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迷宮探索者の日常  作者: 飼育員B
第一章 中層探索者への道
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第9話 パーティ編成

 その日、ケン達5人は連れ立ってマッケイブの町の外に出ていた。

 町の外縁から直線距離で北東に約1キロメートルほど離れた人工物の一切ない荒地で、街道から離れている上に見通しも良いので、何者かが近づいてきた場合でも簡単に見つけることができるだろう。

 町の周囲は安全の定期的に狩りが行われているため、それほどモンスターの襲撃の可能性は高くないし、仮に出たとしても今の面子ならば危機に陥る事など無いだろうが、注意しておくにこしたことは無い。


 今回、彼らがこんな何もない場所にやってきた来た理由はと言えば、パーティを組んで迷宮に入る前にある程度お互いの能力を把握しておくためである。

 迷宮の中に入るわけではないため食料や道具を詰めた背嚢などは持ってきていないが、それ以外は迷宮探索をするときと同じ武器・防具をしっかりと身に着けている。



「それじゃ、ケンイチロウさん! まず何からしましょうか」

 ダーナが弾んだ声音でそう問いかけてくる。理由は知らないが、今は機嫌がとても良さそうだ。

「そうだな、まずは呼び方を変えることから始めようか。ケンイチロウじゃなくてケンでいい」

「えっ! ……でもですね、目上の方を呼び捨てにするのは……」

「俺は別に目上でもなんでもなく、一時的とはいえ同じパーティの仲間で、対等な立場だろう。その一瞬で生死が分かれるかも知れないのに、いちいち遠慮しながら話すのか?」


「じゃあ、ですね……ケン、さん」

「さんも無しだ」

 猫人の娘はでもでもと言いながら体をくねくねとさせている。既にケンの中のダーナのイメージは「おかしな女」になっている事に彼女は気付いているだろうか。

 奇行を続けるダーナはひとまず放っておいて、他の三人の方に目をやる。彼等はケンの意図をきちんと理解してくれたようだ。

「アルで良いぞ、ケン」

「私の事はクレアとお呼びください。ケン」

「ケンは私の事をエミーでもエミリアでも好きな方で呼べばいい」

 

「了解した、アル、クレア、エミー。ダーナ、仲間はこう言ってるが」

「じゃあ、えっと、……ケン」

 この女は何故いまこの場面で、恋人を初めて名前で呼ぶかの如き甘い雰囲気を出しているのだろうか。



 町の東の出口で待ち合わせてからこの場所に歩いてくるまでの道中に、アルバート達のパーティがどんなやり方で探索をしているか、戦闘中に各人がどういった役割を果たしているかについて聞いていた。

 結論から言えば、以前に盗賊ギルドから情報を集めた際に記載されていた内容とだいたい同じものだったが、やはり当人から話を聞いた上で自分の目で確かめておくべきだろう。


 まずはエミリアを除く4人が素振りと対モンスターを想定した型をそれぞれ見せた後、簡単に模擬戦を行うことにした。純魔術師であるエミリアは近接戦闘能力が無いので一回休みである。

 模擬戦で使用する武器については木剣にするという選択もあったが、わざわざ用意するのも手間であるし普段使っている武器とは勝手が違ってしまうため、いつも使っている剣や槍の刃の部分に厚く布を巻きつけただけだ。ケンは最初から鈍器(メイス)であるため、攻撃力を増すための<重量増加>を使用しないというだけで普段と変わらない。

 怪我についてはかなり高位の治癒術師の使い手(ヒーラー)であるクレアが居るため、即死さえしなければすぐに跡形もなく治せるので気にしなくていい。万が一を考えて首から上に対する攻撃は禁止としておく。


 圧巻なのはやはりアルバートだ。

 今まで両手持ちの剣と言われれば、筋骨隆々の男が碌に狙いも付けず巨大な剣を力任せになぎ払うというイメージしか無かった。

 これは前の世界(日本)で見た創作物でも大抵がそういった表現をされていたし、この世界に来てからも明らかにその偏見に合致するような大柄の男ばかりが扱っているのを見てきたため、力任せの武器という認識が生まれるのも致し方ないことだろう。

 しかし、アルバートは一瞬でケンの中の固定観念を吹き飛ばしていった。全長1.4メートルほどの両手剣としては比較的小さめのクレイモアを使う彼は、理に適った構えで敵の攻撃をいなし、必要最小限の動きで敵の急所に刃を滑りこませる。

 迷宮内でモンスターと戦う探索者や、町の外で獣やモンスターを相手にする冒険者などとは違い、軍人のように対人戦を主眼とした実戦的な流派を、一流の指導者から学んできたのだろうということを強く伺わせる腕前だった。

 無論、今のアルバートの強さは、教師だけではなく本人の優れた才能あっての賜物だ。


 神官であるクレアも堂に入ったものだった。

 長剣(ロング・ソード)円形盾(ラウンド・シールド)を巧みに扱い、攻撃よりも防御に重点を置いた安定した立ち回りをしている。うら若い女性に対して使う表現ではないが「重厚感がある」という表現が一番しっくり来る。

 集団戦では攻撃を他の3人に全て任せてしまい、一対多の状況下でも出来る限り長く前線を支えることに主眼を置いた結果だろう。治癒術を使えるということもあり、パーティの守りの要であると言える。

 ただの防御一辺倒と言うわけでもなく、一対一で互角以下の相手であれば一人で倒しきってしまうだけの腕も持っている。やはり正式に剣術を学んでいるというバックボーンは大きい。


 先の二人に比べれば一枚も二枚も落ちてしまうが、ダーナも「このパーティのメンバーだけはある」納得できるくらいには優れた腕前を持っている。

 猫人族である彼女は持ち前の身軽さと器用さを活かして遊撃として働き、前線を抑えるクレアとアルバートを相手にして隙を見せたモンスターを長さ2メートル程の短槍(ショート・スピア)で突き、場合によっては投擲武器などを使用して攻撃や撹乱もこなす。



 模擬戦などやる前から解っていた事だが、やはり彼らの実力はケンが足元に及ばないくらいに高い。

 握り方から全て我流で武器の扱い方を覚え、いかに敵の背後から安全に仕留めきるかということに腐心した結果、正面切って戦闘するための能力向上を切り捨てたという言い訳はあるが、女に圧倒的大差で負けているという事が悔しくないと言えば嘘になる。

 ケンと他三人の一対一では全敗。ダーナとは槍と鎚矛(メイス)という武器のリーチ差による不利もあったが、同じ武器を使ったとしてもおそらく負けていただろう。誰の目にも明らかなくらいの差があった。

 アルバート対クレア・ダーナ組でもアルバートが終始優勢を保ったままアルバートが勝利。アルバート対他三人になってやっとアルバートが本日初の黒星を喫した。

 戯れにアルバートとケンが双方ともショート・ソードを使っての模擬選も行ってみたのだが、手も足も出ないというのはこういうことだ、と辞書に載せたとしてもおかしくないくらいの惨状がそこに生まれただけだった。


 全力で体を動かしたのは合計で十分にも満たないはずなのに疲労困憊と言った様子のケンに対し、それ以上に動きまわったアルバートはわずかに汗を滲ませた程度である。

「ケンは俺達を見て、全体のどのあたりだと思った?」

「今、この街で探索者が何人活動しているかは知らないが、仮に千人いたとして……アルは十指に入るかどうか、クレアは100位台の真ん中あたり、ダーナが300位台の前半ぐらいってところかな。一対一で正面から戦ったと仮定して、の話だが」

 荷運び人(ポーター)は探索者ではないので考慮せず、戦闘向きではない探索者や純粋な後衛も含めた近接戦闘能力の位置付けだ。

 ケンの答えを聞いたアルバートは我が意を得たりとばかりにニヤリと笑う。


「俺も大体同じ考えだ。ちなみに、ケン自身はどのあたりだ?」

「……800位台の頭ぐらいか。何でもありって条件なら50位以内には入ってみせるが」

 アルバートは更に笑みを深くすることでケンに対して同意を示す。美形はどんな表情をしていても魅力的に感じられるのが憎たらしい。


 ケンの言葉の後半には多分に負け惜しみが含まれているが、正面切っての強さだけが強さではないというのも本音だし、対人間の強さがそのまま対モンスターに当てはめられる訳ではない。


 迷宮の中で探索者が相手にするのは人間ではなくモンスターである。

 人間大の二足歩行のモンスターも居ないわけではないが数としては圧倒的に少数派で、四足歩行や不定形、二足歩行であっても人間よりかなり巨大だったりするモンスターなどが多くを占める。

 人間の場合は刃を首に押し当てながら横に10センチ程度引き、深さ数センチほどの傷を作ってやれば大抵死ぬが、皮膚自体が鎧よりも硬いモンスターもごまんといる。手足の一本でも切り飛ばされた後に戦いを続けられる人間などいないか、いたとしてもごく限られているが、モンスターの中には四肢どころか上半身と下半身を泣き別れにされてもまだ襲いかかろうとする奴もいる。

 ことによればアルバートのような洗練された戦い方よりも、力任せに巨大な武器を振り回した方がモンスターには有効かもしれない。



「前衛の3人についてはだいたい程度わかった、と思う。あとは実戦でいくつかパターンを見せて欲しい。それじゃ、次は……」

「次は私がケンに実力を見せてあげよう」

 それまで武器を振り回す4人を所在なさげに見ていたエミリアは、今はやる気を漲らせているようだ。話し方が平坦なせいで、どうもそう思えないのだが。

 わざわざ町から離れ周囲に何もないだだっ広い場所にやってきたのは、エミリアが気兼ねなく魔術を使えるようにするためだった。平均よりもかなり魔力が強いらしい彼女が街中で魔術を放てば、周囲の建物に甚大な被害を与えてしまうだろう。

 ただでさえエミリアの得意な属性は最も破壊に長けている火属性で、その次が二番目に攻撃的だと言われる風属性なのだ。


「最初はどういった感じのを見せればいい?」

「そうだな、まずはエリーが使えるものの中で一番破壊力があるやつを、手加減抜きの全力で」

「わかった。それじゃあそこにある岩を中心にして全力でやるから念のためもう少し離れてほしい」

 エミリアが指差したのは、今立っている場所から30メートルほど離れた場所にある、円錐台の形をした岩だった。

 エミリアは肩幅程度に足を開いてしっかり立つと、両手で掴んだワンドを胸の前にささげ持ち、詠唱を開始する。彼女が普段している感情を込めない平坦な喋り方からは想像もつかないくらいに、朗々とした声の唄うような詠唱だった。

 呪文の詠唱は1分近くも続いた。エミリアが詠唱を始めるとすぐに杖の先端が光を発し始め、魔力の高まりに呼応するかのように次第に明るさが増していく。最後の頃には直視するのが難しいほどに強烈な光を発していた。


「全ての罪業を焼き尽くせ <業火嵐>」

 物騒な締めの言葉と同時、魔術が発動する。

 目標になった岩の真上にぽつんと現れた小指の先程度の小さな火が、一瞬で人間の頭程度の大きさに成長し、更に膨れ上がって嵐となって荒れ狂う。嵐の範囲は半径十数メートルはあっただろう。

 荒れ狂う炎が消えた後には赤熱した地面だけが残された。目標となった岩は溶けたか蒸発したかは分からないが、跡形も無い。


「これは……すさまじい」

 罪人どころか地獄の悪魔でも焼きつくせるのではないか、という強力な魔術を見せられてしまっては称賛以外の言葉が出てこない。

 アルバート達もここまでの魔術が使えるとは知らなかったようで、あっけに取られていた。

「同じものを続けて使うとしたら、何回までいける?」

「残りの魔力を空にすればあと3回はなんとか使えると思うけれどそうするとしばらくの間立ち上がることができなくなる」

「じゃあ、問題なく使えるのは最高で3回ってところか。規格外だな」

 これほどまでに強力な攻撃魔術を行使できる人間は、かなり希少な存在だ。王国中の魔術師を集めたとしても、その中に数人といるかどうかというくらいだ。



「次は何を見せれば良い?」

「それじゃあ―――」

 ここからはいくつかの状況を設定し、その場面に応じた魔術を使ってもらう。ケンが本当に見たいのはここからで、状況に対してエミリアがどういった対応してくるかというのを知りたいのだ。

 ケンから出されたお題に対して、エミリアが魔術を使っていく。


 最初のお題は「前衛が足止めしている豚頭鬼人(オーク)を一匹仕留める場合」だ。

 オークは身長2メートルから2.5メートルほどの直立した豚のようなモンスターで、モンスター部屋に登場するボスを除けば、上層で出現するモンスターの中では最もタフだ。

 そのお題に対してエミリアが選択したのは、先ほどの<業火嵐>の下位版と言える<火炎竜巻>だった。ただし、下位版とは言っても、この魔術を使えるだけで攻撃魔術師としては中級を名乗れるくらいには難易度が高い。

 直径1メートルほどの灼熱の竜巻が直撃すれば、相手は骨も残さず焼きつくされることだろう。


 2つ目は「自分が隊列の最後尾にいる状態で、背後からモンスターの襲撃を受けた場合」とした。

 上層ではモンスターの絶対数が少ないため、背後の道、つまり少し前に通りすぎた部分からモンスターが来ることはあまりないだろうが可能性はゼロではないし、モンスターが増える中層以降ではこれから頻繁に陥る状況だろう。

 この時使用された<火炎障壁>は、高さ2メートル幅5メートル程度の炎の壁を生み出していた。視覚的な効果も相まって足止め効果は十分あるだろう。


 次は「戦闘時に利用できる魔術の中で最も早く発動できるもの」で、これは攻撃魔術に限らない。

 エミリアが使用したのは<強風>の魔術だった。試しにケンが受けてみたところ、事前に来ると解っていても飛ばされそうになるくらいに強力な風だった。

 数秒だけ時間を稼ぎたい場合、使うのは<火炎障壁>よりもこっちの方が良いのではないだろうか。炎の壁は味方の障害にもなるし、狭い通路ではともかく広い場所では簡単に迂回されてしまう。


 最後に「最も遠距離にまで届く攻撃魔術」をリクエストしたが、これは<業火嵐>だという答だった。視線さえ通れば、大体50メートルくらいまでは離れたところを起点に設定できるようだ。


 ここまで見てきた事を総合すれば、エミリアの魔術を扱う能力はかなり高いと言える。

 魔術を発動する方法には絶対こうしなくてはならないという決まりは無く、きちんとした描写(イメージ)さえ構築できるなら何をしても良いし、何をしなくても良い。

 多くの人間が魔術を発動させるために身振りや詠唱といった行為を行うのは、それがイメージを構築する役に立つからであって、使用する魔術のイメージがきちんと構築できるのであれば必須ではない。極端な話をすれば「炎」と叫びながら水や氷を生み出すことだってできる。


 それはさておき、一般的には未熟な魔術師であるほど大きな身振りとはっきりとした発声による長時間の詠唱などの補助を必要とし、熟練していけば小さな身振りひとつ、小さな一言だけで魔術の発動が可能になる。

 過去の最も偉大な魔術師は身動き一つ、発声すら必要とせずに城壁を砕くほどの大魔術を自在に行使したと言われている。

 その尺度に当てはめてみると、エミリアは若さの割にかなり熟達した魔術師であると言える。

 大魔術である<業火嵐>はともかくとして、中級魔術である<火炎竜巻>や<火炎障壁>でも数秒の詠唱と僅かな身振りだけ、<疾風>に至っては相手に向けて手を扇ぐだけで発動させている。



 攻撃魔術師としてエミリアは既に一流の領域に達しているが、気になる部分もある。

 それは、彼女が使った魔術が全て広範囲に影響を及ぼす魔術で、想定される敵に対して威力が高過ぎるということだ。

「エミー、ひとつ聞きたいんだが、<火球>とか<風刃>のような単体相手の攻撃魔術は使えないのか?」

 どちらもそれぞれの属性で最も基本的な攻撃魔術である。術者の手元に火の玉や風の刃を生みだし、目標に向けて投げつけて攻撃する魔術で、これら使えるようになって初めて魔術師を名乗れるようになると一般的に認識されている。

 難易度の高い魔術を簡単に使っているエミリアが、そんな初歩的な魔術を使えない訳ではないと思うが。


 ケンの言葉に、常にぼんやりとした表情をしていたエミリアの眉を吊り上げる。

「馬鹿にしないで欲しい当然使えるに決まっている」

「じゃあ何で使わないんだ? 正直に言って、オーク一匹を斃すのに<火炎竜巻>では威力が過剰すぎる。他の奴ならともかく、エミーぐらいの魔力があるなら<火球>で十分仕留められると思っているんだが」

「それは……」

 エミリアが珍しく口ごもった後、唇を真一文字に結んでキッと睨んでくる。

 ケンが機嫌を損ねてしまったかと謝罪しても、別に責めているのではないなどと宥めすかしてみても反応が変わらず、途方に暮れてしまう。


 すると、少し離れたところで成り行きを見守っていたダーナがこちらに近づいてくる。

「あのですね、エミーちゃんは……」

「やめてダーナ」

「恥ずかしいのかもしれないけど、アドバイスするために理由を聞いているんだし、ちゃんと伝えないと困っちゃうでしょう? ケンさんは別に笑ったりしないわよ」

 小さな子供に言い聞かせるような説得の仕方だったが、それで一応は納得したのかエミリアもそれ以上ダーナを止めようとはしない。

「えっと、エミーはちょっと素早い運動が苦手というか、どんくさいというか……あわわ」

 失言をしたダーナがエミリアに睨まれ、慌てて自分の口を塞ぐが時既に遅し。

 構っていては話が進まないので、粗忽者の猫娘は放っておこう。

「<火炎竜巻>は狙った場所に当てられるのに、<火球>だと何が違うんだ?」

「魔術の場合は頭の中で考えたそのままに動かすことができる。でも自分の体はイメージした通りに動かせないから投げた時に全然違う方向に飛んでいってしまう」


 今まで、魔術によって生み出された火の玉などを物を飛ばして攻撃する射撃魔術というものは、てっきり術者が指定した方向目掛けて自分で飛んで行くものだと思っていたのだが、エミリアの話によればどうも術者が自分の肉体を使って投げるものらしい。

 普通に考えて、<火球>で生み出される火の玉はまだ良いとして、風の刃のように重さがないものを投げてもまともに飛ばないのではないかと思えてしまうし、<氷槍>のように数キロ以上はありそうな氷の塊を何メートルも高速で飛ばそうと思ったら、よほど筋力がなければ不可能だろう。

 もしかして、魔法で生み出された物体には通常の物体とは違う法則が働くのだろうか。

 魔術は想像(イメージ)の内容によって大きく左右されるもの、ということなので単に考え方の問題かもしれない。


「それじゃあ、火の玉を自分の手で投げるんじゃなく、魔術で生み出した風で飛ばすというのはどうだ。そうすれば狙った場所に真っ直ぐ飛ばすだけじゃなくて、途中で軌道を曲げて敵が逃げた方向に誘導するというのもできそうだし」

 仮に、エミリアが「狙ったところに飛んでいかない」という思い込みのせいで外してしまうとすれば、別の方法で「これなら当てられる」という認識に変えることで、命中するようになるのではないだろうか。

 一瞬目を見開いた後、エミリアが何度も小さく頷く。

「魔術を使用して別の魔術を制御するという発想は今までしていなかった。ケンのその発想については試みる価値があるものと思われるため他にもアイディアがあれば提案を推しょ……お願いだから教えて欲しい」


 ケンとしては特段変わった事を言ったつもりは無かったが、今まではあまりされていない発想らしい。

 コンピュータプログラムの世界では、直交性の高い設計によって造られた汎用的な部品(パーツ)を組み合わせる事で、様々な機能をもったものを柔軟に構築できるようにするというのが理想の一つとされているが、魔術ではそういった手法を取っていないのだろうか。

 例えば、<火球>という「炎を生みだし」「炎を球状に固め」「対象に向けて飛ばす」という一連の流れを一つの魔術にするのではなく、<火作成><圧縮><射出>という単機能の魔術をそれぞれ用意し、組み合わせて使用することで従来の<火球>と同様の機能を実現するのだ。これなら<火作成>を<水作成>に変えるだけで、<水球>と呼ぶべき新たな魔術が完成する。

 魔術を使えもしない人間の机上の空論でしかないので実現性は不明だが、理屈を説明してみるくらいはできる。


 しかし、そのアイディアを伝えるのはまた後日と言う事になりそうだ。

 気付けば、エミリアは火の玉を次々と空中に出しては飛ばすという実験に夢中になっている。最初の頃はぎこちない飛び方をしていたが、それも急速に上達していっているので、すぐに自分のモノにするだろう。

 本当はこの後に攻撃魔術以外の魔術を見せてもらいたかったのだが、そう言った魔術は名称と効果だけ解説してもらえればある程度分かるだろうし、町中でも大抵は問題なく使えるものだろう。


 今のエミリアの姿は、小さな子供がシャボン玉を喜んで飛ばしているようで微笑ましい。当たった時に壊れて消えるのは玉の方ではなく当てられた方だが。

 ふと、誘導ミサイルについてエミリアに教えたらどうなるだろうと思ったが、教えてしまえば今よりもさらに実験熱が上がって大変な事になってしまうので、教えるのは今回の探索が終わった後に伝えようと心に誓った。

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