各章の概要
それなりに話が長くなり、章と章の間が開いてしまうので各章の概要的な物を書いておいた方が良いかと考えました。
今後、新たな章が終わるたびに追記していきたいと思います。
※ご注意
本ページは、完結している各章の主要な出来事を記載したものです。
必然的にネタバレが含まれますのでご注意下さい。
ここで書いているものは既読の方向けのあらすじであり、このページを読んだ後に最新章から読んでも違和感なく話が繋がるようにはできていません。
本作品を初めてお読みになる場合、このこのページを飛ばして第1話から読んでいただけるようにお願い致します。
以下、30行ほど空行。
●第一章 中層探索者への道
大陸北西部に位置する大国、レムリナス王国の第二都市マッケイブ。
この町には、世界四大迷宮の1つとして広く知られている巨大な迷宮があった。
迷宮とは、周囲から隔絶された場所であり、内部は迷宮が生み出したモンスターたちが闊歩する場所だ。
危険な迷宮に潜り、モンスターを斃した時に得られる魔石と呼ばれる魔力の結晶体や、それ以外の宝物を追い求める者たちは一般的に「探索者」と呼ばれている。
全身黒尽くめのソロ迷宮探索者ケンイチロウは、そんな場所で5年間を生き抜いてきた。
彼は、探索者になる5年より前に「この世界」でどう生きてきたかという記憶を持たず、その代わりに「他の世界」で28年間生きてきた記憶を持つという特異な点があったが―――今は置いておく。
ケンはある日、迷宮の中で宝箱を発見する。
宝箱の中に入っていた物は、金属製のコップ型をした魔道具だった。
懇意にしている魔道具店の老店主ジョン・バロウズの鑑定によれば、コップには<水作成>の力が込められているという。
このコップは、迷宮の中で水の確保に苦労している探索者にとっては垂涎の逸品ではあるが、需要の関係でこれから先の一生を遊んで暮らせるほどの値段は付かないようだ。
<水作成>のコップはかなり便利ではあるが、ソロ探索者のケンがそのまま使い続けるのは無駄が多い。
かと言って、コップの売却代金で迷宮探索に有用な装備を購入しようと考えても、これといった物が思いつかない。
そこで彼が考えたのは「<水作成>の魔道具を報酬としてどこかのパーティに一時的に加入し、第一<転移>門の利用資格を得る」という道だった。
迷宮の内部に入るためには、地上にぽっかりと口を開けた出入口を使う以外にも、迷宮の中と外を繋ぐ<転移>門を使うという方法がある。
マッケイブ迷宮には第一から第三までの3つの<転移>門が存在し、これを利用することで一気に迷宮の奥まで移動することができるのだ。
<転移>門の前には必ず門番がいて、いちど門番を倒さない限りは<転移>門を利用することができず、ケン単独では門番のロック・ゴーレムを倒すことができない。
だから、門番を誰かに倒してもらった後で、悠々と<転移>門を出入りしようという計画である。
ケンの現在の狩場は第一<転移>門の近くであるため、<転移>門が使えるようになれば片道2日以上もかかっていた狩場までの時間が、たった数十分にまで短縮される。
これは時間的にも、それ以外の事についても利点が大きい。
そうと決まっても、依頼を持ちかける相手は誰でも良いわけではない。
門番のロック・ゴーレムを倒すだけの実力を持っていることは当然として、裏切らないと信用できる相手でなければ、法の力が及ばない迷宮の中で行動を共にするのは恐ろしすぎる。
情報収集の結果、ケンが白羽の矢を立てたのは"秩序の剣"の二つ名で知られるパーティだった。
そのパーティは"若き天才剣士"アルバート、"癒しの力を持つ自由神神官"クレア、"業火と暴風を操る魔術師"エミリア、そして"苦労人の偵察者"ダーナの4人構成で、探索者になってからわずか半年で門番のロック・ゴーレムを突破したという実力者である。
アルバートたちとの交渉の結果として無事依頼を請けてもらえることになり、ケンとアルバートたちの合計5人でパーティを組み、迷宮に潜った。
探索では大きな事件が起こることもなく順調に迷宮の奥に向かって進んでいったが、2日目の夕刻に異変があった。
迷宮の各所には幾つもの大部屋が存在し、多くのモンスターが湧くことから探索者に「モンスター部屋」と呼ばれている場所がある。
そのモンスター部屋に、噂ですら聞いたことがないほどに強大な力を持つ黒い豚頭鬼人が存在していたのである。
黒いオークは単独でモンスター部屋に君臨しているのではなく、その周囲には見たことがない上位職業のオークが取り巻きとして何匹も控えていた。
オークの集団と正面から当たっては勝ち目が薄すぎる。
ケンの発案で、離れた場所からエミリアがモンスター部屋に向かって範囲攻撃魔術を撃ち込み、取り巻きのオークを一掃することに成功する。
エミリアの魔術を喰らい、大きなダメージを負いつつも黒いオークは生き残っていたが、アルバートの両手剣で首を刈られて命を散らせた。
黒いオークの死体は迷宮が生み出す他のモンスターと同じようにすぐに分解され、後にはこれまでにないくらいに高品質の魔石と、正体不明の「黒い球体」が残されていた。
翌日、アルバートたちは第一<転移>門を守るロック・ゴーレムをあっさりと撃破し、探索は全行程を終了した。
―――黒い球体の謎を遺したまま。
●第二章 秋季大規模討伐参加
ケンが第一<転移>門を利用可能となってから2ヶ月が経過した。
彼は相変わらず迷宮上層にある元の狩場で稼ぎつつ、徐々に迷宮中層での活動を始めている。
他にも、魔道具店店主のジョン・バロウズと協力して迷宮探索に役立つ魔道具を開発したり、洞窟ばかりの迷宮上層では役に立たないと考えて今まで手を出さなかった弩を入手し、射撃訓練を行ったりもしていた。
ケンが迷宮中層から珍しい昆虫を持ち帰ったことが縁となり、伯爵家の三男であり優れた昆虫研究家であるダニエル・ファブリチウスと知り合い、長らく停滞していたケンを取り巻く環境が徐々に変化し始めていることを実感していた。
だんだんと秋らしさが増し始めた9月上旬、ケンの元を秩序神神官のクレアが訪れた。
彼女に「秩序神教会からケンに対して依頼がある」と伝えられ、出向いた先で出会ったのが秩序神教会の序列第3位である戦士長エセルバートである。
エセルバートという男は傲慢なくらいの自信家だが、その自負の高さに見合うだけの実力と地位を兼ね備えている男だ。
そんなエセルバートがケンに持ってきた依頼というのは、1週間後に開始を控えた「秋季大規模討伐」に斥候として参加してほしいというものだった。
大規模討伐とは、モンスターや野生動物の活動が活発になる春と秋に毎年行われる、軍事演習を兼ねた大規模な害獣駆除のことだ。
主要街道周辺の駆除は騎士団のみで毎月行っているが、春季および秋季の大規模討伐では任務の対象となる範囲が大きいことから、秩序神教会も部隊を派遣する取り決めになっている。
町から遠く離れた山や森の中で活動することから、任務に参加する戦士団の各分隊に1人スカウトを付けるのだが、秩序神教会の内部には適した人材がいないため外部の人間に頼っている。
前回まで仕事を依頼していたスカウトは事情があって参加不可能になったため、クレアと知り合いで必要な技能を持っているケンに依頼が回ってきたという事情である。
参加を予定している部隊には新人が多く、最も安全と思われる地域を割り当てられるという話を聞いたケンは、たまには町の外で活動するのも悪くはないだろうと考え、依頼を請けた。
―――この事が、これから先いくつもの面倒事を呼ぶ切っ掛けとなるとは夢にも思わず。
今回、ケンが参加する戦士隊は分隊長のフランクリン以下10名の戦士、治癒術師のクレアと合わせて12名で構成されている。
山麓に位置するとある村に拠点を構え、4日間にわたって周囲に棲む獣や魔物を狩るという計画であった。
片道3日をかけ、大規模討伐の拠点となる村に辿り着いたケンたちを待ち受けていたのは、小鬼人の集団による村人の襲撃及び誘拐事件だった。
1人の青年が命に関わる重症を負い、1人の少年が殺され、2人の女が誘拐された村は混乱の極みにあった。
だが、フランクリンによって何とか村人たちは落ち着きを取り戻し、重症を負った青年もクレアの治癒術によって命を取り留めることができた。
ケンが誘拐現場に残されていた痕跡を追ってゴブリンの巣穴を発見し、戦士隊が巣穴に対して襲撃をかけてゴブリンどもを殲滅することができた。
しかしゴブリンの巣穴の中では、誘拐された村の女たちの痕跡を何一つ見つけることができなかった。
ちょうど巣穴を離れていたり、近隣に別口のゴブリンの群れがあることを想定し、元はゴブリンの巣穴だった洞窟の監視を始めてから3日目。
ゴブリンが警戒網に引っかかった。
通常のゴブリンとは一線を画す優れた装備と行動様式を持ったそのゴブリンは、洞窟の中に誰も残っていないことを知ると、仲間のゴブリンどもと合流して慌てて何処かへと帰っていく。
ゴブリンどもの後を隠密行動能力と追跡能力に長けたケンが追い、時間にして約2時間、距離にして数キロの追跡の果てにケンは一つの異形を目撃する。
それは、大人になっても人間の子供くらいの体格しかないゴブリンとは違い、人間よりも大きな体格を持つホブゴブリンの姿だった。
隠れ潜むケンの存在がホブゴブリンによって看破され、ゴブリンがケンのことを追いかけてきたが、何とか振り切って村へと帰還する。
村が置かれている危機的な状況を知った分隊長のフランクリンは、緊急事態が発生した時のために準備されていた魔道具で救援を呼び、ゴブリンの襲撃に対抗するための行動を本格化させた。
翌日。
懸念されていたゴブリンからの襲撃は現実のものとなった。
ホブゴブリンに率いられた数十匹のゴブリン集団は、単なる烏合の衆ではなく統制がとれた軍隊のようにも見える。
襲撃を想定して準備されていた急造の柵を挟んで、村の防衛戦が始まった。
柵に取り付こうとするゴブリンを村の男たちが槍で突いて追い払い、2箇所ある村の入口では秩序神教会の戦士たちが防衛に当たる。
ゴブリンによって放たれた火は村の女たちが消し止め、負傷した村人を神官のクレアが癒やした。
そんな膠着した状況にしびれを切らしたか、それまで督戦しているだけだった2匹のホブゴブリンがついに動き出し、柵を跳び越え、あるいは柵を破壊して村の内部に侵入を果たす。
村の混乱は最高潮に達した。
激戦の末、2匹のホブゴブリンはフランクリンとクレアの手によって斃され、それを見た生き残りのゴブリンどもは整然と撤退を始める。
追撃する余力のない村側は、逃げていくゴブリンどもを黙って見送るしかできない。
戦士隊に1名、村人に数名という大きな犠牲を出しつつも、防衛戦は勝利に終わった。
さらに翌日。
マッケイブの町へ帰るはずだった秩序神教会の戦士団本隊は予定を変更し、ケンたちが拠点としている村に救援に訪れた。
戦士団はすぐさま村の防衛設備を立て直し、それからケンが発見していたゴブリンの拠点と思われる場所に向かったが、そこは大量のゴブリンが暮らしていたという痕跡だけが残されていた。
●第三章 過去よりの使者
秋季大規模討伐を終えて町に戻ったケンを待ち受けていたのは、政府機関からの事情説明や情報確認という名の尋問、そして自分の都合の良い方向へ証言を誘導しようとする試みだった。
政治的な後ろ盾のないままでは、都合のいい駆け引きのための道具として使い続けられると考え、ケンは秩序神教会の戦士長エセルバートの庇護下に入ることを決心する。
ケンを優秀な手駒として活用できると考えていたエセルバートはその提案を受け入れ、ケンから獲得した情報を利用してますます勢力を伸ばしていく。
諸々の後始末を済ませ、ようやく元通りの平穏な日々を取り戻したケンは、収穫祭の開始を翌日に控えた町の中をふらついていた。
収穫祭のためにマッケイブを訪れる観光客を目当てにした露店を冷やかしながら歩いていると、裏路地を出たところで1人の少女に袖を掴んで引き留められる。
ケンには、グレイスという名を持つ少女も、その後ろにいる付き人のハンナという女にも全く見覚えがなかった。
しかし、ケンの袖を掴んで話そうとしない少女は、ケンのことを「グレン・ビーチャム」と呼び、5年以上前に故郷を出てから一度も連絡を送ってこなかったことを詰り始める。
全くの人違いというケンの回答に衝撃を受けた少女の手を振り切り、ケンは逃げ出す。
―――ついに期待していた、あるいは恐れていたモノがやってきた。
宿に戻り、一人きりになったところでケンはそう考える。
今はケンの中から消えてしまった5年より前のこの世界での記憶。それにまつわるモノがついに近くまで来てしまったのだ、と。
少女から詳しい情報を聞かずに逃げ出してしまった事を少し公開したが、それも後の祭りだ。
過去が判明しようとしまいと日々は巡る。
収穫祭1日目は祭りに参加せず、昆虫研究家ダニエルの人脈を使って集められた、各界一流の研究家たちと共に研究会を行った。
参加者は昆虫研究家のダニエル、魔術研究家のジョーセフ、鉱物研究家のハウトン、迷宮研究家のアーヴィング、そして研究対象の所持者であるケンの5人。
研究対象はもちろん、3ヶ月前に黒いオークが遺した正体不明の黒い球体である。
ケン以外の全員が、その道ではひとかどの研究者として名を馳せている人物だったが、彼らを以ってしても黒い球体の正体は推測すらできないようだ。
丸一日かけて情報の交換をしつつ、交流を深めた。
結局、黒い球体は魔術研究家のジョーセフが預かって研究を進め、進捗を聞くためにケンが定期的に魔術師ギルドを訪れることに決めて、研究会は終了した。
ジョーセフが実は魔術師ギルド長であり、ケンがいつの間にかジョーセフの弟子という扱いになっていたと発覚するのは、これから2週間後のことである。
収穫祭の2日目と3日目はこれといった用事もなく、ケンが定宿としている【花の妖精亭】の看板娘ベティと共に大いに楽しんだ。
秋季大規模討伐のために町を離れてから約1ヶ月続いた非日常は終わり、これでまた独りで黙々と迷宮探索をするという、この5年間飽きるほど繰り返した日常が帰ってくる。
そのはずだった。
久々の迷宮ということで<転移>門を通って中層に行くのではなく、地上の入口から日帰りで探索を繰り返していたケンの前に、消えた過去を知る少女が再び姿を現した。
グレイスは父親が王国東部の町で商会長をしているのだと明かし、王国西部に進出可能かどうかの調査と下準備のためにマッケイブにやってきたのだ、とケンに語った。
表向きの目的はともかくとして、同じ宿に長期滞在する真の目的がケンの正体を暴くことであるのは、グレイスの態度から一目瞭然だった。
グレイスから向けられる疑いの視線に気付かない振りをしつつ、ケンの側も懇意にしている盗賊ギルドに依頼してグレイスの情報を集め始める。
情報収集依頼を出した数日後、ケンは盗賊ギルドから緊急の呼び出しを受けた。
呼び出しに応じて出向いた先でケンを待っていたのは、マッケイブに居を構える三大盗賊ギルドの一つ【黒犬】の幹部の1人、情報収集部門を統べる"鼠"の頭領だった。
そこでケンはいくつかの事実を知らされる。
実は、ケンが盗賊ギルド業界ではそれなりの注目株であり、どうにかして自勢力へ取り込もうとする動きがあったこと。
ケンが懇意にしている【花の妖精亭】の女たちを脅迫のために利用しようとしていたが、ケンと秩序神教会のエセルバート、および魔術師ギルド長のジョーセフとの関係を考えて中止されたこと。
グレイスと名乗る少女の正体が、王国西部を牛耳るウェッバー商会の商会長の一人娘であるリサ・ウェッバーであり、彼女が実質的に商会の支配者であること。
商業界への影響力が弱い【黒犬】が、ウェッバー商会に取り行って勢力を伸ばそうと目論んでいること。
そして、三大盗賊ギルドの一つ【夜鷹】の下部組織によって、リサ・ウェッバーの誘拐が計画されていること。
【黒犬】は誘拐を未然に防ぐのではなく、いったん誘拐させてから救出することでウェッバー商会に恩を売ろうと考えていたが、現状では他組織の仕事に介入するに足るだけの大義名分がない。
そこで、リサ・ウェッバーと親しい関係にあるケンに協力してもらいたい。そう"鼠"の頭領は語った。
今後のことも考慮してケンは【黒犬】と協力関係を結ぶことに同意し、リサとケンと【黒犬】を繋ぐための仕込みを行う。
途中で想定外の邪魔者が登場したことによって人員配置に若干の変更が発生したが、概ね想定通りのタイミングでリサと付き人のハンナがならず者の集団に拐かされた。
誘拐の実行犯が首謀者と合流したところで、ケンと【黒犬】のメンバーが急襲して2人を無事救出することに成功する。
この事件をきっかけとしてウェッバー商会と【黒犬】は協力体制を作り、共同でマッケイブの商業界へ殴りこみをかけることが決定した。
ケンとリサの長く続く交友もこれで決定的になったと言えるだろう。
●第四章 メイド少女アリサ
年の瀬も押し詰まったその日、ケンは魔術師ギルドの本部である魔術大学院を訪れていた。
その目的はと言えば、ケンの「押し掛け弟子」ならぬ「押し付け師匠」となったジョーセフから魔術を学ぶためである。
普通、魔術師を目指す場合は10歳前後で見習いとなり、それから数年かけて魔術やその他の学問について知識を蓄えつつ、魔力を操る技術を磨いていくものだ。
だが、この師弟に「普通」という言葉は全く当てはまらない。座学は全て省略し、最初から魔力制御の実践が始まった。
しかし、当代随一の魔術師として名高いジョーセフでも、今まで魔力制御のイロハも知らなかったケンをたった数時間で魔術師に仕立て上げることはできない。
ジョーセフが指導を行う時間が取れなくても魔力制御の訓練ができるように、<光>を行使できる貴重な魔道具を借り受け、初の魔術訓練は終了した。
その数日後。ケンは年内最後となる探索に出発し、迷宮中層で山岳地帯に行き当たっていた。
モンスターを狩って魔石を集めるのではなく、迷宮の外では入手不可能となった珍しい虫や植物がいないかどうか探したり、価値がありそうな鉱物を探したりして1日を過ごし、迷宮の中で夕暮れを迎えた。
夜営に適した場所を探して歩いていると、丁度良さそうな洞穴を発見することができた。
周囲や中から大型生物の痕跡や気配は感じられないことから、夜営の場所としては最適な場所であると判断し、ケンは洞穴の奥へと進んで行く。
そこで彼が目にしたものは、岩陰に隠れるように倒れている男の白骨死体と、風化が進んだ骨の中に埋もれていた高価そうなブローチだった。
思わぬ収穫が得られたことに喜び、ケンは骨の中からブローチを拾い上げる。
すると岩だと思い込んでいた物体が、体の上に堆積していた土を振り落としながら動き出したのだった。
岩だと思っていた物の正体は、メイド服を来た女だった。
アリサという名のメイドはケンを「旦那様」と呼び、既にケンとアリサの間に主従契約が結ばれているのだと主張した。
状況からの推測やアリサとの質疑を通じて判明したことはいくつかある。
まず、アリサは人間ではないということ。普通の人間が食料の得られない迷宮の中で長期間過ごすことはできないから当たり前だが、幾つかの要素から考えると通常の意味での生物ですらない可能性が高い。
次に、骨の中に埋もれていたブローチこそがアリサとの「契約」の要だったということ。ケンがとった行動のうちの何らかが条件を満たし、意図せずに契約が結ばれてしまったようだ。
そして、アリサには過去の記憶が存在しないこと。一般常識や家政婦としての基礎技能などは持っているのだが残されているようだったが、どうして彼女がこの場所にいたのか、近くにあった白骨死体の正体や、アリサとどんな関係だったかについては全く憶えていないらしい。
絶対にケンとの主従契約を解消するつもりがない。そう言葉や態度で示すアリサを連れて、ケンは迷宮から脱出した。
迷宮から帰ったケンがまず考えた事は、迷宮の外でアリサをどう取り扱うかについてと、彼女の正体をどう調べるかについてだった。
宿暮らしのケンには身の回りの世話をするメイドなど必要がないし、様々な意味で普通ではない彼女の存在をあまり公に知らせたくはない。
結局、アリサの身柄は小さいながらも屋敷持ちの貴族であるダニエルに預かってもらい、間違いなく魔術が密接に関係しているだろうアリサの正体については、魔道具製作者のバロウズや、魔術師ギルド長のジョーセフに相談することに決めた。
バロウズやジョーセフが調査した結果、やはりアリサの正体は魔術によって創られた存在である可能性が濃厚となった。
しかも作られたのは現代ではなく、今から数百年前に滅びた「魔法帝国」時代のものではないかと推測された。魔法技術が絶頂を極めたその時代ならば、アリサのような高度な魔法生命体を創ることも不可能ではなかっただろう。
激務のジョーセフは研究の時間が取れそうになかったため、魔術人形研究家のモーズレイを紹介された。
しかし残念な事に、専門家のモーズレイの技術を以ってしても、アリサの製造方法どころか維持管理の方法さえも解明できなかった。
アリサの正体について解明を行うために、彼女が迷宮の中で感じた何かがある場所、通称"遺跡"を探すことが決まり、アリサも迷宮探索者となった。
"遺跡"捜索はかなり難航した。
アリサの身体能力は素晴らしく、ケンが数年かけて培った技術をみるみると吸収していったおかげで、実力的に全く不安はない。
ならばどうしてすぐに"遺跡"に辿り着くことができなかったのかと言うと、その理由は迷宮の特性にある。
迷宮中層は上層よりもさらに広大で、何の妨害もなかったとしても横断するだけで3,4日はかかるほどの大きさをもつ様々な地形が無数に存在している。
しかも、その地形の並び方は固定ではなく、一定期間が経過する度に「構造改変」という現象が発生して、通路の先にある地形が全く違うものになってしまうのだ。
迷宮のもっと奥まで潜っているような実力者たちならともかく、ケンとアリサの実力では目指す場所が<転移>門のすぐ近くに来なければ辿り着くことは困難である。
アリサのエネルギー切れが刻一刻と迫ってくるが、機会が訪れるまで待つことしかできない。
アリサが"遺跡"に辿り着ける最初の、そしておそらく最後の機会が来たのは捜索開始から2ヶ月近くが経った頃だった。
昼は茹だるように暑く、夜は凍えるくらい寒い砂漠地帯をアリサの先導に従って進む。
比較的動きやすい夜に歩き、昼は直射日光を避けて休むというサイクルだったが、やはり水の消費は激しい。モーズレイによって各種魔道具の支援を受けていなければ前に進めなかっただろう。
そこそこ順調に"遺跡"までの道程を消化し、終着点が間近に迫った捜索3日目の夜。事件は起こった。
それまでケンとアリサが慎重に行動していたおかげもあり、全くと言っていいほどモンスターとの戦闘が発生しなかったのだが、油断と疲労から巨大な蠍に奇襲を受けてしまったのだ。
狙われたのはアリサだ。
巨大な鋏で足首を捕まれ、腹に毒針を突き立てられた。だがアリサに毒は効かず、折れてしまった足の骨も<部位再生>の魔法薬を使ったおかげか、すぐに行動可能なまでに回復したらしい。
ケンとしては無理をしてほしくはなかったが、すぐに"遺跡"に向かおうと強く主張するアリサに押され、最低限の休憩をしただけで再出発する。
アリサが言った通り2時間程度で"遺跡"に到着した。
魔術によって隠された入口の場所をアリサが見つけ、魔術によって閉じられた入口の扉はアリサとの主従契約の証であるブローチによって開かれた。ケンとアリサの2人は"遺跡"内部に進入する。
疲労が溜まっているであろうアリサを入口に残し、ケンが単独で"遺跡"の内部を一通り見て回った。
"遺跡"の入口からすぐの場所はアパートのような構造の居住区になっていて、奥へと続く扉もいくつか見つかった。扉については開ける方法が分からなかったので諦め、入口にいるアリサのところまで戻る。
―――そこでケンが目にしたものは、活動停止状態に陥ったアリサの姿だった。
"遺跡"に再び来るために発信機の魔道具を設置し、"遺跡"内部を探索して放置されていた資料を鞄に入るだけ詰め込む。
そして、動かなくなってしまったアリサを連れ、彼女を再び甦らせるという決意を胸に秘めてケンは迷宮の外へと帰った。
●第五章 胡蝶の夢
長い冬が終わり、遅い春がやってきた。
冬の間に積もった雪がようやく溶けた頃、ケンは約5ヶ月ぶりにマッケイブへやって来たリサ・ウェッバーとの再会を果たす。
この間、王国東部の商業界を牛耳るウェッバー商会は西部への侵出準備を着々と進めており、リサがマッケイブへと来たことで本格的に計画が始動した。
マッケイブで長年活動を続けてきた既存商会との戦端が開かれる日は近い。
リサにはリサの戦いがあるように、ケンにはケンの戦いがある。
"遺跡"からケンが持ち帰った資料は魔術人形研究家のモーズレイに渡し、モーズレイとその弟子たちが解読を行っていた。
解読作業はまだ半ばであり、正式な研究資料ではなく研究者のメモ書きのような物が大半であることから、アリサに使われている技術の解明に直接つながる情報は得られなかった。
しかし、ケンが入ることのできなかった"遺跡"の奥に、モーズレイたちの研究を飛躍させ、アリサの修復と再起動に大きく近づけるのではないかと期待させるには十分なだけの情報が得られた。
例え、ケンやモーズレイが望んでいる物がなかったとしても、稼働可能な魔法帝国時代の遺跡というだけでその価値は計り知れない。
ここに、モーズレイが中心となった"遺跡"調査計画が産声を上げた。
しかし、"遺跡"が存在するのは迷宮の内部であるため、魔術師ギルド単独では調査が行えない。
"遺跡"までの護衛や、食料や研究のために必要な機材などを運搬するための人員が、最低でも数十人は必要になるだろう。
それらに適した人材と言えば、やはり普段から迷宮の中で活動をしている探索者たちということになるが、一口に探索者と言っても玉石混交かつ一癖も二癖もあるような奴らばかりだ。
魔術師ギルドという組織は過去の経緯もあって閉じた組織であり、マッケイブという迷宮都市に本拠地を置きながらも基本的に迷宮には関わっていないため、探索者たちとの関わりも薄い。
そこで、現役の探索者であるケンがモーズレイからの相談を受け、探索者を集めて滞りなく運用するための手段を考えると同時に、ケンも独自に動くことに決めた。
ケン自身はソロ探索者であり、探索者の知り合いがごく少数に限られる上に数十人もの人間を纏め上げるだけのカリスマもない。
だが、そういったことができる人物に1人だけ心当たりがあった。
探索者ギルド【ガルパレリアの海風】のギルドマスターであるカストは、昔からケンのことを何くれとなく気にかけてくれていた男だ。
【ガルパレリアの海風】は規模も実力も中堅のギルドであるが、その運営方針のおかげで他の探索者ギルドとの繋がりが強固であり、カストは「おやっさん」と呼ばれて親しまれている。
カストと【ガルパレリアの海風】であれば探索者として信用がおけると考えたケンは、"遺跡"調査計画への参加を提案し、ケンが【ガルパレリアの海風】に一時的に加入することを条件に、提案は快く受け入れられた。
それからカストの人脈を利用して他の探索者ギルドに声をかけ、カストを頂点とするギルド連盟を設立した。最終的には100人以上の探索者が所属する一大勢力となるだろう。
ギルド連盟を作り上げた表向きの理由はいくつもあるが、ケンの目的はただ一つ。"遺跡"調査計画の円滑な遂行だった。
1日でも早く"遺跡"の調査を完了させる。そのためにはケンが持つ全ての能力と情報と人脈を活用し、利用できるものはなんでも使う。
そう決めていた。
その後、訓練を兼ねて【ガルパレリアの海風】のメンバーたちと共に潜った迷宮中層で、ケンたちは夜光蝶と呼ばれる発光する蝶と遭遇した。
夜光蝶に見入った―――あるいは、夜光蝶に魅入られた―――彼らは、夢の中でこの上ない幸福を味わうことになった。
ケンが見た夢は、ケンが鈴木健一郎だった頃に過ごした日常の続き。生みの父と母の記憶だった。
いや、もしかしたら鈴木健一郎が見ている夢こそが、ケンが生きている今の世界なのかもしれない。
それは、誰にも分からない。
●第六章 孵化
ケンは【ガルパレリアの海風】のメンバーたちと何度か迷宮に入って親交を深め、カストは自ギルドのメンバーを鍛えつつ、ギルド連盟の勢力を着々と拡大していた。
同時にケンは、秩序神教会のエセルバートや盗賊ギルド【黒犬】の力をも利用して、"遺跡"調査計画を進めるための工作を進めている。
時を同じくして、ウェッバー商会第一号店【ブルー・ダリア】が無事に開店し、順調に知名度を高めながら客足を伸ばしていたことを書き添えておこう。
5月も終わりに近づいた頃、ケンは魔術師ギルドが本拠を置く魔術大学院を訪れようとしていた。
目的は、魔術の師匠であるジョーセフに魔術の訓練を受けるためだ。前年末に行われた前回の訓練から、実に5ヶ月が経過している。
魔術師ギルド長であり、政府の重鎮でもあるジョーセフはいつも忙しく、なかなか時間が取れなかったせいで間が開いてしまったのだが、魔術師ギルド長の弟子ともあろう物がいつまでも魔術を使えないままでは格好が付かない。
何とか予定をやりくりして5日間という時間を作り、その間にケンを一人前の魔術師にしようというのがジョーセフの考えだった。
ケンが魔術大学院の建物に入ると、受付窓口で女神官が押し問答をしている場面に出くわした。
その女神官は魔術大学院の塔の中に捜し物が有ると主張し、それを見せろと要求したが断られているようだった。
一つ気になったのは、その女神官が説明した捜し物の特徴が、ケンが1年近く前に黒い豚頭鬼人から手に入れた謎の黒い球体と一致している事だ。
この出来事を最上階の執務室で待っていたジョーセフに報告し、次に女神官が魔術大学院を訪問した時に話を聞けるように手はずを整えた。
それから2日後。
再び女神官が魔術大学院を訪れ、ジョーセフと共に話を聞くことができた。
パヴリーナと名乗った彼女は、自由神神官として教会から下された"魔神の卵"回収の使命を果たすため、ここまでやって来たのだと話した。
"魔神の卵"は、神話の時代に存在したとされる"魔神"が斃された後、その精神や肉体を幾つかに別けた上で封印を施した物であるとされている。
"魔神"を討伐し、生き残った神々のうちの一柱である【自由神ルヴェイラ】がその内の1つの管理を請け負い、神が天に昇った後は自由神教会が役目を引き継いだ。
"卵"の封印は完全なものではなく、数年から十数年に一度やってくる活動期には保管場所から逃亡し、魔物に寄生して周囲に災厄をまき散らしていた。
自由神教会には逃亡した"卵"の位置を探査する儀式が伝わっており、"卵"が逃亡した後は可能な限り速やかに発見・回収を行っている。
だが、数年前の活動期の際にそれまで全く経験したことがない異常事態が発生した。
世界中、どれだけ遠くにあったとしても見つけられるはずの"卵"の位置が、全く判らなくなってしまったのである。
様々な手を尽くしたが状況は変わらず、半ば諦めて定期的に探索の儀式を行うだけになっていた。
状況が変わったのは今から約11ヶ月前。ちょうど、黒い球体が迷宮の中から持ち帰られた時だった。
それまで全く位置を掴めなかった"卵"の場所が判明し、パヴリーナが回収役を仰せつかった。彼女がマッケイブに来るまでにこれほど時間がかかったのは、単に路銀の問題だったようだ。
状況的には、ジョーセフが研究を行っている黒い球体が"魔神の卵"であることに疑いの余地はない。
パヴリーナは"卵"の譲渡を望んだが、研究対象を失いたくないジョーセフはのらりくらりと引き伸ばし、結論が出るまでパヴリーナはマッケイブに滞在することになった。
故郷から遠く離れた場所でしばらく暮らすことになったパヴリーナは、生活費を稼ぐために迷宮探索者となることを望み、ケンに相談を持ちかける。
ケンはパヴリーナを探索者ギルド【ガルパレリアの海風】に紹介し、貴重な治癒術の使い手である彼女はあっさりと受け容れられた。
それからすぐに行われた迷宮上層の探索時、パヴリーナは迷宮の中で自由神教会に伝わる探査の儀式を行った。
これは、迷宮の外から中にある"魔神の卵"が見つけられなかったため、迷宮の中で探査の儀式を行うことで何か発見できないかと期待してのことだった。
期待通り、探査の儀式には反応があった。
反応がある方に向かって行くとそこには宝箱部屋があり、宝箱の代わりに鳥人系のものと思われる巨大な卵が置かれていた。
ケンは卵を持ち帰ることに反対したが、パヴリーナと他のパーティーメンバーの意向によって卵を持ち帰ることに決定してしまう。
パヴリーナが巨大な卵を抱えて第一<転移>門に辿り着き、門番のロック・ゴーレムと対峙した時に異変が発生した。
高さ3メートルほどで土色の岩で構成されているはずのゴーレムが、黒い岩でできた一回り大きなゴーレムに変化していたのだ。
黒ゴーレムはパヴリーナを―――否、パヴリーナが抱えた卵のみを執拗に狙うという異常な行動をとり、門番部屋から逃げ出すことも不可能になっていた。
ケンが卵を受け取って回避に専念し、他のパーティメンバーが全力で攻撃するという戦術を使って何とか黒ゴーレムを倒した後、ケンの腕の中で巨大な卵が孵化してしまった。
1つの謎が解決したと思ったが、すぐに幾つもの謎が生まれた。
ケンが抱える全ての謎が解消される日はいつ訪れるのだろうか。