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第四太子の教育係  作者: 巻村 螢
第二章 獣の不審死の謎を解け

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なりたい人

 そして、小琳のこの聞いたら覚えるという特技は、学ぶことと相性が良かった。必然的に小琳はどんどんと学を求めるようになった。


 ただ、女に対して学という門戸は開かれていなかった。

 かつて暮らしていた北の街に、隠居した老人が暇つぶしにと開いた私塾のような場はあったが、学問を修めるようなものではなかった。

 多少の読み書きと、老人が知っている詩や論語を語り聞くだけの場だった。


 当時、同じ年の男の子も同じ私塾に通っていたが、後に学び足りないと国子監(こくしかん)へと入学してしまった。国子監は、各主要都市に置かれた、国が運営する教育機関である。科挙を受ける者の多くが、ここで学んだ者だという。それほどに教育水準が高い機関だ。


 しかし、女の小琳は国子監に入ることはできなかった。

 小琳は、時折皇都からやって来る古書売りの商人から書物を買い、自分で勉強した。

 擦り切れた古書をひとり読みふけった。


 しかし、ほとんど基礎すら穴だらけで培われていない者の独学というのは、無謀と同義だった。読みを教えてくれる者はいても、その意味までとなると難しかった。

 父親は花楼を経営していたが、学び豊かな人というわけではなかった。

 もちろん、花楼の妓女達の中には頭がきれる者もいたが、それは小琳が必要とする知識とは別物だった。


 小琳は、時折花楼に来る身なりの良い客を引き留めては、書の意味を問うた。

 しかし、やはり満足いく答えが返ってきたことはなかった。

 北では大きな街だったが、皇都とは違い学のある客は少なかった。街で一番の博識といえる者も、官庁の役人くらいだ。


 耳が良いことを褒められることはあった。

 ただ、それはただの一芸のようなもので、花楼で座敷の余興として喜ばれる程度だった。

 小琳自身も、大して役に立たないと思っていた。


 学ぶには片手落ちだし、一度聞いてしまえば、忘れたいことでも忘れられない。役に立つと思ったことなど、帳面を持たずにおつかいに行けた時くらいだ。

 ずっと、小琳には解消されないわだかまりがあった。


 そのモヤモヤを抱えたまま十七になろうとしていたある日、店に皇都から来た客がいると聞きつけ、小琳は部屋を訪ねた。

 部屋にいたのは老人で、彼は皇都でしばらく師のようなことをしていたと言い、自らを『老師』だと名乗った。今は隠居したが故に、各地を放浪している最中だと言った。

 老師はなんでも知っていた。


「私は彼を三日も花楼に引き留めて、毎日部屋に通いました。花楼に数日泊まる客というのも、珍しくはありませんしね。四殿下は、そういったことについてお詳しいと思いますが」


 顔を見上げると、彼は意表を突かれたのか一瞬だけ目を瞬かせ、すぐに「そうだな」と、今度はとぼけた様子で肩をすくめていた。

 花街で遊んでいるという噂を、否定する気はないらしい。


「生まれてはじめて、私は『師』というもののありがたさを知りました」


 私塾の老人とはまったく違った。

 尋ねれば、正鵠を射た答えが淀みなく返ってくる。読み違えば、その場ですぐに正してもらえる。悩んでいれば、糸口に繋がるきっかけをそっと示してもらえた。


 老師は、小琳の毒にも薬にもならないと思っていた特技を褒めた。『きっと誰よりも師に向いている』とまで言ってくれた。

 純粋に嬉しかった。

 ただの見世物でしかなかったものを、役に立つと言ってくれたのだ。


『自分も老師みたいになりたい』――その者が持つ、輝ける部分を引き出せるような人間になりたいと思った。


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