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迷宮探索者の日常  作者: 飼育員B
第一章 中層探索者への道
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第10話 迷宮上層探索:初日

 ケンとアルバート達5人が互いの情報を交換した翌日の、早朝。

 朝の鐘が鳴らされるしばらく前に、ケンは迷宮入口近くまで来ていた。


 夏を間近に控えた今の季節ともなれば、今の時間でも既に太陽は地平線の上で明るく輝いている。

 すぐ先にある迷宮入口前広場には、迷宮探索のための装備をしっかりと整えた勤勉な探索者達が合計で数十人ほど集まっていた。ある者は仲間や知り合いと雑談をしながら、ある者は自分の荷物の整理や武器の手入れをしながら、迷宮に入場可能となる時刻を告げる鐘を待っていた。

 彼らの輪から離れた場所にいるケンも彼らと同様に、探索の準備を抜かり無く整えた上でここにやって来ている。


 季節は初夏になっているが、太陽が昇ってからそれほど時間が経っていないという事もあってまだ十分に涼しい。まあ、この地方は緯度が高いせいか、真夏の日中でも耐えきれないほど暑いと言うほどでもないし、迷宮に入ってしまえば真夏も真冬も大差ないのだが。

 何にせよ、涼しいおかげで汗をかかなくて済むので快適である。


 そうやって適当な考え事をしながら時間を潰していると、待ち合わせの相手が到着していたようだ。


 アルバート達四人が広場に姿を現すと、その場にいた探索者達全員が申し合わせたかのように揃って注目し、そして沈黙。静寂の数秒を経てやっと事態を把握できたのか、それまでに倍する喧騒で広場が満たされた。

 交わされる言葉の大半は新たな来訪者に対する浮評が占めている。意図したものかどうなのか、その大半は当の本人達に丸聞こえである。


「おい、見ろよ」「あん? 何だっつーんだよ……おっ」「久しぶりに見たな」

「なんで『秩序の剣(ロウフル・ブレード)』が上に来るんだ?」「知らねえよ」「上層で鍛えなおしか」

「大方、下で通用しなくて逃げ帰ってきたんだろうよ」「何年も上でヒーヒー言ってるテメェに言われたきゃねーだろうな」

「ケッ、ハーレム野郎が」「相変わらず女ばっかり引き連れやがって……」「妬ましい……一人くらいこっちに回せよ」

「優男が……あの澄ましたを顔ボコボコにしてやりてぇ」「お前なんかじゃ指一本触れられずに返り討ちだろうよ」

「ああ、クレアさん……挟まれたい……」「俺は敷かれたいぞ」「相変わらずエミリアちゃんはプリティだぜぇ」「なんだロリコンか」「あの縞々の尻尾を引っ張りたい」「俺はあの耳を撫で回したい」


 自分達の事が聞こえよがしに取り沙汰されているというのに、当のアルバート達は平然としたものである。よく見れば、4人のうち3人は一切気にしていないが故の平然さで、残り1人は気にしすぎた上での諦めの無表情だという違いがわかるだろうが。


 鐘が鳴るまでにまだ少々時間はある。

 本当ならば待ち合わせの相手の所にすぐに行って挨拶でもすべきなのだろうが、アルバート達とパーティを組むことがバレた瞬間、こちらまでもが噂話の格好の的になるだろう。

 探索者同士の交流には全く積極的ではないが、経験年数は中堅どころと言えるくらいには長いだけあって顔見知りはそれなりに居るし、今この場に居る奴の大半はケンがずっとソロを通していると知っているだろう。

 最終的には周知の事実となるにせよ、聞えよがしに噂される時間はできる限り短く済ませておきたい。



 迷宮に入場可能となる午前6時の数分前、ケンはようやく重い腰を上げた。

 迷宮前広場を見渡せるお気に入りの隠れ場所から出て憂鬱な気分で広場に入って行くと、キョロキョロと落ち着かなげに辺りを見回して居たダーナがこちらを見つけて大きく手を降ってくる。相変わらず余計な事ばかりする駄猫だ。

 これ以上誤魔化しようが無いと観念して真っ直ぐにアルバート達の元へ向かう。


「済まない。遅くなった」

「ん? ああ。まあ時間通り、だな」

 ケンからの形ばかりの謝罪に対してアルバートは苦笑を返す。勘の鋭い彼のことだから、少し前から観察していたことはとっくに気付いていたのだろう。ケンが目立たないためにどこかに隠れていたなんて事はお見通しという訳だ。


「どういう事だよ」「あそこが組んだのか」「ああ、それで…」

「上手いこと―――」「おい! 兄貴のとこに連絡―――」


 あまり聞いていて愉快な物になるとも思えないので、耳に入る周囲の雑音を意識的にシャットアウトする。


「おはようございます、ケン。本日はよろしくお願い致します」

「ああ、よろしく、クレア。エミー、魔力は大丈夫なのか?」

「なんともない」

 昨日のことだが、エミリアはあれからずっと射撃魔術を制御するための実験を繰り返していた。翌日に響くから適当な所で切り上げろと言った後も、小声でブツブツと呟きながら考え事に集中していたから多少心配していたが、顔色も悪くないしふらついている様子も無いから本当に問題ないのだろう。



 程なくして入場税の徴収官が迷宮入口前広場に姿を現したことで、取り留めのない噂話の時間には終止符が打たれた。


 探索者達はバラバラと自分の分の入場税を渡した後、迷宮入口を囲った柵の内側へ進んでいく。そこでまたパーティごとに集まった後、その場にいる全てのパーティが一団となって迷宮に潜っていく。

 複数のパーティが同時に迷宮の入口から中へと入る場合、パーティの進む先が"順路"から外れるまではそれとなく行動を共にするというのが上層で活動する探索者達の暗黙の了解だった。

 先を争って進んでもモンスターから奇襲を受けやすくなるだけで得るものは少ない。全く同じ狩場を目指しているとか、相手パーティと犬猿の仲というのでもない限り、まとまって動いた方がモンスターに対する警戒と対処のための労力が抑えられる。

 勤労意欲に満ち溢れた探索者達がこうして朝一番から迷宮に入るのも、単に一日の行動時間が長めにとれるというだけが理由ではなく、大人数で進むことで少しでも安全を確保するという狙いがあるのだろう。中には情報交換やライバル達の動向調査といった思惑がある奴もいるだろうが。


 数十人にも及ぶ人間が足音を忍ばせるわけでもなく行動していれば、進行ルートの周辺のモンスターは探索者達の存在を否が応でも知ることになる。

 大抵は敵わないと判断してあっさりと逃げ出すのだが、逃げ切れないと悟って自暴自棄にでもなるのか襲いかかってくる奴も稀に居る。

 当然のことながらあっさりと始末されるが、この時残された魔石やドロップアイテムは止めを刺した奴のものだ。誰が最後の一撃を入れたかわからない場合は一番近くに居た人間のものになる。


 今も群れから追い出されでもしたのか、一匹だけで行動していた洞窟狼が先頭を歩いていたアルバートに襲いかか―――ろうとしてダーナが投げた錘付き投げ縄(ボーラ)に足を絡めとられ、転倒したところで頭をアルバートに踏み抜かれてあっさりと散った。

 アルバートは何事もなかったかのようにそのまま歩みを続け、ダーナがボーラを回収するついでに魔石を拾い上げる。

 襲撃の最中も隊列の進行速度は一切変わらなかったので、後ろの方に居る奴は何かが起きていたことすら気づいていないかもしれない。

 ケンの感覚は横道でこちらを窺うモンスターの反応を複数捉えているが、こういう時は警戒しつつも手出ししないのがセオリーだ。狩りたいと言うのなら誰も文句は言わないが、そいつらが戻ってくるまで足を止めて待ってくれるわけではないので自己責任でどうぞ。


 アルバート達5人を先頭にして探索者達は進んでいく。

 こういった時に一番前に立つのは最も腕が立つパーティと相場が決まっており、誰が先頭になるかで軽く揉め事が起きる時もあるくらいだが、今回は相談の必要もなく満場一致でアルバートになっていた。

 唯一の上層突破済みパーティということもあるし、それを抜きにして考えてみてもアルバートの実力は突出しているのだから悩みようがない。

 先に進むにつれて自分達の目的地に行くためにパーティが一つ、また一つと分かれていき、迷宮に入ってから一時間も経つ頃には最後まで同道していたパーティもひと声かけて横道へと消えていった。



 周りに居るのが自分達のパーティメンバーだけになったところで一旦立ち止まる。

 迷宮探索はここからが本番である。


「それじゃ、昨日話した通り今日一日は俺は基本的に何も手出しをしないし口出しもしない。普段どういうふうに迷宮内で行動するかじっくりと見させてもらう」

 アルバート達のパーティは、戦闘だけを考えればマッケイブ迷宮で活動する全パーティの中で間違いなくトップクラスである。モンスターの殲滅能力だけ考えれば、もしかしたらNo.1ということもあり得るくらいの実力だろう。

 現在、迷宮下層で活動しているトップパーティの中にもエミリアほど強力な攻撃魔術を扱える魔術師は居ないし、アルバートほど剣の腕に長けた者は居たとしても各パーティに一人だけだろう。


 しかし、トップ達は中層を突破して下層に辿り着いた上で何年も活動を続け、アルバート達のパーティは中層の入口付近で半年の間足踏みを続けている。

 もちろん、片や10年どころか20年選手まで居るような長い経験を積んだ古兵(ふるつわもの)共ばかり、方や探索者になって1年ちょっとのひよっこだけという違いはある。ギルドやパーティ内の先達から受け継いだ知識というハンデもあるだろう。


 経験の少なさを差し引いたとしても、戦闘以外の部分、特に探索能力が劣っていると判断せざるを得ない、というのはダーナの言葉だ。

 中層で探索中、罠を見つけられなかったせいであわや致命傷という場面が何度もあったし、こちらが見つけるより先にモンスターから発見され、奇襲を受けた/受けそうになった事は数え切れない。

 いずれもアルバートがすんでの所で察知できたおかげで何とか危機を乗り越え、クレアという高位の治癒術の使い手(ヒーラー)がいたことで、通常ならば命を落としてもおかしくなかった負傷から生還することができた。

 警報の罠で大量のモンスターが殺到した時などは、エミリアの魔術が間に合わなければ全員仲良くモンスターの腹の中に収まっていただろう。


 自分にもっと経験があれば、もう少し偵察者(スカウト)としての才能が高ければ、そんな危機に陥ることがなかったんじゃないかと申し訳ない、とダーナが二人きりの時に話していたが、ケンに言わせればそれは彼女だけの責任なんかではなくパーティ全体の不始末だ。


 クレアについては今ひとつ底が知れないが、残りの二人はただの剣術バカに攻撃魔術バカである。

 どちらも気分にムラがありすぎるし、エミリアは魔術以外の事については基本的に無関心である。アルバートの方は決断力もあるし見ていないようでそれなりに周囲の動きを気にかけているようだが、どこかズレているように思える。

 ダーナも限界がくるとすぐに焦って軽率な行動をとってしまうという悪癖があるが、それはパーティ内で探索や警戒に関する負荷分散が上手くいっていないことが諸悪の根源であろう。


 始めはここまで手を貸すつもりがなかったのだが、そういう訳で、パーティを組んでいる2日か3日程度の間だけでも出来る限りのアドバイスをするという成り行きとなっていた。

 別種族とは言えうら若い女性に懐かれて悪い気分にはならないし、それがなかなかの美人とくれば尚更だ。これがダーナの狙い通りの結果だったとすればとんだ魔性の女だが、うっかり猫兵衛のやる事なので恐らく天然に違いない。



 迷宮上層の狭苦しいと言えば狭苦しい、洞窟にしては広いと言えば広い道を4人プラス1人が進んでいく。

 現在の陣形(フォーメーション)は先頭に<持続光>で光らせた棒を持ったアルバート、その右斜め後ろ3メートルの地点にクレア、アルバートの真後ろに5メートル離れた位置にエミリア、さらに3メートル離れて後方警戒のダーナというものだ。ケンは最後尾のダーナからさらに10メートルほど後方である。

 上層では特に危険な罠もないため、モンスターに対する警戒を優先した形なのだろう。

 最も狙われやすい隊列の先頭と明り持ちをアルバートが兼ねているが、アルバート程の危険察知能力と剣術があれば苦もなくこなす事ができるだろう。


 途中で何度か地図で道順を確認しつつ、黙々と順路を進んでいく。

 前を進むアルバートがある横道にさしかかった時、ふと立ち止まって耳を澄ます仕草を見せた。すぐに他の3人も立ち止まり、聴音の邪魔にならないように息を潜める。数秒を経て確証を得たのか、無言で最後尾のダーナを手招いた。

 呼ばれたダーナは念のため数瞬の間後方に差し迫った危険が無いことを確認した後、素早くアルバートの近くまで進み、彼が指し示した方向に文字通り耳を向ける。

「中距離にモンスター。おそらく小鬼人(ゴブリン)が4から6匹、こちらに気付いている可能性が高いです」

「じゃあ()るか」

 そう報告を受けたアルバートはそれほど考える様子もなく判断を下した。おそらく、そのまま放置して後ろから攻撃をかけられる事を危惧したのだろう。


 戦闘は一方的で、もはや戦闘ではなく蹂躙と呼んだほうがいっそふさわしかっただろう。

 荷物を地面に下ろした後、<持続光>をかけた棒をエミリアに渡して身軽になったアルバートは特に足音を抑えることもせず、むしろ自らに注意を引きつけるかのように正面からずかずかと進んでいく。

 程なく彼を認識した5匹のゴブリンがギャアギャアと耳障りな叫びを上げるが、歩みを止めずにどんどんと近づいていく。ゴブリン共が手に手に粗末な棍棒を持って構えをとっても、アルバートはまだ剣を手にしてさえいない。

 彼我の距離が10メートルを切ったあたりでアルバートが走りだすと、ゴブリンは逃げ出しそうになる足を何とか抑えたへっぴり腰で打ち掛かる。しかし、ゴブリン如きの攻撃がアルバートに命中するわけもない。

 アルバートはゴブリン共の間を一瞬ですり抜けると、最後尾にいた松明(たいまつ)持ちの首を横薙ぎの一振りで刈り、続けざまにもう一匹を袈裟懸けに切り捨てる。

 たちまち混乱に陥って背中を見せた一匹に対して走りこんでいったクレアが盾でぶちかまし、転倒したところで心臓に剣を突き立てる。もう一匹もダーナの槍で眼窩から脳を貫かれ、最後の一匹もアルバートに袈裟懸けに斬られて沈んでいった。

 互いを目視してから十数秒、接敵してから数秒、アルバートがその存在を認識してから数えても数分間の出来事である。

 地面に転がった5個の魔石を拾った後、いま来たばかりの道を戻って荷物を拾い上げ、順路を進み始める。



 上層探索初日は概ねこのように過ぎていった。

 一度分かれ道を間違えて後戻りした以外には特に事件もなく、時折休憩を挟みながらも順調に進んでいく。

 途中何度か戦闘も発生したが苦もなく退けられ、初日の探索を終える頃には合計でオーク3匹、ゴブリン24匹、洞窟狼13匹、洞窟コウモリ多数という戦果を挙げていた。

 洞窟コウモリの数が不確定なのは、襲ってきた大群をエミリアが<強風>の魔術を連発して一気に蹴散らしたせいで、広範囲に散乱した魔石の一部しか拾わなかったためである。コウモリはマッケイブ迷宮最弱のモンスターであるだけに魔石の価値もごく低く、地面を這ってまで探す価値を見いだせなかったのだ。


 迷宮の外では夕の鐘が鳴る午後6時過ぎ頃、本日の探索は終了となった。

 ここからは夜営に適した場所を見つけて荷物を下ろし、夕食を摂った後は交代で見張りをしながら眠る、というのが通常の流れだ。

 一日の半分が休息時間だというのは長すぎるように思えるかもしれないが、迷宮の中というのは常に緊張を強いられる環境であるせいで体力の消耗が激しく、休憩時間以外は基本的に歩きっぱなしになるせいであまり行動時間を長くできないので仕方がない。

 鎧は脱げず、マントや毛布を敷いたところで地面の硬さは対して改善されず、襲撃の危険はゼロにはならないので熟睡も難しい。

 休息するには悪条件ばかりなので、せめて時間ぐらいは長くとっておかないと次の日に体力が戻らない。


 いつもは暗闇の中、独りきりで堅くて塩辛い干し肉を噛みちぎり、堅パンを唾液でふやかして飲み込み、革の匂いがついた水で喉を潤すだけの食事の時間だが、今日はかなり様子が違っていた。

 背嚢から取り出した小型の鍋に<水作成>の魔道具で出した水を注ぎ、エミリアが<加熱>の魔術で沸かしたお湯でダーナが干し肉を煮る。あとは乾燥させた香草を入れただけの料理とも言えないようなものだが、それでも硬い肉が柔らかくなるだけでだいぶマシになる。

 食後には鍋を軽く水で洗って汚れを落としてから水を沸かし、紅茶を淹れている。抹茶のような茶葉を細かく砕いた物を鍋に入れるだけのお手軽な物だが、かなり精神的な潤いを与えてくれることだろう。

 ケンは自分が中層まで単独でも往復できるように食料と水を準備してきているが、どちらも遠慮しても仕方がないのでありがたく頂く。


「ケンさんから見て、今日の探索はどうでしたか?」

 食後の紅茶を味わいつつ、ダーナがそう問いかけてくる。

 ケンは全て個人的な見解であって、それが絶対的に正しいとは限らないと前置きしてから、率直に指摘する。

「まず感じたのは探索の意図というか『方向性がわからない』って事だな」

「方向性、ですか」

「そう。今回の探索の目的は<転移>門の門番を斃す、つまりは先に進む事のはずなのに見つけたモンスターは全部狩る勢いだっただろう」

 奇襲の危険を減らすために、近くに居るモンスターはなるべく狩っておくというのも確かに選択肢の一つではあるが、こちらから近づかず通りすぎてしまえば戦わなくて済んだ戦闘も何度もあった。

 今回の探索が資金稼ぎと言うのであれば見つけたモンスターは片っ端から狩るのは当然だし、戦闘の腕を磨くというならそれも良いだろう。しかし、先に進むのが目的なのだったらあっちこっちふらふらと寄り道をせず、体力と時間を節約すべきだ。


「それに、正面切って戦いすぎだ」

 このパーティの戦力であれば、上層に出現するモンスター程度となら正面切って戦ったとしても万に一つも負ける可能性はないだろう。しかし、もっと楽に勝てる状況でわざわざ正面から攻めるというのがケンには全く理解できない。

 中層以降ではアルバートでも苦戦するようなモンスターが出てくるかもしれないし、下層まで行けば一人ではとても太刀打ちできないような奴も確実に居る。そんな勝ち目が薄い相手に策もなく挑むのは馬鹿がすることだ。


「エミーの力、と言うか魔力を遊ばせ過ぎなのも良くないな」

 本日エミーが使った魔術と言えば、進行中の<持続光>と食事の調理のために使った<加熱>を除けば、洞窟コウモリをまとめて薙ぎ払った<強風>の一度だけである。これでは常人の数倍以上にも及ぶ魔力量は宝の持ち腐れだ。

「視界の確保を<持続光>じゃなくて<暗視>でやればモンスターとの戦闘回避もやりやすいだろうし、遠くの音が聞こえやすくなる魔術でもあれば索敵にも役立つだろう。風の魔術か何かで自分達とは離れた場所に音を立てて気を引いてから奇襲をかけるなんてのも良い」

 本当は遠隔操作のカメラのように少し離れた場所の映像を見ることができる魔術でもあれば、パーティの索敵能力が格段に向上するのだが。

「善処する。どんな手段をとるのが最適かについては検討を要する」


 他に習得するとすれば肉体強化系魔術が鉄板だろう。一時的に能力を底上げすることで戦闘を有利に進めるというのが一般的な利用方法だが、実は戦闘以外の場面でも役立てることができる。

 今日一日エミリアを見ていて感じたことだが、彼女は他の3人に比べてかなり体力が劣っている。元々体格が小さい上に他の3人は戦士としての訓練も積んでいることから更に差が開いてしまっているのだ。

 ある程度仕方がないこととは言っても、そのせいでパーティ全体の行軍速度が落ちてしまっているのは事実だ。

 しかし、ここで<怪力>をかければ相対的に荷物が軽くなって体力の消耗が抑えられるし、<持久力>の魔術でスタミナの底上げをすることで休憩時間を減らすことができ、結果として進行速度を上げることができる。

 並みの魔術師では常に肉体強化をし続けるというのは魔力(MP)量の関係から難しいが、エミリアならば問題ない。



 他にも数点、ケンが気になった事を伝えておく。

 意見を聞いて撥ねつけるもよし、改善案をそのまま受け入れてもいいし、もっと良い方法があるならそちらを選べば良い。

 アルバート達がどう判断しても、別のパーティのことなんだからそれ以上文句を言うつもりもないし、言った通りの事をして何か問題が発生したとしても苦情を聞くつもりもない。


「明日は一般的なもの、独自のもの含めていくつかやり方を試してみよう。どうやるのかはその時になってから教える」

 まともなパーティ行動を取るのは4年ぶりくらいなので若干の、いや、かなりの不安はあるが、アルバート達の実力を考えればよほど変な行動を取らない限り致命傷にはならない、だろう。

 多分。

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