第四章 砂漠の町のオアシス(後編)
やってきました、砂漠のオアシス。
正確には、砂漠のオアシスだった場所。
今は、見事に水が枯れ果てカサカサに乾いた窪地になってしまっている。
まっぷたつ事件の影響でこうなったのは間違いないだろう。
恐らく、大地が割れた衝撃でこの一帯の地殻が変動し水脈が断たれたとか、そんな所だと思う。
「お水ないよ? オアシスってお水があるんじゃなかったの?」
お前は何を聞いてたんだ。
水が無くなったから、なんとかしようとここに来たんじゃないか。
しかし、細かく説明してもこのポンコツは理解出来ないだろうからやる事だけを伝える。
作戦はこうだ。
魔王に、魔法で、穴を掘らせる。
……これだけですが、何か?
恐らく、断水したとはいえ水源が無くなったわけではなくその経路が断たれているだけ。
ならば、新しく経路を作ってやればいい。
つまり、このオアシス跡地の真ん中で、水脈を掘ってやればいいのだ。
そうすれば、自然と地下水が湧き出てくる……はず。
「おおー! お兄ちゃんって、あたまいいね!」
わかったから頭撫でるな。 なんかバカにされてるような気がするから。
しかし、問題はどの呪文で穴を掘らせるか、だ。
なにしろ魔王の魔力は規格外。
下手な事をしたら、穴を掘るどころか大穴が開く。
なにより水源そのものを吹き飛ばしてしまうかもしれない。
火炎呪文……水源まで蒸発させてしまいそう。 噴出した蒸気でオレは死ぬ。
氷結呪文……大気中の少ない水分を凝固させる事になる。 干からびてオレは死ぬ。
爆発呪文……多分大爆発で大穴が開く。 爆発でオレは死ぬ。
真空呪文……木は切れたので穴も掘れるかも。 巻き込まれてオレは死ぬ。
どの呪文でもろくでもない結果になりそうな気がするが、真空呪文が一番マシな気がする。
「なぁ、お前の真空呪文で穴掘れると思う?」
魔王は、んー……と悩ましげな顔をして考え始める。
なんだ、真面目そうな顔をすると案外大人びて見えるじゃないか。
「試した事無いけど、改良すれば出来ると思うよ?」
魔王曰く、呪文の詠唱に手を加えて、本来真空の刃を飛ばす所を真空の球体を飛ばすようにすればいけるかも知れない、と言う事だ。
なるほど、地面を相手にするんだからある程度の切れ味が確保できてれば、後は推進力と掘削力の問題になってくるか。
つうか、そんなに簡単に新呪文生み出すんじゃない。
伊達に魔王をしていないということか。
方向性は決まった。
懸念があるとすれば、いつもの暴走だ。
とりあえず、荷物を魔王の後ろに配置。
これで、オレに何かあっても荷物は無事だ。
いや、死ぬ前提で準備しなきゃいけないのが何か間違ってるような気がするけど。
「それじゃ、まずテストな?」
一発目は空に向かって撃たせてみる。
魔王が真剣な顔で詠唱を始めると、魔王の前にぼんやりとした球体が浮かび始めた。
表面をいくつかの刃が高速回転してる。
あれだ、高位真空呪文で複数生み出されるはずの真空の刃が、球体の表面を走り回ってる感じ。
しかし、だんだん球体がブレ始めた。
暴れて今にも飛び出しそうな……あ、飛んできた。
「避けてー! そっち行っちゃったー!」
分かってる、目の前に来てるんだもん。
ハハ、またいじめられてた記憶が走馬灯のようによぎった。
スローモーションでゆっくりと球体が迫ってくる。
球体の表面を走る真空の刃まで、くっきりと見えるくらいだ。
……見えるだけで、動けないけど。
すいません、その後のことは思い出したくないです。
とにかく、呪文の改良には成功した。
尊いオレの犠牲もあって、魔王も次は絶対制御出来る、と涙目で言ってくれたし。
いよいよ本番、オアシスの地下水源まで穴を掘る時が来たのだ。
「頼むぞ、お前だけが頼りだからな」
頭をポンポンと撫でてやると、照れくさそうにモジモジしている。
しかし、失敗続きとはいえ魔王に頼ってばかりだな、オレ。
たまには何か活躍しないといたいけな少女をこき使う屑じゃないか。
そんな事を考えているうちに、魔王が呪文の詠唱を始めたようだ。
真剣な顔で詠唱を続ける魔王。
額に汗が浮かんでいるのは、ただ暑さだけの問題ではないのだろう。
恐らく、改良を加えた呪文の制御に全神経を集中しているからだ。
その甲斐あってか、詠唱は成功しているようだ。
胸の前に生み出された真空の球体は、先ほどと違い安定したまま大きさを増していく。
「行けるぞ。 どこに撃てば良い?」
真剣になると偉そうになるんだな、お前。
そういや、見た目は少女だけど実年齢はどうなんだろう。
もしかして、こっちが素だとしたら……なんか騙されてた気分になりそうだ。
予定の場所に目印の石ころを置いて、巻き込まれないよう素早く離れる。
安全を確保してから声をかけると、魔王は慎重に角度を測って球体を解き放った。
凄まじい音と共に、空高く掘り出された土が吹き上がる。
どうやら、上手く地面を掘り進んでいるようだ。
飛んできた土に触れてみると、次第に湿り気を帯びていくのがわかる。
と、突如土の代わりに水が吹き上がった。
どうやら、無事球体は地下の水源まで辿り着いたらしい。
辺りに冷たく冷えた水が降り注ぎ、太陽の光を浴びて虹のアーチがかかった。
「おおー! うまくいったよー、ほめてほめて!」
嬉しそうにびしょ濡れになった魔王が飛びついてくる。
可愛い奴だ。 思いっきり頭を撫でまくってやった。
尻尾が残像を残す程に激しく左右に振れているのを見ると、魔王もご満悦のようだ。
たちまち、辺りには水が貯まり、再び砂漠の中のオアシスが姿を取り戻した。
これで、砂漠の城下町は暫く安泰だろう。
初めてまともに復興の手伝いが出来たと、ホッと胸を撫で下ろした。
「わーい、私泳ぐの初めてー!」
そうかそうか。 箱入りだから海で泳いだ事もなかったのか。
初めてだと言うのに、結構上手にバシャバシャと水を掻き分け泳げているようだ。
……泳げている?
魔王がいくら身長の低い少女とはいえ、泳ぐには1メートルは必要だろう。
そして、ここのオアシスはそんなに水深が深くなかったはず。
気がつくと、辺り一面が水浸しでオアシスは元の規模を遥かに超えた大きさとなってしまっていた。
そして、目の前にはいまだ吹き上がり続ける水柱が。
……成功しすぎた。
見る間に水柱はさらに太くなり、オレももう足が着かないほどの水が貯まっている。
幸い、元々オアシスがあった地帯が盆地であり、水が砂漠に流れ出したりはしていない。
だが……オレの記憶が確かならば、オアシスに通いやすいよう城下町に向けて一本の道が舗装されていたはずで。
そして、その道はちょうど盆地を割るような形で砂丘の間を通るように作られていたはずで。
「おおー! 流されていくよー?」
オレと魔王は、水の勢いに逆らう事も出来ず、道に沿って城下町へと流れていくのであった。
「おお勇者よ、死んでしまうとは情けない!」
棺おけの中から起き上がると、女王が懐かしい言葉を掛けてくれた。
どうやら、またも死んだオレは王宮に運ばれて謁見の間で蘇生されたらしい。
全くもって情けない。 まさか砂漠で溺死するとは思わなかった。
魔王? 人が溺れてる横で楽しそうに泳いでましたけど?
とりあえず女王に状況を聞いてみた。
どうやら、先ほどの大津波は地殻変動で経路が断たれて溜まりに溜まっていた地下水源の水が一気に噴出したせいだと思われること。
オレが溺死した後、水は収まり今では以前のオアシスの姿を取り戻したこと。
城下町に津波が押し寄せたが、幸い被害は少なく皆オアシスの復活を大喜びであること。
つまり、結果として今回の依頼は大成功に終わった、ということだった。
……オレが溺死した点を除いて。
女王はオレに望む報酬を、と言ってくれたものの、流石に津波の被害が多少なりとも出ている状況で何かを貰おうとは思わなかった。
なにより、今回も立役者は魔王だったわけで。
その魔王は、初めての水泳がよほど楽しかったのかニコニコしながらまた泳ごうね! とか言ってる。
正直、暫くは水溜まりすら見たくないんですが。
その日、町をあげての祝賀会が開かれた。
篝火を中心に、再び蘇ったオアシスに喜びと感謝の気持ちを添えて町中が踊っていた。
貴重な肉や酒が振舞われ、みな喜びに顔を輝かせていた。
オレと魔王も、女王の近くでご馳走を堪能させて貰った。
城に寝床も用意するとまで言ってくれたものの、丁重に辞退して町で宿泊することにした。
……どうも、女王の目が淫靡に輝いていたので貞操の危機を感じたからだ。
お祭りモード一色の町では、人々が通りすがる度に感謝の意を告げていき、酒を注がれては飲まされた。
年齢的にどうかと思ったが、魔王は気にすることなく酒を飲み干していく。
というか、どれだけ飲んでも酔っ払わない。 酒豪だったのか、魔王。
「人間って、嬉しい時にはこんなに楽しそうにするんだね……」
少し寂しそうに笑う魔王。
まだほんの少ししか一緒に旅をしていないが、こいつにとって魔王という肩書きはどのようなものだったのだろうか。
美味しい食事も、遊ぶことも、皆で笑いあうことも何も知らなかった魔王。
まだ、お互いの事は何も話していない二人だけど。
いつかは、魔王の事、オレの事をお互いに話せる日が来るんだろうか。
元々落ちこぼれで何の力もない、勇者の一族っていうだけのオレだけど。
せめてこの旅が終わるまで、魔王の知らない世界をもっと沢山見せてやりたいと思う。
そんな事を考えつつ、炙り肉を齧りながら城下町を散策していると1人の露天商に出会った。
手作りの装飾品を売っている、小さな露天。
魔王にはそれすら珍しかったのだろう、目をキラキラとさせて並べられた装飾品に見入っていた。
今日の魔王は、本当に頑張ったもんな。
ご褒美に自腹で髪飾りを買ってやり、オレの手で魔王につけてやった。
どうもこういうプレゼントを貰った事がなかったらしく、魔王は涙を流して喜んでいた。
……可愛い奴め。
「お兄ちゃん……だーいすき!」
待て、嬉しいのは分かるが全力のハグはヤバイ!
ボキッという小気味良い音を立てて、オレの身体は魔王の腕の中で力を失っていった。
……せっかくの良いシーンが台無しだ。
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☆今回の勇者
・3回死亡
死因:
・真空魔術による全身裂傷とそれに伴う失血死
・あふれ出た水で溺れ溺死
・魔王のハグによる背骨骨折、内臓破裂
累計死亡回数:19回
☆周辺の被害
・津波による被害
→家屋10件の浸水
→テント5件の倒壊
→売り物の浸水(総額5万ゴールド相当)
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