〈後〉
蜻蛉は私の願いを聞き入れてくれた。私を庭園にまで運んでくれたのである。庭園はすっかり見ないうちに、雑草が生えてしまっていた。枯れている花もいる。
家の暦表を見て、追放を受けてから六日が経っていることを知った。私は城内を三日もの間歩き回っていたのである。だから複雑な迷路を、行くことができたのだ。三日経っていたことに気付いていなかったせいで、引き返す選択肢を捨ててしまっていたが。
蜻蛉は砂漠へ帰っていった。やはり棲家が一番居心地がいいのだろう。私が自宅に戻ることを求めるのを見て、蜻蛉も帰りたくなったに違いない。
――蜻蛉はなにを喰って生きているのだろう。
ふと、そう思った。あの砂漠にはなにもなかったはずだ。あるのはただ、砂ばかり。まさか砂を喰っているはずがないから、砂漠ではなにも喰えないことになる。それとも、砂漠にはなにか知らない喰い物があるのだろうか。
雑草や枯れ花の処理を済ませてから、私は庭園の中央に寄った。
ソフィアの樹の実。これを喰うことで、私は神格ほどの力を手に入れた。
そこに蛇がいた。
蛇は私の姿を見ると、さっと樹の陰に隠れてしまう。
「どうした。ほら、蛇。なぜ隠れる」
蛇は無言で、私と目を合わせようともしない。私は蛇への感謝の気持ちで一杯だというのに、なんだろうこの仕打ちは。
「……出て行けえ」
蛇が途端、そう言い放った。その言葉は、追放を受ける前の私が、蛇と対面したときに発した言葉だった。
「どうしたというんだ」
わけが分からない。蛇はすっかり自信を失っている。
「お赦しを」
それだけ言って、蛇は咄嗟に逃げていってしまった。恐怖にかられた草食動物のように、それは速く、持久力がある。
……なんだったのだろう。
それよりも早く、変化は頭に訪れた。
頭痛が走る。視界をぐるぐるまわっていった。ソフィアの樹の実が、ひとつ地面に落ちてしまう。虫食いができていた。
頭が割れるように痛い。弾丸を喰らっても怯むことのなかった脳髄が、響く、響く。
私の頭が破裂した。兵士の弾丸を受け、ぼろぼろになっていた頭が、ついに崩壊した。
中から、蜻蛉の幼虫が顔を出した。
私は気付くことしかできない。
ソフィアの樹の実など、ただの実でしかない。エディヌはただの国でしかない。かの楽園とは程遠い。
すべては蜻蛉の本能によるものだったのだ。
獲物の脳に卵を産みつけ、神経を操り、自在に動かしてしまう。
卵が孵るまでの、揺籃として。
幼虫が私を喰い始めた。