第四章 砂漠の町のオアシス(前編)
北の村を後にしたオレたちは、一路砂漠のオアシスにある砂漠の城下町へと向かった。
砂漠の城下町。
広大な砂漠のオアシスを拠点に、行商人や旅人の憩いの場として発展してきた町。
ここを次の目的地と決めたのは、世界の割れ目との距離が近い魔王城が壊滅したことから割れ目からの同じくらい距離にあるこの城下町も大きな被害を受けているのでは? と考えたからだ。
何かオレたちに出来ることがあるのなら、微力ながら手伝いをしなければいけない。
……え? どうせまた被害を増やすんだろうって?
好きで被害を増やしてるわけじゃないやい……
相変わらず空の旅が楽しそうな魔王を背に、ゆっくりと町の入り口へ降り立つ。
流石に今回は途中で落下させるような真似はしない。
別に魔王の心配はしていないが、洋服だってタダじゃないんだし。
予想通り、空の上から見た砂漠の城下町も、随分被害が出ているようだった。
実際に降り立って様子を見ると、それが杞憂ではない事に気付く。
昔訪れた時には随分活気のある町だったが、いくつかの建物は倒壊し、半壊した店やテントの仮店舗で商売をしている店も多い。
幸い、城は外壁が一部崩れているものの無事だったようで、補修工事をしている様子が見える。
しかし、なにより大きな被害が一つ。
空から見て既にわかっていたことではあるが……
オアシスが、枯れ果てていた。
「あら、勇者ちゃんじゃない。 ようこそ、砂漠の町へ」
随分フレンドリーだが、この人はこの砂漠の城の女王。
露出の高い衣装に、妖艶な笑みを浮かべる絶世の美女。
しかし、その性格は軽い。
町についたオレたちは、とにかく復興の手助けをするべくまずは女王に謁見を申し出た。
恐らくはオアシスの復活に向けて何かをする事になるんだろうが、その為にも女王の指示を仰ごうと考えたからだ。
……別に、また勝手に何かやらかして町を半壊させたら困るとか、そういうことは考えてないぞ。
唯一の懸念は明らかに魔物とわかる魔王の格好だったが、コスプレです、と言ったらあっさり納得された。
いいのか、それで。
というわけで、今オレたちは女王の前にいるわけだ。
「困っていることねぇ……最近、夜のお相手がいなくて寂しいのよね?」
チラッとこちらに流し目を送ってくる。
いや、そういうことを聞いてるわけじゃなくて。
実は、以前旅の途中で寄った時この女王に襲われかけたことがある。
ひと目をしのんで私に会いに来てくれたこと嬉しく思いますわ、などと言って夜の寝室で誘惑されたのだ。
いや、夜の寝室に潜り込んだオレも悪いのだが。
どうやら勇者の血が欲しかったらしく、今でもそれは諦めていないようだ。
オレは例外として、勇者一族の血脈は才能に優れた者を輩出する事が多いからである。
国の将来の為なら自らの身体すら利用する。
軽薄そうに見えて、意外とやり手だからこの女王侮れない。
ふと、引っ張られるような感覚がして隣を見ると、不貞腐れたような顔をして魔王がオレの袖を引っ張っていた。
何故か、女王を睨み付けている。 初対面なのに失礼な奴だ。
「ふふ、そちらのお嬢さんでも良いのだけれど? どう、一晩貸してくれない?」
アンタ、バイなのかよ。
しかもこの女王、単に欲求不満なだけかよ。
さっきまでのオレの女王に対する評価が一気に崩れ去っていく。
女王の新たな性癖が露になったが、流石に魔王を貸し出す訳にもいかない。
オレが見てない所で女王にあれやこれやされたら、何が起きるか分からない。
下手したら町ごと吹き飛ぶし。
……別にオレが隣で秘め事を見ていたいとか、そういうことじゃないが。
「こいつを貸す訳にはいきませんよ。 オレと一緒にいないと困ります」
頭を撫でながら断りを入れる。
うきゃー! という声がしたので隣を見てみると、耳まで真っ赤になった魔王が顔を両手で隠しジタバタしていた。
どうでもいいけど、一応女王の前なのに失礼だぞ。
微笑ましそうにこちらを見た女王は、冗談はさておき、と前置きして本題に入ってくれた。
持ち出したのは、やはりオアシスの一件。
今はまだ井戸に残る水源でなんとかしのいでいるが、既にそちらも枯れ果てそうで見た目以上に王国存亡の危機が迫っているのだそうな。
水源を復活させれば望むだけの報酬をくれる、と宣言してくれた。
……いや、そもそも恐らく原因はオレたちだし。
とは口に出すわけにもいかず、とにかく出来る限りの事をする、と約束して城を後にする。
帰り際の女王の妖艶な視線が気になる。
報酬は私でもいいのよ?
私を好きなようにしていいのよ?
貴方の望むどんな変態的行為も受け入れてあげる♪
……脳裏に誘ってくる女王がフルボイスで再生された。 ゴクリ。
「お兄ちゃん、あづいー……」
城の外に出て暫くすると、魔王が弱音を吐いた。
なにしろ砂漠のど真ん中だからなぁ……
一応薄着にさせてはいるが、慣れてないと辛いだろう。
見ると、シャツが汗で濡れてピンク色の突起が透けて見えてしまっていた。
あ、フラグとか、色んなものが立った。
「……えっち!」
視線に気付き、自分の姿を理解した魔王が耳まで真っ赤になる。
そして、照れ隠しの右ストレートが唸りを上げてオレの腹へ吸い込まれていった。
……なんじゃこりゃぁ!
一度言ってみたかった台詞を口にしながら、腹に風穴が開いたオレの意識が遠くなっていく。
最近思うんだが、死にすぎて余裕が生まれてきました。
お馴染みの膝枕で目が覚める。
服が一着無駄になったが、まぁしょうがない。
相変わらず涙目の魔王。 泣くくらいなら殺すなよ……
と、その時再び目に飛び込んできたのは、汗で張り付いたピンク色の突起。
膝枕されてるから、さっきよりも近い位置で凝視してしまう。
「お兄ちゃんのばかぁ!」
天丼かよ。
このパターンは新鮮だ……
地面にクレーターが出来るほどの衝撃で再び腹を一撃され、またも意識が遠くなる。
そろそろ、簡単に人を殺さないよう教育した方がいいのかもしれない。
三度目の正直。
目覚めるなり、顔を手で覆い何も見てないアピールを開始する。
ごめんね、と泣きながら謝る魔王の頭を手探りで撫でてから、魔王の方を見ないように起き上がり鞄から布を取り出して渡してやる。
オアシスの復元の前に一仕事できたようだ。
通気性の良い、透けない服を手に入れないと、一日の最多死亡回数を更新してしまいそうな勢いだ。
なにより、見知らぬ他人に魔王のあられもない姿を見せたくは無い。
その日、日が暮れるまで店をハシゴする勇者の姿が各地で目撃されたそうな。
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☆今回の勇者
・2回死亡
死因:
・魔王の照れ隠しで腹を貫かれショック死
・魔王の度重なる照れ隠しで腹を貫かれショック死
累計死亡回数:16回
☆周辺の被害
・飛び散った内臓を浴びたお姉さんが気絶
・町の広場にクレーター発生
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