閨教育してもらうからな
不安が顔に出ていたのだろう。
成嵐の大きな手が、頭にポンとのせられた。
「ただ、黙っていても刺されるんだったら、今後は刺すのは簡単じゃないぞ、って釘を刺しておきたかったんだよ。無抵抗でやられるつもりはないって」
おそらく、今回成嵐が狙われたのは、自分が外庭で獣の骸を探しているのを見られたからだろう。当時、こちらに深い意味はなかったが、やましいことがある祥江には、それが自分の周辺を嗅ぎ回る行動に見えたに違いない。
『見張り』やら『杞憂だったか』やらと呟いてたし。
「皇太子殿下を狙ったということは、三殿下は皇太子の座を狙っている、ということでしょうか」
「だろうな。大人しい人じゃないとは思っていたけど、本気で行動にでるとは」
立太子も済み皇太子が柳史と決まっているこの状況で、盤上をひっくり返そうとしている者がいるとは、普通なら思わない。
小琳でさえ、後継者闘争はないものと思っていたのだから。
祥江には、他者を威圧するように振る舞う癖があるが、それでも大きな蔑みや批判の声は聞かない。それは、彼が太子相応の務めを果たしているからだろう。
次期皇帝として、朝政の真ん中で責務を果たしている病弱な皇太子。
既に封地を与えられ、王府に引っ込んでおり、その手腕は謎に包まれた第二太子。
文治よりも武断に傾倒するきらいがあるが、十六衛で培った統率力のある第三太子。
そして、愚か者を演じ呆子殿下などと揶揄されている第四太子。
「それで、四殿下は皇太子殿下を助けていくんですか」
祥江が動くということは、派閥ができるということだ。
小琳からすると、内政に特に強い思いもないし、あまりにもな皇太子以外なら誰でも構わないと思っている。ただ、柳史か祥江かと言われれば、まだ穏健な柳史のほうが良いと思うくらいか。
(三殿下が皇帝になったら、即座に隣国に侵攻しそうだし)
ついでに、彼の後宮はとても荒れそうだ。
「そうそう、欲しいものだけど」
「えっ、今ですか!?」
まだ答えももらっていないのに、唐突すぎやしないか。
確かに『後で』と言っていたが……なぜ今なのか。ほとほと変な人だ。
しかし、当然こちらに拒否権はなし、とりあえず聞こう。
「では、何をお望みでしょうか」
トンッ、と、小琳の胸に成嵐の指が突き立った。
「あんた」
「は?」
思いっきり顔を歪めてしまった。どういう意味だろうか。
彼の顔を確認するも、いつも通りの微笑顔で感情が読めない。
「これからも俺の教育係でいてよ」
「あ……ああ、なるほど」
てっきり、閨教育をと言われるかと思った。
小琳は、ほっと内心で息を吐く。
「誰を助けていくかって聞いたよな」
「ええ、やはり皇太子殿下かなと」
「いや、俺が皇太子になる」
言葉が出なかった。
小琳の目も口もパチパチはくはくと、衝撃に無意味な動きを繰り返している。
「ほ……」
呆子殿下と呼ばれている彼が?
わざわざ、そう呼ばれるように振る舞っていた彼が?
権力から遠ざかろうとしていた彼が?
「逃げても無駄なら、むしろ誰も手出しできないほどの場所にいけばいいと思って」
「そ、それはそう、です……けど」
あれだけ逃げ回っていた、講義を受けさせるのも一苦労した彼の口から出てきた言葉とは思えず、言葉がおぼつかなくなってしまう。
「本気ですか」と言いかけて、小琳は言葉を飲んだ。
聞かずとも、彼は本気なのだろう。
だからこそ、髪を結い、第三太子に宣戦布告をしたのだ。
(そうか……)
彼は、自分のやるべきことを見つけたのか。
教え子が立ち上がるり、自ら歩きはじめる瞬間というのは、見守っているこちらも眩しい気持ちになる。
「今のままではまだまだですが、きっと四殿下なら良い線行くと思いますよ」
「そこは、なれるって言ってくれないんだ?」
「四殿下のサボり癖次第ですかね」と、痛いところをついてやれば、彼は口をへの字にして、ばつが悪そうに「頑張るよ」と後頭部を掻いていた。
「わかりました、引き受けましょう。学ぼうとする者の手を引くのが、師である私の役目ですからね」
後宮に戻ったら、まず周尚宮に異動をお願いしなければ。
(絶対、笑われるんだろうな……)
あれだけ嫌がっていたのに、期間延長どころか、正式に勤めさせてくれだなんて。
『さて、なんと切り出したものか』と、小琳が腕組みして考えようとした時、耳元で成嵐が囁いた。
「皇太子になったら、閨教育もしてもらうからな」
考えていたこと全部が吹き飛んだ。
小琳の耳元からゆっくりと離れていく成嵐の顔を、小琳は目の動きだけで追う。驚きすぎて身体が硬直していた。
高い位置から見下ろしてくる彼の顔は、挑発と揶揄いに口角が深く持ち上がっている。
「皇太子の子種なら無駄じゃないもんな?」
「あ……っ、あなたは龍陽でしょう!!」
「俺って好奇心旺盛だからねえ」
絶対、最初に『無駄』と言ったことを根に持っている。
「覚悟してろよ、絶対に抱いてやるから」
「抱……っ!?」
何か言い返してやろうかとも思ったが、しかし、小琳は開きかけた口から言葉ではなく、嘆息を漏らした。
せっかくやる気を出しているのだから、今は余計な水を差さず、閨教育を釣り餌としておこう。彼が皇太子になれる可能性は、一番低いのだから。
「まあ……せいぜい頑張ってください」
(だけど……)
第四太子で皇位継承権からは一番遠く、さらに周りからは呆子殿下と揶揄される彼が、本当に皇太子になり、のちに皇帝にまでなったのなら……それはそれで、面白いかもしれない。
少なくとも、教育係としてのやりがいはありそうだ。
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