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第四太子の教育係  作者: 巻村 螢
第二章 獣の不審死の謎を解け

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31/33

取り入るにしてもお前は選ばない

 ほっと息を吐いたのも一瞬。


「俺の宮の近くで何をしていた、女」


 凄みのある声で顔を覗き込んできた者を見て、小琳はわかりやすくゴクンと息をのんだ。

 背後にいたのは、第三太子だった。



        ◆



 現在二十四と、成嵐よりも二つ年長の異母兄――第三太子『李祥江(りしょうこう)』。


 未婚のため王府は持たず、西の太子園の西山宮に住んでおり、現在は十六衛の武官に任じられているという話だ。

 警戒されているのか、背後から首元に回された腕の拘束は解かれない。


「その帯の色……上級女官か」


 女官服の帯色は、品階に応じて色が定められており、小琳の帯色は青色である。

 色が違うことを知っている者はいるが、よく色だけで五品以上の上級女官のものだと知っていたなと、小琳は素直に感心してしまった。


「ということは、掃除をしていたわけではなさそうだな。こんなところで掃除女官でもない者が何をしていた……ん?」

「ぅむ……っ!?」


 突然頬を押しつぶされ、変な声が漏れてしまった。

 片手で潰すように掴まれ、強引に斜め上を振り向かされる。

 背が高く、彼の顔が中々高い位置にあるため、小琳の振り向く角度もきつくなり首にギリギリと痛みが走る。せめて、未だ首元に巻き付いている彼の腕を外そうと抵抗を試みるが、さすがは武官。びくともしない。


(これが三殿下……っ)


 成嵐とは正反対だと聞いてはいたが、母親が違うだけで、こうも真逆になるのかと思った。


 見下ろしてくる顔は、微笑を浮かべた口元こそ成嵐と似たものが僅かにあるが、他はまるで似ていない。迷いなどひとつもなさそうなつり上がった太い眉に、自信に満ちあふれたつり上がりの目。中に収まる意思の強そうな瞳の色は黒だ。


 首筋や腕には太い血管が蔦のように這っており、背丈は成嵐と同じくらいだが、見える範囲だけでも彼が随分と逞しい体躯の持ち主だということはわかった。


 すると、「ほう」とよくわからない感嘆の声が降ってきた。

 祥江は口端を深くつり上げ、小琳の顔をまじまじと覗き込んでくる。


「……っ」


 首が悲鳴を上げる中、近付いてきた黒い瞳の奥で、ねっとりとした泥濘のような愉悦が揺れているのに気付いた。


「地味だが悪くない。磨けば光りそうな女だ」


 この状況で自分が品定めをされたらしいことに、小琳は眉根をぎゅっと寄せて不快感を顔に表す。

 しかも、磨けば光るとは、嬉しいようで嬉しくない言葉だ。つまり、今はまだ光っていないということではないか。というか、はっきりと地味と言われたし。地味で何が悪い。


 すると唐突に、首を引っこ抜こうとしているのではと思うほどの力が、フッと消えた。

 あわせて肩口からも腕の重さが消え、身体が楽になる。

 拘束を解かれたようだ。


 再び捕まらないようにと、小琳は距離をとってから彼を振り返る。

 そこではじめて、小琳は祥江の全身を目にした。

 目が覚めるような真っ赤な長袍と簡素な武具を纏った、威風堂々という言葉がぴったりの青年が、腕を組んで立っていた。片腕を抜いた長袍の袖が、彼が一歩こちらへと足を踏み出すたびに、ひらりと優雅に追従する。


「俺に取り入りに来たのか?」

「い、いえ……」


 初対面の成嵐の股間を握るような物怖じしない小琳でも、虎のような男にじわりじわりと近付かれれば、喉も震えるというもの。


 しかし、小琳は意思だけはしっかりと表し、首を横に振った。

 そんなことするはずがないし、万が一誰かに取り入るとしても第三太子は選ばない。



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