第三章 村長の頼み(後編)
珍しく、棺おけではなく普通にベッドの上で目が覚めた。
隣を見ると、オレのシャツを握ったままスヤスヤと寝息を立てている魔王。
こうしてみると、本当に可愛らしいただの少女なんだが。
昨日は散々な目にあった。 いや、最近いつもの事になりかけているが。
あれから、魔王に蘇生されたオレはとりあえず購入した鉄の剣と、吹き飛んだ道具屋跡地から回収した旅に必要な消耗品を確保し、道具屋を蘇生してやった。
道具屋はオレたちに食って掛かろうとしたが、それは未遂に終わった。
周りを、騒ぎに気付いた村民に囲まれていたからだ。
後で話を聞くと、どうやらあの道具屋普段からボッタクリ価格で物を売買しており、村民の恨みを買っていたそうな。
村民たちの冷ややかな視線に耐え切れず、残った家財を纏めて村を出て行った。
……不可抗力だったとはいえ、心が痛む。
この世界滅亡の危機に争いを起こす、人間とはなんて醜い生き物なんだ……
いや、世界を滅亡の危機に陥れたのも、争いを起こしたのもオレたちなんだが。
「んみゅ……お兄ちゃん、おはよ……」
どうやらお姫様のお目覚めのようだ。
ゴシゴシと眠そうな目を擦っている魔王の頭を撫でながら挨拶を返す。
背中の羽と尻尾がパタパタと元気良く動いている。
この羽と尻尾、どうやら無意識に魔王の感情を表してしまうらしい。
あれだ、犬の尻尾と同じ。
ちなみに、悲しいと羽は元気がなくなり、尻尾は垂れてしまう。
どうやら、オレが先に起きていたので嬉しかったようだ。
まぁ、尻尾を見るまでもなく、その満面の笑みが全てを物語っているが。
この笑顔の為なら、なんとしても夜を生き延びてやろうという気になる。
気になるだけ。 現実問題、8割方生き残れない。
だいたい、いつも寝ている間に死んでるのは全部コイツのせいなんだよな……
朝食を終え、魔物が住み着いたという東の洞窟へ向かう。
元々、東の洞窟には他の大陸へ移る為の移動用ゲートが設置されていた。
便利なのに、なぜか壁で仕切られ使えなくなっていたので壁を吹っ飛ばして使えるようにしたのはオレだ。
どうやら、今回の魔物はその移動用ゲートを通じて出現し、住み着いたものと思われる。
壁で封印していたのは、そういった魔物が進入するのを防ぐ為だったのだろう。
……あれ、今回の事件もまたオレのせいじゃね?
「おー! 初めてのダンジョン、楽しみー!」
いや、お前の家がラストダンジョンだったんですが。
とりあえず、洞窟の手前で休憩を取りながらある問題に頭を巡らす。
……魔王を連れて行くか行かないか。
今回の依頼の目的が魔物退治である以上、魔物を殺さなければならない。
恐らくは魔獣しかいないだろうけど、魔族がいる可能性だってある。
それに、いくら魔獣でもこんな少女の前で殺すのは気がひけるし、あまり良い影響は与えないだろう。
魔王とはいえ、その中身は純粋なただの子供だっていうのは、これまで一緒に生活して十分に理解している。
まぁ、その魔王に二桁以上も殺されてるからいまさらって話ではあるけど。
チラッと横目で魔王を見ると、羽と尻尾がこれまでになく激しく蠢いていた。
あ、ダメだ。 こいつ何言っても絶対ついてくる。
「うわぁ、まっくら……怖いよ……」
魔王がオレのシャツを掴みながらオズオズと着いて来る。
オレはお前の方が怖い。 頼むから暴走だけはしないでくれ。
しかし、洞窟に踏み入って暫くすると、以前来た時と比べ何か違和感を感じ始めた。
確か、この洞窟にはこんなものなかったはずだ。
……なぜ、酒の空き瓶や脱ぎ散らかした衣服やらがあるんだ。 何より、明かりがついている。
そっと耳を潜めると、グォー! という魔物の唸り声が聞こえてきた。
とりあえず妖しげな付近の様子はさておき、魔物の様子を確認する。
トロルだ。 トロルが大いびきで寝ている。
トロル。
知能は低いが、その巨体と怪力は侮れない。
本来ならこの地方にはいるはずのない、凶悪な魔物だ。
恐らく、魔王の言う区分けなら魔族に相当するんだろう。
知能は低くても一応意思疎通が出来るからだ。
だが、とにかく暴れられては説得も何もあったものじゃない。
剣を突きつけて大人しくさせてから魔王に話をさせるしかないか……
寝ている今なら不意をつける。
そっと寝ているトロルに近づいて、昨日の鉄の剣を構えたその時。
トロルが目を覚ました!
「あぁん? てめぇ、人の家に何勝手に入ってんだコラァ!」
ただのおっさんでした。
目を覚ましたトロル改めおっさんに話を聞くと、どうやらギャンブルで全財産を失って少し前からここに住み着いているという。
昔冒険者だったらしく、洞窟内の魔物を退治しては落とすゴールドで生計を立てていたそうな。
どうでもいいけど、なんで魔物がゴールド持ってるんだろうな。
使い道ないだろうに。
しかし、長期に渡り魔物を狩っていたせいで数が減り、生計が成り立たなくなったのでつい村の農産物に手を出したらしい。
つまり、村を襲っていた魔物というのはこのおっさんだったわけだ。
「じゃぁ、このおじさん退治すれば解決だね!」
まてまて、おっさん退治するのはマズいだろ。
詠唱を始めた魔王の口を手で押さえ、暴走を食い止める。
オレだって少しは学ぶんだぜ、もうこのパターンは見切った。
とにかく、このまま盗人を続けて貰っても困るので村まで連れて行くことにする。
村長の口利きなら仕事もあるだろうし、ここらの魔物を楽に倒せるなら用心棒としても重宝されるだろう。
おっさんも納得したようで、どうやらついてきてくれるらしい。
「モガモガ! はーなーしーてー!」
あ、コラ魔王! そんなに暴れると……
振り回していた魔王の手が壁に当たる。
乾いた音が洞窟に響き、嫌な振動を身体に感じる。
あ、今回はこのパターンだったか。
気がつくと、恐らくさっきの部屋の前の通路だろう。
静かな洞窟の中で膝枕をされていた。
どうやら、魔王のだだっこパンチでさっきの部屋の天井が崩落したらしい。
当然、オレとおっさんは死亡。
魔王? こいつが死ぬはずないじゃん。 まるで無傷。
オレの死体を取り出す為、魔法で瓦礫を吹き飛ばしたらしい。
こういう時は暴走させずに成功するんだから、不条理を感じる。
しかし、勢いがありすぎたのか瓦礫とともに壁にも穴が空いて新しい入り口が出来てしまっていた。
なんとかおっさんの肉片を集め、蘇生してから村へと連れて行く。
村に着いた頃には、日が暮れていた。
村長に報告とおっさんの引渡しを行う。
無事、おっさんはこの村に新しい住居を手に入れました。
……牢屋ですが。
考えてみれば、村の農産物盗んだ泥棒だもんな。
うん、罪は償わないといけない。 オレだって償いの旅してるんだから。
いやぁ、良い事をした後は気分がいいな!
その後、罪を償ったおっさんは村の為に生涯を捧げ、村を守った偉人として語り継がれる事になる。
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☆今回の勇者
・1回死亡
死因:
・洞窟の天井崩落に巻き込まれ圧迫死
累計死亡回数:14回
☆周辺の被害
・東の洞窟一部崩落
・ホームレスのおっさん死亡(後に蘇生)
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