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第四太子の教育係  作者: 巻村 螢
第四章 毒を盛った者をさがせ

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お久しぶりです

 何か思うことでもあるのか、視線は交わっているが何を口にするでもなく、まじまじと見られているだけだ。


「言いたいことがあるのならどうぞ」

「いや……欲しいものを考えてたんけど……」


 ああ、そういえばそんな約束をしていた。

 酒の不覚で潰れた時、彼に背負ってもらった礼として、自分の給金範囲でならという話だったはずだ。


「す、少しは貯めてるので、高価な物でも……だ、大丈夫……かも、しれません」


 語尾が自信なさそうに萎んでいく小琳に、慈于がクスクスと笑みを漏らしていた。

 仕方ないだろう。一応、女史長という上級女官で普通の女官よりかはもらっているが、太子と比べるとどんぐりの背比べも一緒だ。


「いや、あんたの懐は痛まないけど……」

「そっ、そうですか!」


 思わず安堵に声を明るくしてしまい、慌てて小琳はコホンと咳払いする。

 礼なのだから、金の多寡は気にしないのだが、やはり太子が欲しがる物というのは少々怖い。后妃達が衣装に使用している反物にも、一本で屋敷が建つものもあるという話だし。


「まあ、全部終わってから言うよ」

「全部?」


 成嵐は結局欲しいものを言うことはなく、おもむろに袍を脱ぎはじめた。胸元がキラキラしていた黒の袍を、慈于に投げて寄越す。やはり気持ち悪かったのだろう。

 白い内衣姿になった成嵐から、小琳はそっと視線を外した。


「慈于、新しい袍を持って来い」


「はいはーい」と、慈于は袍を抱えてパタパタと正室出て行く。

「それでは私はここで」と、小琳は西湖宮を去ろうとしたのだが。


「小女史にもお願いしたいことがある」


 成嵐に手を掴まれてしまった。


「お願い?」

「俺の髪を結ってくれないか」

「髪……ですか?」


『今更?』と首を傾げつつも、小琳は成嵐の髪に手を伸ばした。




 

        ◆




 日が傾きはじめていた。

 まだ日は空で白く輝いているのに、木々の隙間から射し込む木漏れ日は、角度を深くして、淡い朱色に色づいているように見える。

 成嵐は、西山宮の前で彼の戻りを待っていた。


「お久しぶりですね、祥江兄上」


 職場である十六衛から帰ってきた祥江を目にするなり、成嵐はにこやかに挨拶をした。

 祥江は一瞬驚いたように足を止めたが、すぐにいつもの皮肉交じりの笑みを口元に浮かべる。


「どうやら命拾いしたようだな」

「ええ、危ないところでした」


 わざとらしく『何』と言葉にしない言外での会話とは、ここまで寒々しくなるのか。


「髪なんか結って……」

「私の覚悟を伝えるには、格好からと思いましてね」


 今まで結ばれることなく下ろされていた髪が、今は上半分だけを綺麗にまとめられ、後頭部で簪で束ねられていた。元より美しかった顔が遠慮無くさらけ出され、相対した者は否が応でも圧倒される。

 しかし、「覚悟?」と訝しげな声を上げたあと、すぐに「ハッ」と鼻を鳴らす祥江の様子からは、相手よりも自分のほうが優位に存在するという絶対的な自信と、お前如きがといった嘲弄が透けている。美醜など些事だと言わんばかりだ。


「柳史兄上に毒を盛った犯人は、兄上の内侍官でしたね」


 唐突な話題に、ピクッと祥江の立派な眉が微動した。


「……それがどうした。お前と違って、俺には仕える者が多くてな。全員の行動なんか把握してないんだよ。ひとりしか側近がいないお前が羨ましいね」


 びゅう、と二人の間を風が疾り抜ける。


「立越って言いましたっけ、例の内侍官。以前、内朝で獣の不審死が相次ぐという、妙な騒ぎがありましてね」

「へえ」

「原因は、太子園食膳処の内侍官が、選り分けた食べられない魚を適当に捨てていたことで、猫や鼠の獣が誤って食べて死んでいたわけですが……この時、捨てられていた魚っていうのが河豚でして。そういえば、兄上は魚料理を随分と所望されていたようですね? 私はそれほど魚料理は好きではないので、正直飽き飽きしていたんですよ。そんなに好きでしたっけ、魚料理……」


 見上げるように視線だけで祥江の顔色を眺める成嵐に、彼はふんっと笑う。



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