第11話 迷宮上層探索:2日目
2014/8/7追記
指摘を受け、道中の探索をずっと「ケンのみが担当」していたのを「ケンとダーナが交代しつつ担当」に変更。
流れには全く変化ないので再度読みなおして頂く必要はありません。
迷宮上層探索を始めてから一夜明けた日の早朝、見張り番以外のパーティメンバーも目を覚まして行動を始める。
迷宮の外ではそろそろ日が昇った頃だろうか。
昨夜はあれから通りがかる探索者もおらず、モンスターの襲撃も一度も受けないという静かな夜だったのだが、迷宮の中で手が届く範囲に他人が居るという慣れない状況のせいか、少々落ち着かない気分ではあった。
それでも、周囲の警戒から何からを全部一人でこなさなくてはいけない単独探索時とは違い、見張り担当の時間以外は多少なりとも警戒を緩めることができるため、おかげで休息は十分である。
前日はモンスターを殺戮して回るアルバート達4人の後ろを黙って付いて歩いただけなので、大して疲れてもいないのだが。
5人で揃って朝食を摂りつつ、今日の予定について打ち合わせを行う。
「2日目の今日からは事前の計画通りに5人で動きたいと思っているんだが……何かあれば最初に言ってくれ」
特に異論は出なかった。
「まずは陣形を変えよう。昨日は全員が一塊になっていたが、今日はまず俺が1人で数十メートル先行して前方の警戒を担当する。あとの4人は昨日と同じで良いが、後方の警戒をやや厚くして欲しい」
ケンは高性能な<暗視>が付与されたゴーグルを所持しているため、1人なら<持続光>などの光源無しで行動することができる。
明りを持たない分、視覚に頼る小鬼人や豚頭鬼人に発見される可能性が低くなるので、索敵担当としては適任であろう。
これだけであれば、普段ソロで探索している時と何も変わらない。いつもと違うのは後方から来る仲間に対して情報を伝える必要があるという部分だ。
「1人だと危険……な訳が無いか、いつもの事だもんな。前後の連絡はどうやって取るんだ? さすがに大声で話すわけじゃないよな」
数十メートル離れた奴同士で会話が成り立つ程の大声を上げて続ければ、たちまちのうちに大量のモンスターに包囲されてしまうだろう。
仮にモンスターに襲われる危険が全く無かったとしても、そんなに頻繁に大声を出していればすぐに声が枯れてしまう。
「本当は<遠隔通話>か<念話>の魔道具でもあれば良いんだが……」
「私はその魔術を修得していないため使用することができない」
「と、言う訳なのでこれを使う。この石は探索者の間ではそこそこ使われてる物で、探せばそこらじゅうで見つけられるし、買ってもそう高いもんじゃない」
そう言いながら取り出した布袋の中に入っていたのは、よく光を反射すること以外は何の変哲もない小石だった。
「これは光石と言って、受けた光を元の方向に反射する性質を持っている。今は明るすぎてよく分からないだろうが、周囲が暗い状態で遠くから<持続光>なんかの光源が近づいてくるとこの石だけがよく光って見える」
この光石を使って、先行したメンバーが後続に対して進行方向や発見したモンスターなどの情報を伝えるのである。
分かれ道などで進行方向を示す時は、分岐点を少し通り過ぎた先の地面に石を矢印状に配置する。
進行方向以外の道にモンスターを発見した場合、敵がいる方向の横道に複数個の石をまとめて置く。危険度はモンスターの種類、数、距離および遭遇確率の高さから偵察役が総合的に判断して石の個数で表現する。2個で危険度ごく低、3個で低、4個で中のように石が多くなるごとに危険度が上昇していく。
上層ではほとんど存在しないが、進路上に罠がある場合は危険箇所を石で囲む事にした。囲まれた場所の外を歩くことで安全に進めるという寸法である。
パーティ内で相談した結果、分かれ道ではない直線部分にも数十メートル毎に1つ、通路の中心に石を置いていく事になった。
分かれ道だけに石を置いていく場合、仮に後続が間違えた方向に進んでしまっても、次の分かれ道に到着して石が置かれていないのを見るまで間違えたことに気付けないのではないか、という指摘があったからだ。
石の数には限りがあるため、偵察役が置いた石は連絡内容を確認した後で本体メンバーが回収する。これは、後日別のパーティがこの道を通った時に混乱させないための配慮でもある。
「正直に言うと、俺もこういった物を使うのは初めてなのでイマイチ勝手が分からないんだけどな」
最初のうちは分かれ道を通り過ぎた先で毎回合流して、石の置き方について意見交換する。歩行速度やモンスターの危険度判断についての摺り合わせも必要だろう。
ケンとその他の4人が合流する際、万が一にでも同士討ちが発生する危険をなくすため、事前に合図を行う。
声による合図では敵が近くにいた場合に都合が悪く、音による合図は誤報や聞き逃しの可能性が大きいだろうということで、ケンとダーナが「念のために」と1つずつ所持していた<持続光>の魔道具を使い、特定のパターンで点滅させることで互いに指示を出し合うことにする。
これはこれで光を目撃したモンスターにこちらの存在を察知される危険があるが、余計な場所にまで光が届かないように魔道具の周りを何かで覆えば多少はマシになるだろう。
点灯時間の長短と点滅回数の組み合わせで「明りを消せ」「その場に止まれ」「ゆっくり進め」「急いで進め」「了解」という5種類の合図を出す。あまり複雑な合図を作っても覚えきれないし、種類が増えると加速度的に見間違えの可能性が高まるだけなので最初はこんなものだろう。
光を使った合図について検討していた時にふと思いついたので、通常の明りのとり方についてもちょっとした趣向を凝らす。
昨日は棒の先端に<持続光>かけたものを松明のように掲げる事で明りにしていたが、今回はその辺で拾った拳大の石に<持続光>をかけた後、地図用の羊皮紙を円錐状になるように丸めて中に入れる。
これで何が出来たかと言えば、即席の懐中電灯のようなものである。
照らす方向を前面に限定する事で、側面や背面に居るモンスターから発見される可能性が減ることを期待してのいる。
このやり方だと自分達の足元まで暗くなってしまうのが少々難点だが、上層の順路部分に限って言えば長年に渡る探索者の往来によって地面が平らに均されているので、そこまで足元が不安定になるわけでもない。
この懐中電灯もどきは粗製も良いところなので耐久性が低い上に使い勝手も甚だ悪い。とりあえず適当に使い勝手の確認をした後は改良するなり元のやり方に戻すなり好きにすれば良いと言っておく。
アイディアは出すだけ出したが、直接自分で使うものでもないのでその辺は適当に丸投げしてしまう。
「これって、周りの筒を磨いた金属みたいに光を反射するもので作ったら、普通に<持続光>を使うよりも遠くまで照らせそうですよね」
ダーナがなかなか鋭い事を言っていたので、素直に褒める。
もっとも、この世界にも電灯の傘のように装飾と埃よけを兼ねた反射板が付いた照明器具は存在しているため、そこから発想を展開すれば割と簡単にたどり着く答えではあるのだが。
むしろ、<持続光>の魔術や魔道具という熱を発しないコンパクトな光源が存在しているのに、今までこういった形式の物が発明されて広く使われてこなかったのがケンにとっては不思議である。
都市部の一般家庭では「一家に一台」と言ったレベルで普及している<持続光>の魔道具だが、まだそれなりに高価なものであるため携帯型の光源に対する需要が小さいからだろうか。
ひと通りの打ち合わせと片付けを済ませた後、ようやく本日の探索開始となった。
「今日は、避けられる戦闘は全部避けて進むつもりだ」
予めそう宣言しておく。これには戦える相手とは全て戦ってきた前日との対照実験という意味もある。
なるべく避けると言っても進路上にモンスターが居れば逃げようがないし、横道に居る場合でも距離がごく近かったり、洞窟狼のように比較的遠距離からこちらの存在を感知できるモンスターの場合は安全を考えて倒さざるを得ないのだが。
迷宮奥に向けて進み始めてから約30分後。
3つ目の分かれ道を通り過ぎた後で、本日初遭遇となるモンスターの気配を捉えた。正面から近づいてくるドスドスという足音は一つきりで、この重い足音から考えてまず間違いなくオークだろう。
今立っている場所から30メートルほど先で通路が右にカーブしているせいで先が見通せないが、足音の大きさからして接触までに数十秒から1分程度の猶予があると思われる。
(これは実験にお誂え向きの状況だな)
まずはアルバート達と合流し、モンスターを発見したと報告する。
「正面からオーク1」
武器の柄を左手で確かめながら進もうとするアルバートを押し留め、一つだけ実験させて欲しいと伝える。
アルバートが持っていた懐中電灯もどきの中から<持続光>がかかった石を掴み出し、進行方向のカーブ目がけて投げる。石は何度かバウンドした後、狙い通りにカーブの真ん中あたりで止まった。
<持続光>が発する光でカーブ部分は明るく照らされ、ケン達が今居る場所は影になって薄暗い。暗い方から明るくなっている向こう側は良く見えるが、明るい方から暗くなっているこちら側はほとんど見えなくなっているはずだ。
「エミー。曲がり角にモンスターが見えたら攻撃魔術を……そうだな、<火球>あたりを練習するか。目の前に来るまで二発撃てるくらいの猶予はあるはずだから、ゆっくりと、あせらずやればいい」
エミリアがこくりと頷いて杖を構える。他の3人はこの場で迎撃準備を整えるようだ。
「エミーが一発目を撃った直後に<持続光>を点ける」
「応」「了解」「承知しました」「はい」
初撃を放てば当たり外れに関係なくモンスターがこちらの存在に気付くだろうから、そこからは隠密性よりも視認性が優先だ。
暗闇の中で沈黙のまま待つ事十数秒。遂にカーブの先にモンスターが現れる。姿を見せたのはケンの予想に違わずオークが1匹だけだ。
オークは醜い豚の頭部とでっぷりと突き出した腹を持つ、身長約2メートルの二足歩行モンスターである。何かの獣から毛皮を剥いだそのままの粗末な腰ミノを着け、長さ3メートル程の簡素な木槍を持っただけのそいつは、まんまと<持続光>がかけられた明るい光を放つ石に気を取られていた。
「<火球>」
その隙を逃さず、エミリアが魔術によって生み出した火の玉をオークに向けて射出する。
正面からの戦闘に限れば並の探索者などよりよほど優れた戦士であるオークだが、感知の遅れは文字通り致命的だった。すんでのところで飛来する魔術の存在に気付きはしたものの、そこから一歩も動けないまま右肩のあたりに直撃を喰らってしまう。
高温の炎によって右肩と右の二の腕が骨まで完全に焼き尽くされ、痛みと衝撃によって地面に倒れてのたうち回る。その口からほとばしる悲鳴は見た目通りの豚のような甲高い声である。
かなりの重症だが、当たりどころが良かったおかげで命だけはなんとか助かったようだ。いや、苦しみが続く彼からしてみれば運悪く生き残ってしまったと言うべきか。
そんな不幸なオークの苦しみなどには一切斟酌せず、無常にも処刑を宣告する者がいた。ご丁寧にも隣には執行人まで揃っている。
「おお、ちゃんと当たるじゃないか。次、<風刃>で。角度的に首を狙うと良い」
「了解―――<風刃>」
放たれた風の刃は狙い過たず地面を転げ回るオークの首に命中し、頭と胴体を泣き別れにする。切断された勢いで頭部がごろごろと数メートルも転がった後、胴体と共に崩壊して淡い光を立ち昇らせる。
迷宮内のモンスターの常として死体は跡形もなく消えてしまい、直前の惨状を窺わせるものは何も残っていない。
「ナイスショット」
「ん」
ケンの称賛に対して言葉少なに応えたエミリアはいつものように無表情だが、どこか嬉しげな、満足そうな雰囲気を漂わせている。
エミリアとは対照的に何処か不満気な様子を見せているのがアルバートだ。どうも自分の出番が全く無かったのがお気に召さない様子である。
「先に言っておくが、今日はずっとこんな感じだぞ」
「解っている」
全く納得していないのがありありと分かる声音だが、アルバートであれば馬鹿な事はしないだろう。自分自身だけならどれだけ困難で危険な道でも頓着しないが、仲間が危機に陥るような道にわざわざ突っ込むような男ではない。
その容姿・信念・腕前に至るまでつくづく物語の主人公のような男だ。それに加えて抜かりなくハーレムまで作っているのだから、行く末はきっと伝記に書かれるような英雄だろう。
大事な部分がもげてしまえばいいのだ。
主人公野郎の事はさておき、その後の探索も比較的順調に進んでいる。
途中から合流の度に探索役をダーナと交互に担当するようにしたのが唯一の変化で、基本的な行動方針は変わらない。
一度だけ、ケンが戦闘を回避できると判断して先に進んだ後で洞窟狼の群れと戦闘になってしまったが、嬉々として剣を振るうアルバートによってあっけなく屠られたようだ。
危険度の判断基準に修正を加え、その後も移動優先で探索を続ける。
それに気付いたのは正午を少し過ぎた頃の事だった。
真っ暗な迷宮の通路を突き進むケンの感覚に一つの違和感がある。ここ最近でお馴染みとなっているこの感覚は這い寄る影に違いない。
<暗視>ゴーグルによって増幅された視覚で辺りを見渡せば、三十数メートルほど先にある大きな岩陰に蹲った何者かの存在が感じ取れる。
現在地はまだ入口から第一<転移>門までの道程を6割ほど消費したところで、探索者達に『影豹の棲家』と呼ばれるクリーピングシャドウの大量発生地域はまだまだ先のはずだが、この近くで影豹が湧く場所でもあったか、もしくは偶然湧いたのだろう。
どの種類のモンスターが湧くかは場所によってだいたい決まっているのだが、稀にこういう事もあるので油断は禁物なのだ。
何はともあれ、動くのは後続と合流してからだ。
「何かあったのか」
何かあっていて欲しいと言いたげな表情を丸だしにしたアルバートが意気込んでいるが、残念ながらここからどう転んでも戦闘狂を満足させられるような状況にはなりそうもない。
隠密状態を破られた影豹の戦闘力など、ゴブリンよりは多少マシという程度でしかないのだ。
「珍しい事に、影豹が居る」
「ええっ! どこです!? えっ、あの岩陰ですか……えっ、本当ですか? 私にはゼンゼン判らないんですけど、どうやったら判るんですかね……」
懐中電灯もどきで通路の真ん中に鎮座する岩とその周囲を盛んに照らしているが、ダーナにはどうも見つけられないようだ。しかし、どうしてこの猫はたまにこうやって落ち着きを無くすのだろうか。
少しの間探すためのコツを伝授してはみたものの、4人とも見つけることができなかったようだ。唯一、アルバートだけは「見えてはいないが何かが居そうな気配は感じる」という回答だったが。
「まあ、何かが隠れていそうだ、と納得してもらったところで……」
「また実験か?」
「その通り。エミー、ちょっとここに立ってくれ」
エミリアを差し招き、そのまま岩の方を向いて立たせる。ケンがそのすぐ右隣に立って指示を出す。
「この前試してた<火球>の軌道を曲げるってのをやってみよう。正面の岩を迂回して、影になってる部分にいる敵に当てるんだ。今までの経験上、すぐ近くまで行ったり実際に攻撃を当てたりしない限り影豹の方から襲ってくる事は無いから、何発外しても大丈夫だ。万が一の時にはアルが何とかしてくれるしな」
ちらりとアルバートに目を向ければ、その男は任せろとばかりに準備万端整えていた。
「やってみる」
エミリアの杖から放たれた火の玉が正面の岩を目がけて真っ直ぐ飛んでいき―――僅かに左に曲がったあと岩に命中して砕けた。
「おお、少し曲がったな。でも、エミーならもっと大きく曲げられるだろ?」
その後数発の<火球>が発射され、撃つ度に少しずつ曲がり方が大きくなっていったが、幅1メートル程度はある岩の裏までは全く届きそうにない。
「なかなか難しい。訓練を要する」
エミリアの魔力はまだまだ残っているが、あまり時間をかけていると別口のモンスターに襲撃される危険性も高くなる。この辺が切り上げ時だろうか。
「じゃあ、次で最後にするか。駄目だったらそこで戦いたくてウズウズしている男に片づけてもらおう」
多少は曲げられるのだが、どうも上手くカーブする映像が浮かんでいないようだ。
以前ケンがエミリアに言ったのは「火の玉を風に乗せて飛ばす」といった感じだったはずだから、その通りにやっているとしたらあまり曲げられないのも無理はないかもしれない。
どんなに強烈な横風に煽られたとしても、それまで直進していたものが直角に近いくらい曲がるなんて事はありえないからだ。
イメージの内容が問題なのであれば、別の物を想像してみればいい。
「最後は少し考え方を変えてみよう。そうだな…鳥だ。炎で出来た鷹が飛んで行った後、左に旋回しながら急降下して獲物に襲い掛かる感じ、これで行ってみよう」
「鷹……」
「岩を狙うんじゃなくて岩の右上を狙うんだ。そう、その方向」
いつもよりも長い集中の後、エミリアが放った<火球>は驚くべき事にいつものような丸い火の玉ではなく、炎で出来た鳥と言うべき形をしていた。
炎の鷹は羽ばたきながら飛んでいき、岩の斜め上空まで到達したかと思うと急旋回して地面に突っ込んでゆく。
岩の陰から火達磨になった影が飛び出すと、甲高い悲鳴を上げながら数歩進んだ後に力尽きて倒れる。焼死体は数秒の間を置いて分解されていく。ここからは見えないが、焦げた地面の上には魔石が残されているだろう。
「ブラヴォー」
光る鳥が暗闇を裂いて飛ぶというどこか幻想的な光景に思わず拍手をしてしまう。アルバートとクレアも倣って拍手を送り、ダーナは口をあんぐりと開いて驚愕を表している。
それを成し遂げたエミリアもどこか呆然とした様子だ。
「今私は貴方のアドバイスのお陰で独自魔術の創造に成功することができた。これは誰もができることではない」
「オリジナルか、おめでとう。じゃあ名前付けなきゃな」
エミリアは嬉しそうに頷き、もう決まっているのだと答えた。どんな名前なのだとダーナが尋ねるとポツリと一言。
「<炎の鷹>」
そのまんまだった。
軽く昼食を摂った後の探索は、それまでに輪をかけて順調だった。
完全に攻撃魔術師として一つの殻を破ったエミリアが、出会うモンスター全てを近寄らせる事なく焼き払っていく。
途中で暇を持て余したアルバートが「次から弓でも持ち込むか」などと言っていたので、一般論として中層以降の通路部分以外ならある程度役に立つだろうが、このパーティではほとんど意味が無いだろうとだけ答えておく。
光源のない迷宮の中の通路の場合、モンスターをはっきり視認できるようになった時にはもう彼我の距離が10メートルを切っているので、撃てるのは良いところ1回だけだろう。その後は味方前衛との乱戦状態になってしまうので誤射の危険がある。
中層以降で野外と同じように明るく、広く、天井が高い地域では弓の能力を十全に活かせるが、このパーティに限って言えばエミリアの遠距離火力が高すぎるので有っても無くても大差がない。
矢の消耗の問題もあるし、弓の手入れも考え無くてはならない。特に前衛も兼務する人間が弓を持つ場合、武器を持ち替える時は大抵の場合は地面に投げ出すことになるので傷みが早くなる。
ケンの言い分を聞いた後もアルバートは何か思案している様子だったが、それ以上は特に何も言わない。
今はパーティを組んで行動を共にしていても、実際のところは別のパーティだ。だからアドバイスするくらいはするが今後の行動を何か強制することなど出来ないし、するつもりもない。
弓があればあったで助かることもあるだろうし、<水作成>の魔道具によって空いたスペースの埋め方も色々あるだろう。
途中でそんな出来事もはさみつつ、その後も快調に進んでいく。
しかし、ことわざに「好事魔多し」とあるが、今回もその例に漏れなかったようだ。
その日の夕刻。
そろそろ夜営に適した場所を見つけて本日の探索を切り上げようかと考え始める頃になって、順路の途中などにところどころ存在する大部屋の一つ、通称「モンスター部屋」の近くに到着した。
部屋に近づくにつれて、ケンはどんどんと胸のざわつきが強くなっていくのを感じていた。こういった感覚があるのは決まって危険が間近に迫った時で、今回は探索者になってからのこの5年間の中で断トツで嫌な予感がする。
「嫌な予感がするな……」
「ああ、だんだんと危険が近付いて来てる。いや、俺達が危険に近付いて行ってるのか」
アルバートまで何かの予感を感じているとなれば、この先何事もないという可能性は皆無だろう。
モンスター部屋の100メートル手前で他の4人を待たせ、ケンが偵察を行う。アルバートには今日の探索を開始してから初めて危険だと制止されたが、自分一人で行くのが最も安全だと強く主張することで、渋々とだが認めさせた。
細心の注意を払ってジリジリと忍び寄る。
部屋の出入口から通路に光が漏れているのが見える。こういったモンスター部屋ではたまに有ることだが、部屋の天井が光を発することで昼間の屋外のように明るくなっているようだ。
十分近くもかけて通路を進み、部屋から漏れる光に当たらずに中を覗き込める位置まで近づくと、中の何者かに気付かれないようにそっと部屋の中を覗き込む。
すぐ目に付いたのは二足歩行の豚頭3匹だった。
ただし粗末な毛皮の腰ミノを付けて木槍を持っただけの普通のオークではなく、その上位種で一回り大きな体躯を誇るオーク・ファイターである。
オーク・ファイターは同族の皮膚を固く鞣して作られた鎧を全身に纏い、穂先が鉄で作られたまともな槍を持っている。迷宮上層に出現するモンスターとしては一二を争う程に強力な戦士で、正面からではケンが逆立ちしても勝てない相手だ。
しかし、今も強烈に感じている悪寒の原因はこいつらではない。こいつらだけなら今感じている脅威の半分にもならないはずだ。
部屋の本当の主を探すため、部屋の中を改めて見回し―――
そいつと、目が、合った。
モンスターがうようよしている迷宮の中に居るというのに「戦闘」が無いように見えますが、お使いのPC、スマホ等の動作は正常です。
主人公の行動原理が和マンチキンなので仕方がないね……




