愛玩人形 The Fondling Doll
愛玩人形 The Fondling Doll
それはただの気紛れだった。
旅行先の東洋の町で忘れ去られたように佇んでいる一軒の小さな店。
ふと興味を引かれた男はショーウィンドウを覗き込み、そして、息を呑んだ。
そこに飾られた一体、いや、二人で一組の人形。赤と青のチャイナドレスを身に纏い、互いに両手の平を合わせている、向かいあった二人の少女、男は一目でその人形に魅せられた。
吸い寄せられるように店内に入ると、店の主人らしい小柄な男が話しかけてきた。
「何かお探しで?」
「ショーウィンドウに飾ってあるあの人形だが。あれは売り物なのか?」
男は勢い込んで主人に尋ねた。どうしてもあの人形を手に入れたい。
「はて」
主人は小さく笑った。
「売り物といえば、売り物。そうでないといえばそうでない。」
「どっちなんだ!」
男は焦れ、主人は彼をじっと見つめた。
「よろしいでしょう。お売りします」
「いくらだ」
「あなたのお気持ち次第です、私に値はつけられません」
かなりの額の紙幣を男は主人に渡した。もし、主人の気が変わって「売らない」といわれたら、そして他の誰かの手に渡ってしまったら、そう思うといてもたってもいられなかった。
「ありがとうございます」
主人は礼を言うと、ショーウィンドウの人形を銀の鳥籠に入れた。
「それは?」
「サービスですよ」
主人はふっと笑った。
人形の入った鳥籠を手に、男は店を出た。通りを抜ける際、何か気になって後ろを振り返った。
(・・・・!?)
ない。今あったはずの店が跡形もなく消えうせている。
「白日夢でも見てたのかな」
男は呟いた。だが、彼の手には人形の入った鳥籠がある、夢ではない。
「きっと知らない内に別の通りに入り込んだんだな、ここは迷路みたいに入り組んでいるから」
彼はそう言って無理矢理自分を納得させた。
その夜。男は夢を見た。互いに向かいあって視線を合わせている人形、それが、瞳を上げて彼の方を見た。赤い服の人形は無邪気に、青い服の人形は誘うように。そのあまりに魅惑的な表情に男はどきりとした。
(ワタシガホシイ?)(ワタシガホシイ?)(ワタシタチがホシイ?)
「欲しい」
彼は呟いた。
(ワタシモホシイ)(ワタシモホシイ)(アナタガホシイ)
頭の芯がクラクラする。この人形たちに請われたら魂さえも差し出してしまいそうだ。
(ワタシハアナタノモノ)(ワタシハアナタノモノ)(ワタシタチハアナタノモノ)
(ドウゾメシアガレ)
男はふらふらと彼らに近づく。いつの間にか、彼は彼女らと同じ大きさになっており、そして彼女らももの言わぬ人形から生きた人間になっていた。
(ツカマエタ!)
二人は声を揃えてそう言った。赤い服の少女は愛くるしく、青い服の少女は妖艶に微笑みながら。
「えっ?!」
男は飛び起き、辺りを見回す。
「夢か・・・」
彼は大きくため息をついた。まだ胸がどきどきする。
テーブルに置かれた人形に目をやった男は言葉を失った。買ったときは確かに互いに見つめあっていたはずの人形。それが、確かに男の方を見ていた。
(アナタハワタシタチノモノ)
(ツカマエタ・・・)
END