流する。

 ケンが無事戻ってきたことに安堵の表情を浮かべた彼らだが、ケンの報告を聞くにつれてどんどんと険しい表情に変わる。

 探索者の死体、敵配下の戦力、オーク・リーダーの動きから推測される実力を含めてアルバートに全て提供する。なるべく客観的な事実を伝えるように心がけたはずだが、少なからず個人的な心情が混じってしまった事は否定出来ない。


「撤退する」

 アルバートはケンの怒りなどに惑わされず、悩む様子もなく正しい判断を下す。

 心情的にはともかく、理性の部分ではケンにも異論はない。今いるメンバーだけでは手に余るのは確実で、最低でも中層クラスの探索者を10人、万全を期すならその倍で当たるべき相手なのだから当然だ。

「了解した。俺としても撤退すべきだと思っている」

 しかし、それでも。それでもなんとかして今すぐ一泡吹かせてたいという感情を抑えることができない。


「ただ、撤退する前に一つだけ試させて欲しい。それが致命的な結果を引き起こさないという保障はできないから、駄目だと思うなら断ってくれていい」

 ケンの要求に一瞬驚いた顔をしたアルバートだが、すぐに何かに気付いてニヤリと表情を歪める。

「また、実験か?」

「もちろんだ」



「エミー。幾つか質問がある」

 許可するかどうかを答える前に試したいことの内容を教えろ、と至極もっともな事を言われたが、それに回答するためには先ず、これからやろうとしている事が可能だと思える(・・・)かを確認する必要がある。


「<業火嵐>のように、離れた場所を基点としてその周囲に影響を及ぼす魔術の場合、途中で発動に失敗したとしたら何が起きる」

「魔術を構築するために体内から引き出した魔力が喪われてしまうだけで他には何も起こらない」

「じゃあ、見えない場所、例えば屋外にいる奴が一切内部が見えない部屋の中を基点として魔術を発動させようとした場合、魔術は発動するか?」

「発動しない」

「目標とした場所以外、部屋の中ではなく外で発動したりすることは無い?」

「私が知る限りそういった事例はない。少なくとも術者が明瞭な意識を保った状態で魔術を使用する限りあり得ない事であると推測する」


 暴走する危険がゼロでは無いことは悪材料だが、成功した時に得られる利益(メリット)を考えればこの程度の危険性(リスク)は許容しても良いだろう。

「<遠隔通話>とか<転移>ってのは、見えない場所を目標にして魔術を使用している訳じゃないのか」

「それらの魔術は対象とする相手や場所について明確に把握していなければ発動する事ができない。認識が不完全だった場合は一切の効果を現さずに発動に失敗する」

「つまり、きちんとしたイメージさえ構築できるなら、見えない場所に対して魔術を発動するのも不可能ではないんだな」

「その通り」


 ほぼ完璧に期待していた通りの答えが得られた。

 この場にいる仲間たちは全員、ケンがこれから何をしようとしているのかについてとっくに感付いているだろうが、改めて宣言する。

「通路から部屋の中に<業火嵐>をぶち込んで、あの糞豚を丸焼きにしてやろう」


 明確な成功のイメージを持つことが成功への第一歩である。

 自己啓発本の煽り文のような言葉だが、魔術に限って言えば疑いようもない真理である。逆に言えば、失敗に繋がるイメージを排除していくことが成功へ繋がる道になるだろう。

「<業火嵐>の射程はどのくらいだったっけ」

「これまでの最高記録は約50メートル。ただしこれは直接見ている場所にしか明確なイメージを構築できなかった以前の私の記録」

 そう答えるエミリアは自信に満ちた表情だ。

「今の私ならケンの協力があればここからでも届く」


 部屋の入口からオーク・リーダーが座っていた場所までは約20メートル。射程50メートルとして、確実を期すなら部屋の入口まで30メートルの地点まで近づく必要がある。

 しかし、モンスター部屋の中で発生したボスはその部屋からあまり離れられないと言っても、そこまで近づけば完全にモンスター達の行動可能範囲に入ってしまうだろう。

 普通に考えれば、目標との距離が大きくなるにつれてだんだんと魔術の構築が難しくなっていくので、出来る限り目標に近付きたいところだ。

 だが、これからやろうとしているのは視界の外に攻撃魔術を使うという超高難易度の行為なので、数十メートル程度の距離の違いなら難易度の差は誤差だろう。

 何よりもエミリア本人が大丈夫だと言っているのだから、何も問題ない。


「エミーはこの先の部屋に行ったことはあるのか?」

「8ヶ月前と7ヶ月前に一度ずつ入ったことが有る」

 実はこれが最大の懸念材料だったが、一度でも見たことが有るのなら後は何とかなるだろう。

 脳の中には過去の記憶が全て残っているのだと言われている。忘却という現象は脳の中から記憶が消えてしまったのではなく、ただ検索に失敗しているだけなのだと。

 だとすれば、どうにかしてモンスター部屋の記憶を脳の中から引っ張り上げて来れば良い。


「じゃあ、エミー。二人で部屋まで歩こう(・・・)か」

 部屋の方向を向いて立つエミリアの背後に回り、肩に手をかける。

「最初は目を開けたままで良い。実際に4歩だけ歩いてみよう」

 エミリアと歩調を合わせ、わざと大きく足音を立てて歩く。


「次は目を閉じて、目を閉じる前の光景を頭の中で思い浮かべてみようか」

 エミリアの目を右の手のひらでそっと押さえ、形の良い耳に口を寄せて囁きかける。頭ひとつ分身長差があるせいで背後から覆いかぶさる姿勢になってしまったが、気にせず左手も使って抱きすくめる。

「あとは頭の中で、想像の自分自身を歩かせるだけ。簡単だろ?」

 腕の中の少女からの肯定の意思を受け取ったら、あとはもう立ち止まる必要はない。


 ケンのつま先が一定の間隔で立てるコツコツという足音に合わせ、エミリアが歩く(・・)

 5メートル、10メートル。通路が右に緩やかなカーブを描き始める。20メートル、30メートル、40メートル。今度は徐々に左に。50、60、70、80。目の前にほとんど直角の曲がり角がある。そこを左に折れ曲がると、大部屋から光が漏れているのが見えてくる。

 そこから真っ直ぐ30メートルも進めば、そこはもうモンスター共が我が物顔で闊歩する部屋の中だ。

 部屋は奥行き40メートル、幅30メートル程度の楕円形で、ところどころに人間くらいの大きさの岩がある。配下のオークたちはその影に隠れてしまっているかも知れないが、今はそんな雑魚共に構う必要はない。

 狙うのは、何も遮るものがない部屋の中央に鎮座している巨大な豚だ。下卑た笑いを浮かべているその顔を目掛けて―――


「全力でぶちかませ」


 大部屋の方から轟々(ごうごう)という音がしばらくの間響いた後、かなり遅れて強い風が吹いた。100メートル以上の距離を隔てていても火傷しそうな程の熱風が肌に絡みつく。

「成功、した」

 息も絶え絶えで地面に倒れ込みそうになるエミリアの体を背後から支え、そっと地面に座らせる。

 酷く疲れを滲ませながらも誇らしげに微笑む少女に、ケンは惜しみない賞賛の言葉を贈る。

「最高だ!」



 魔術の炎によって熱せられた空気が冷えるのを暫し待ち、それからモンスター部屋へと向かう。

 エミリアだけをその場に残していく事も考えたが、本人の希望と背後からモンスターが来ないという保障が無いことから全員で向かうことになった。短い休息でも歩ける程度には回復していることだし、いざとなればケンかアルバートあたりが担いで逃げればいい。


 大部屋に近づくにつれて急速に気温が上昇していく。

 魔術の余波によって熱せられた岩が所々でチリチリと音をたてているが、直接触れなければなんとか耐えられる程度に収まっている。

 極度の高温に曝されたせいで燃える物は灰まで燃え尽きてしまったのか、物が焦げるような匂いもほとんどしない。


 大部屋に辿り着き、警戒しながら中へと進む。

 配下のオーク共も転がっていた探索者達の死体もまとめて、荒れ狂った地獄の炎で焼かれてしまったようだ。先ほどケンが見た時よりもかなりスッキリとしてしまった部屋の中で、オーク・リーダーだけが独りきりで立っている。

 モンスターとしての格が高いだけはあってどうにか生き残ったようだが、当然無傷では済むはずもない。美しい装飾が施されていた鎧は見る影もなく焼け焦げ、隙間から見える皮膚にもかなりの火傷を負っている。

 それでも自分の両足で地面にしっかりと立ち、両腕に得物(ハルバード)を構えてこちらを睨めつけるその姿は、敵ながら天晴と言うべきだろうか。


「良いザマだな、焼豚野郎。いくら自分に自信があるからって、敵を甘く見てるからこうなる」

 言葉は通じていないはずだが、声に込められた嘲弄を感じとったのだろう。苦痛によって歪んでいたオーク・リーダーの表情が怒りによって更に険しいものに変わる。


「俺が正面に立つ。エミーは大人しくしていろ。クレアはエミーの護衛だ。ダーナは距離を保って援護。ケンは……まあ好きにしてくれ」

「こっちはお前が例え虫の息だったとしても一切手加減はしない。色々と教えてくれた礼に全力で殺してやるよ」

 憤怒の形相を浮かべるオーク・リーダーの咆哮を合図に、戦闘が開始された。



 最初にオーク・リーダーと直接刃を交わしたのはアルバートだ。

 手にした両手剣(クレイモア)を煌めかせて真正面から突撃を仕掛けるアルバートに対し、オーク・リーダーはハルバードで横薙ぎの一撃を放つ。

 懐に入れたくないという意図が見え見えの一撃をアルバートは一瞬だけ速度を緩めることで躱し、あっさりと懐に潜り込んだかと思うと鎧で守られていない膝の裏を切り付け、次の瞬間には相手の武器が届かない場所まで離脱を完了している。


 アルバートに攻撃するためにオーク・リーダーが足を踏みだそうとすれば、絶妙のタイミングでダーナが投げつけた石が顔を掠め、生まれた隙を見逃さずに踏み込んだアルバートが装甲の薄い場所を斬る。

 アルバートを牽制するためにハルバードを振れば、腕が伸びきった瞬間を逃さずに死角から忍び寄ったケンが膝の裏を殴りつける。<重量増加>を全開にしたメイスの一撃は想像以上に重く、オーク・リーダーは思わず姿勢を崩してしまう。

 次の瞬間、至近距離まで迫ったアルバートのクレイモアが横薙ぎに振るわれ、首を狙ったその一撃を辛うじて武器の柄で受け止める。武器を使った反撃を諦め、崩れた姿勢のままで手を伸ばしてどうにか捕まえようとするが、簡単に逃げられてしまう。

 姿勢を立て直そうとして動きを止めてしまい、背後から頭部を痛打される。

 顔を目掛けて盛んに投げられる石はただ鬱陶しいだけで当たっても大したことがないと気付き、無視しようと考えたところで、絶妙のタイミングで投げられた投擲用(スローイング)ナイフが眼球に突き刺さる。

 それとほぼ同時にメイスの一撃で右膝の骨を砕かれ、クレイモアで左手首を切り飛ばされていた。



 ◆ ◆ ◆



 圧倒的な優位に立ちながら些かも緩みを見せることもない敵の姿に、片目・片手・片脚までを破壊された彼は負けを悟り、死を覚悟するしか無かった。

 戦う前から薄々と、一度矛を交えてからはっきりと思い知らされたが、両手剣を持った戦士の強さは規格外であった。目では捉えきれない程の速度で動き、鋼鉄並の強度を誇る己の皮膚を易々と切り裂いていく。

 仮に自分が万全の状態で、正面から一対一で戦ったとしても負けを覚悟しなければならない程に、強い。


 だからこそ残念だと思った。

 あの役立たずの配下どもが生き残っていれば周囲を飛び回る羽虫の相手をさせて、自分は心ゆくまでこの戦士と死合が出来たものを。


 せめて、命尽きる前に一矢報いよう。この戦士に己の存在を刻みつけてやろう。

 首を狙って放たれた横薙ぎの一撃に対して、片手では満足に振ることもできなくなった槍斧(ハルバード)を捨てて右手を盾にする。

 相手の剣を腕に食い込ませ、掴む事で封じた上で手首の無い左手で殴り飛ばそうとするが―――無念。


 剣を振り抜いた青年の姿と首から上を喪って跪く自分の身体を空中から見下ろしながら、彼の短い生涯は幕を閉じた。

今回のあらすじ:

 モンスター部屋でケンが見たのは、今までになく強大な力を持つオーク・リーダーとその配下のオーク達だった。

 その強敵に対してMAP外から(エミリアが)MAP兵器で一掃し、それを耐え切ったオーク・リーダーを激戦の末(アルバートが)打ち倒した


2行で終わりましたねぇ……

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