第二章 城下町復興(前編)
魔王城(跡地)で移動呪文を唱えて、向かった先は旅立ちの城下町。
2年前、皆に勇者として涙ながらに送り出されたのが懐かしい。
……嘘つきました。
母親からいきなりお前は勇者だと叩き起こされ。
王様からは鉄の剣すら買えない端金で追い出され。
ガキだからと誰も仲間になってくれず。
一人寂しく、スライムを突付いて日銭を稼ぐ日々。
クソ、あんな町滅びた方がいいような気がしてきた。
「わぁ……お兄ちゃん、凄いよ! お空飛んでるの!」
オレの背中で魔王が楽しげな声を上げている。
どうやら魔王様は移動呪文は初めてのご様子。
上空からの眺めにご満悦のようだ。
オレも背中越しに伝わる柔らかい感触にご満悦だ。
ふと下を見ると、これまではなかった巨大な崖。
……魔王の一撃で割れた世界の傷跡だ。
オレの推測では、この直線上に町や村はなかったと思われるのが唯一の救い。
でも、海の部分では海水が崖下へ凄い勢いで流れ落ちている。
これ、海の水無くなったりしないよな?
海は生命の源と呼ばれていると聞く。
もしかしたら、世界は見た目以上に滅亡に近づいているのかもしれない。
「もうすぐ着くぞ。 手を離したらダメだからな!」
ふいに背中が軽くなった。 タイミング的には「手を離したら」の辺りで。
本来、移動呪文は目的地の寸前で降下速度を落とし、ゆっくりと着地する。
しかし。
オレの背中に積まれていた弾頭は、速度が落ちるその直前に背中から解き放たれ、速度を緩めぬまま高速落下していく。
おおー! という楽しげな声がどんどん離れていく。
あのポンコツ、また早とちりしやがった!
最後まで聞かず「手を離したら?」と勘違いしたに違いない!
こちらの速度はゆっくりとなっていくため、魔王が大地に勢いを緩めぬまま突き刺さるのがはっきりと見える。
なぜか、最後はスローモーションで見えた気がする。
むしろ、オレの人生の走馬灯まで見えてきた。
魔王が突っ込んだその先。
それは、以前と変わらぬ雄大な姿を残していた、王城だった。
「……この辺りは、被害が少なかったんだな」
降り立った先は城下町の入り口。 そう、本来移動呪文は大体が町の入り口に降り立つよう設定されている。
丁度二つに裂けた世界の割れ目から離れた所に位置していたせいだろうか。
辺りを見回すと、多少屋根が崩れたりはしているものの建物への被害はそれほどないように見える。
……今、崩れ去ったばかりの王城を除いては。
とにかく、あの爆弾娘を放置しておくわけにはいかない。
城(の跡地)へ急ぐ。
あら、勇者ちゃん帰ってきたの?
あらあら、勇者くん、逃げ帰ってきたんだって。
あらあらあら、弱虫勇者くん、泣きながら尻尾丸めて逃げ出してきたんだって。
事情を知らない町の人の声はこの際無視する。
どことなく、嘲笑が混ざっていたような気がするけど、気にしたら負けだ。
べ、別にいじめられてたとか、そういうのじゃないんだからねっ!
「おお、勇者よ。 お前が次のレベルになるには……」
いや、今それどころじゃないでしょう、王様。
どうやらお休み中だったのか、ピンクの寝巻きで枕を抱えたまま、王様は城の外へ避難していた。
というか、昼まで寝てるなよ。 仕事しろ、仕事。
城の兵士の皆さんも遠巻きに城跡を監視している様子。
まぁ、そりゃそうだ。 突然城が崩れ去ったんだから、誰だって警戒する。
魔王を回収する為に調査を名乗り出て城の跡地へと潜り込んでいく。
瓦礫を掻き分けながら進むと、あっさりと魔王は見つかった。
人型の穴の奥で楽しそうにケタケタ笑っている魔王。
衝撃で破けたのか、所々ローブに穴が開いているので目のやり場に困る。
「あ、お兄ちゃん! 移動呪文って凄いね! ビューン、ドッカーンって!」
いや、普通はビューンだけだから。
ドッカーンがあると普通は死ぬから。
穴の奥に手を伸ばして魔王を引っ張り出してやる。
ポンポンと埃を払ってやりながら一応怪我がないかチェック。
さすが伝説の剣すら折る魔王。 傷ひとつない。 というか、こいつ怪我することあるのか?
次は背中側……と後ろに回った瞬間、目に飛び込んできたのは肌色一色。
どうやら、こいつ背中から突っ込んだらしい。
魔王の着るローブとはいえ、衝撃に耐え切れなかったようで背中側は千切れ飛んでしまったようだ。
パンツも。 いや、元から履いてなかったのかもしれないが、とにかくない。
申し訳程度についてる小さい蝙蝠みたいな羽と細長い尻尾がピョコピョコ動いている。
「お兄ちゃんのえっち!」
どうやら、オレの視線が可愛らしいお尻に釘付けになっているのに気づかれたようだ。
定番の言葉と共に唸りを上げて近づくのは、定番を通り越して殺戮兵器と化したビンタ。
いや、これはもうビンタじゃない。 ビンタらしきもの、だ。
あ、死ぬ。 これは死んだ。
昔近所のガキにいじめられたこと。
勇者になっても町の人にいじめられたこと。
旅をして行く先々でもいじめにあったこと。
人生が走馬灯のように脳裏をかけめぐる。 というかいじめられた記憶しかないのかよ。
気がつくと、荒野の真ん中で魔王に膝枕されていた。
目が覚める瞬間ピロリロリロ♪ って蘇生呪文の効果音が鳴ったところを見ると、どうやらまた死んでいたらしい。
オレが着ていた服はいつの間にか赤い服に変わっていた。
青色だった鎧も、呪われたかのように真っ赤に染まっている。
「お兄ちゃん、ごめんね?」
可愛いから許す。
と、周りを兵士に取り囲まれている事に気づく。
屋外で半裸の少女に膝枕されている勇者。
それを殺気立った目で見つめる兵士と、なぜか少女の後ろ側に回り込もうとする王様。
鞄から出発前に詰め込んでいたやはり赤く染まった魔王の寝巻きを取り出し魔王に被せながら、状況を確認する。
どうやらオレが城跡に潜り込んだ後、激しい衝撃とともに残っていた城が吹き飛んだそうだ。
町でも、城に近くに建っていた建物には少なからず被害が出ているという。
はい、終わった。
まただよ。 またやっちまったよ。
救いに来たつもりで、逆に被害だしてやんの。
世界の次は、故郷ですか。 もう何もしない方が平和なんじゃね?
とにかく、オレたちが原因であることだけは伏せなければ。
「あ、それ私のビンタ 「世界を新しい恐怖が襲おうとしています!」
無理やり誤魔化した。
筋書きはこう。
魔王を倒したら、突然大魔王と呼ばれる存在が現れた。
過去に大魔王と共に封じられた少女(魔王)を救う為この城に来たが、大魔王の攻撃を受けた。
今回の被害は全部大魔王のせい。
なんで少女がここに封じられていたとか、大魔王ってなんぞ? とか、そういう質問には一切お答え出来ません。
……あっさり受け入れられた。
とりあえず、城と城下町の復興に手を貸すことを王様に約束する。
さすがに、このまま放置するのは心が痛むし。
その日は家に我が家で夜を越そうと思い、魔王と手をつなぎながら家路に向かう。
というか、やたら周りの視線が痛い。
血塗れのいじめられっこが、血塗れの寝巻き姿でなぜか羽や尻尾の生えてる少女と仲良く手をつないで歩いている姿が目撃されているからだ。 シュール。
「えへへ、お兄ちゃんのおうち、楽しみだねー♪」
だが、期待は裏切られるもの。
ようやく家につくと、家がなかった。
……な、何を言っているのかわからねーと(ry
お隣のおばちゃんに話を聞くと、例のまっぷたつ事件の衝撃で我が家は崩れ落ちたそうだ。
なぜか我が家だけ。 今話してるおばちゃんの家なんて、ヒビひとつないのに。
幸い、母親は浮気相手(道具屋のおじさん49歳)とデートしていたそうで難を逃れたらしい。
そのまま転職して勇者の母から道具屋の内縁の妻になったそうだ。
……家が壊れたことより家庭が壊れたことのほうがショックだよ!
しょうがないから、急遽宿屋に泊まることにした。
宿泊拒否しようとする親父に伝説の剣(折れてる)をちらつかせ、なんとか1部屋借して貰えることになった。
とにかく何もするなと1時間言い聞かせてから、止むを得ず道具屋へ。
案の定、出てきたのはオレの母親。 その後ろにいるのは道具屋のおじさん(49歳)。
……気まずい。
オレと母親の視線が交差する。
一瞬でアイコンタクトを交わし、他人の振りをすることで同意。
母親は、店員スマイルを浮かべて商品の案内を始めた。
しかし、問題はこれからなのだ。
想定していたとはいえ、あまりに困難なこのミッション。
わずかな逡巡の後、オレは勇気を振り絞って口を開いた。
「その、女児用の布の服と木綿のパンツ下さい」
終わった。 オレの家庭は完璧に終わった。
汚い物を見るかのような母親の視線に見送られながら、トボトボと宿屋への帰路を辿る。
宿屋に帰ると、主人が気を利かせてくれたのか、単に汚してほしくなかったのか。
桶いっぱいのお湯が二つ用意されていた。
これで全身を赤く染めている血を落とせ、ということだろう。
汚さないように買ったばかりの服とパンツを渡して部屋を出る。
さすがに、同じ過ちは二度と繰り返さない。
しばらくして部屋に入ると、魔王がどうやら落ち着かない様子。
何かが足りない気がする。
あ、翼と尻尾だ。
どうやら、人間用の服では穴が開いていない為、翼と尻尾が出せなくて困っていたらしい。
しょうがないので、一度服を脱がせて背中とパンツに穴を開けてやる。 折れた伝説の剣で。
勢いがつきすぎて貫通した。
丁度桃色の突起や敏感な割れ目に相当する部分にまで穴が開いている。
これを着せる訳にはいかない。 着せたら終わる。 多分世界が。
再び道具屋との間を往復。
「……女児用の布の服と木綿のパンツ下さい」
とうとう、母親は姿を見せなくなっていた。
宿屋の親父に鋏を借りて穴を開け、魔王に渡してやる。
どうやら、お気に召したようだ。
すでに冷たくなったお湯でようやく血糊を落とし、遅めの夕食を済ませ就寝の準備にとりかかる。
ベッドは二つあるが、なぜか魔王はオレのベッドに潜り込んできた。
裸を見られるのはイヤなのに一緒に寝るのは良いとか、こいつの羞恥心はよく分からない。
頭をなでてやると、ふにゃぁっと力を抜いてオレの胸に顔をうずめる。
くそ、可愛いけどこいつ魔王なんだぜ。
オレの理性に世界の命運がかかっているかと思うと、責任重大だ。
翌朝、目覚めたのは再び棺おけの中だった。
どうやら、魔王が寝言で即死呪文を唱えたらしい。 しかも、集団向けの奴。
今日のオレの一日は、魔王と蘇生呪文をかけて回ることから始まるようだ。
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☆今回の勇者
・2回死亡
死因:
・ビンタらしきものによる頭部喪失
・即死呪文による窒息死
累計死亡回数:3回
☆周辺の被害
・城消失
・家屋17軒粉砕
・住民と旅人計8人死亡(後に蘇生)
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