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第四太子の教育係  作者: 巻村 螢
第二章 獣の不審死の謎を解け

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講義のお時間ですよ

 祥江は腰に佩いていた剣を手で叩いた。

 ガシャ、と剣が存在を主張するように音を立てる。


「勘弁してくださいよ。武官である兄上に僕が敵うはずないじゃないですか」

「試合をしようってんじゃないんだ。ただの訓練だ、訓練。お前がどれほど強くなったのか見てやるよ」

「どれほども何も……宮に籠もっていれば強くなるというのであれば、僕は今頃大将軍ですよ」

「ハッ! そりゃ面白い」


 会話だけを聞いていれば、随分と仲の良さそうな兄弟だと思えるのに、二人の、貼り付けたように完璧な薄笑の表情を見れば、ここが口から出た言葉を素直に受け取っていいような場所ではないのだとよくわかった。


 今更ながらに、老師の言った『権力の中心地で無知は許されない』という意味が身に染みる。無知な者は、口先三寸に惑わされ命を落とすだろう。


「俺は動かないから、好きなように打ち込んでこい」

「……一度だけですよ」


 成嵐が渋々といった様子で頷くと、二人は少しはなれば場所へと移動した。




 

 勝負は一瞬、いや、あまりにも呆気ないものだった。

 右手に剣を握った成嵐が、同じく右手に鞘を構えた祥江へと打ち込んだ。一合二合と刃と鞘がぶつかり合い、そして、成嵐が剣を大きく振り下ろした次の瞬間、成嵐の手から剣は消えていた。


 運動も武術もからっきしの小琳の目では追い切れなかったが、きっと祥江の鞘が剣を弾いたのだろう。痛々しい音がしたと思ったら、剣は宙へと打ち上がり、クルクルと回転しながら落下して、祥江の近くの地面に刃を突き立っていた。


「いやぁ、さすがですね兄上。お見事です」


 拱手と共に顔を伏せた成嵐に、祥江はフンと鼻を鳴らした。

 成嵐を眺める目は、しつこいほどに手合わせをと誘っていた者と同一人物か疑わしいくらいに、興味を失っていた。


「本当、お前は何もできないな。昔と何も変わらない」


「杞憂だったか」とボソリと呟いた祥江は、剣を鞘に戻し、すでに成嵐に背を向けはじめていた。


「悪い。女の前で、恥をかかせてしまったな」


 クッと皮肉げに口端を上げた顔からは、少しも悪いと思う気持ちは感じられない。

 すると、そう言い置いた祥江は何を思ったのか、唐突に小琳へと振り向いた。


「おい、女官」


 明らかに自分を呼んでおり、小琳の背筋がぎゅっと強張る。


「……なんでしょう、三殿下」

「成嵐に愛想が尽きたら、俺のところに来い。たっぷりと可愛がってやるぞ」


 意味深に細められた目に、カッと小琳は耳が熱くなった。

 向けられたねっとりとした視線から、彼の言わんとしていることを理解した。そして、彼が自分と成嵐の仲を勘違いしていることも。


「ご心配には及びません。間に合っておりますので」


 丁寧に断れば、祥江は一瞬目を丸くした後、ハハハッと鳥が驚いて逃げ出してしまうほどの哄笑を響かせながら、西山宮へと消えていった。


 なんともふざけたお誘いだが、よくよく考えれば、彼は自分よりも六つも年下だ。


「年長者に向かって、まったく……四殿下が、彼を苦手な理由がよくわかりましたよ」


 口先を尖らせてぶつくさ言いながら、小琳は成嵐のもとへ歩み寄る。

 成嵐はとっくに祥江の姿はないのに、まだも彼が消えた方を眺めていたが、小琳が近付くとハッとして、「はは」と乾いた笑いを漏らした。


「四殿下?」と、小琳は首を傾げる。


「これでわかっただろ。俺が文武共に駄目駄目な人間だって。とても太子でいていい器じゃない――」

「あ、そうだ。そんなことより、四殿下に見せたいものがあるんでした」

「え?」


 小琳は成嵐の言葉を遠慮無く遮った。

 祥江との手合わせの前となんら変わらない顔色で、「そんなことより」と、先ほどまでの出来事などまるでなかったかのように言う小琳に、さすがの成嵐も言葉を失う。

 呆気にとられた口は半開きになり、小琳を見下ろす目は瞬いていた。


「そんなことって――って、おい!? な、なんだよ……!」


 うわごとのように呟いて呆けている成嵐の袖を、突如、小琳が引っ張った。

 彼の戸惑いの声など聞こえないとばかりに、小琳はグイグイと彼の袖を引っ張っていく。


「なあ、ちょっとくらい俺の話を聞けよ」


 小琳の突拍子もない行動に困惑した声を漏らす成嵐を、彼女は「まあ、まあ」と適当な相槌でなだめる。しかし、袖も放さないし足も止めないし、当然説明もしない。


「ったく……本当、あんたっていったいなんなんだよ」


 成嵐は空にため息を吐きながら、されるがまま足を進めた。

 そうして、小琳の足が止まれば、見せたいものがなんだったのか彼は納得した。


「さて、講義のお時間ですよ。四殿下」


 振り返り、楽しそうに言った小琳の足元には、獣の骸達が横たわっていた。



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