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第四太子の教育係  作者: 巻村 螢
第二章 獣の不審死の謎を解け

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そんなことを考えてたんですか

 それからは、相変わらず、学ぶことでしか役には立たなかったが、この耳の良さをありがたく思うことが増えた。がらんどうな壺に一滴ずつ雫が溜まっていくように、知らないことを知り、何かが身の内に貯まっていくことの充足感が心地好かった。昨日までは空の色は青でしかなかったのに、次の日には藍白、青藍、御空と世界が一層鮮やかに見えた。


「使い方がわからなかった玩具の、使い方を学んだという感じでしょうか」


 ただの女史の自分語りを、成嵐は口を挟まず、じっと耳を傾けてくれていた。


「そして、老師が他所の地へ旅立つ際に、教えてくれたんです。『後宮には女でも師になれる場所がある。ただし、権力の中心地で無知は許されない。入るのなら命を賭しなさい』と。だから、私は両親の制止を振り切って、十七で後宮に入ったんです」


 すべてを聞き終えた成嵐は、納得と理解不能といった相反する感情を混ぜ合わせたような、微妙に釈然としていない顔をしていた。

 学士達を追い返していた彼にしたら、師になりたいなどという欲求は理解できないのかもしれない。


「命をかけろって言われたのに、それでも後宮に入るとか……やっぱり小女史は変だよね」

「自分の居場所を見つけられた時って、普通じゃ考えられないくらい嬉しいものなんです。それこそ、命をかけても良いと思えるくらい」


 少なくとも、自分にとってはそのくらいの衝撃があった。

 おかげで今は内文学館で女史長にまでなり、多くの教え子達を持つことができた。

 まだ老師にはほど遠いだろうが、少しでも彼女達が輝けていたら嬉しいと思う。


「自分の居場所……ね」


 ポツリと呟いて、今度は成嵐が足元に視線を落とした。

 風が彼のサラリとした髪を撫で、目の前で美しい黒髪が揺れる。一緒に、顔に落ちた髪の影もゆらゆらと揺れ、彼の表情をわかりにくくさせていた。


 思案げに俯いた彼は、今何を思っているのだろうか。

 自分が彼の思考に思い馳せたところで、きっと答えは出ない。彼のことを何も知らないのだから。きっと聞いても、彼は西湖宮でのように言葉を濁すだろう。彼は嘘を吐きはしないが、自ら正解を言うこともしない者だから。


「じゃあ」と、思案が終わった成嵐が、ゆっくりと顔を上げた。

 彼の顔には、すっかり見慣れた自嘲が浮かんでいる。


「そんな命よりも大切な女史としての時間を、俺なんかに割いてもったいないよな。あーあ、小女史ってば可哀想。なんなら、俺から周尚宮に言って――」

「何を言っているんですか」


 小琳は目を丸くして、思わず成嵐の言葉を遮ってしまった。


「驚いた。何を考えているかと思ったら、まさかそんなことを考えていたんですか?」

「そんなことって……」


 本当に驚いたとばかりに目を瞬かせる小琳を、成嵐も目を瞬かせて見下ろす。言葉を中途半端に遮られて開いたままだった口が、ひくりと引きつっている。


「教え子にかける時間が、もったいないわけないでしょう」


 驚きを通り越して、小琳の顔は怪訝に曇っていた。

『本気で言っているのか』と、ひそめられた眉に怒りすら滲んでいる。


 毎日わざわざ後宮から遠い西湖宮まで歩いてきているのだ。もったいないなどと思っているのであれば、午後の予定すべてを彼の講義のために空けたりしない。

 誰が、日が暮れるまで暗唱に付き合うか。

 誰が、寝る前に『明日はどのような講義をしようか』などと考えたりするものか。


「そりゃ、最初はどうだろうなって気持ちはありましたよ。でも、四殿下はなんだかんだ言いながらも、学ぶことには向き合ってくれているじゃありませんか。学ぶ者を面倒だと思うことも、あなたの師になって私が可哀想になることもないんですよ。私を、そんな師だと思っていたんですか」


 小琳がムッとしたように唇を尖らせた顔に、成嵐は「いや……」と実に歯切れの悪い、なまなかな返事しか返せなかった。直前まであれだけスラスラと言葉を吐いていた彼の口は、縫い合わせたかのように静かで、目は気まずそうに泳いでいる。


 彼が自分を信用していないのは承知していたが、まだこれほど疑われていたとは。

 小琳はフイッと成嵐に背を向けた。


「まとまって探すのは効率が悪いですね。私は三殿下の宮の方を探してみますので、四殿下はこちらをお願いしますね」

「小――っ!」


 返事を聞く前に、小琳は第三太子の宮――西山宮へと向かった。


面白い、続きが読みたいと思ってくだされば、ブクマや下部から★をつけていただけるととても嬉しいです。

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