後宮にいる理由
「とはいえ、そういったことには興味ないので、ご安心を」
「だったら、なんで後宮に入ったんだよ。入ってくる奴の目的って、金か権力かのどっちかだろ」
「そんな極端な」
とは言いつつも、確かにその二つが大抵の理由だろうなとは思う。
「妃嬪に興味ないんだったら金ってことだけど……」
と、成嵐は言葉を句切ると、まじまじと小琳の姿を上から下まで眺めた。
「……金を掛けてるようには見えないな」
「実際その通りなんですが、改めて言われると腹立ちますね」
女官だからと、お洒落を禁じられることはない。
妃嬪のように、好きな色の衣装など纏うことはできないが、女官用の質素な衣装や帯に、金をかけて刺繍を施している者もいる。一番簡単なのは、歩揺や簪などに金をかけることなのだが、小琳は髪を纏めている簪も、街娘がするような木製のごく普通のものだ。
「腹立つって……よく、俺相手にそんなこと言えるよな」
「四殿下と違って素直なので、思ったことが口からぽろっと出てしまうのです」
「相変わらず口が達者だな」
「教養の賜です」
「絶対違う」
クツクツと喉を鳴らして苦笑する成嵐に、小琳は悪びれた様子なく楚々とした笑みを向けた。
しかし、笑みが薄れるにつれ小琳の視線は下がっていき、それは足元で風に揺れている雑草を向いて留まる。
「昔ね……教えてもらったんですよ」
視界に入った成嵐の足先が、かさっと草を踏み、片足だけだが小琳の方を向いた。
『何を』と、興味を惹かれたのだろう。本当、好奇心旺盛なことだ。
「後宮には、私でも役に立てる場所があるって」
ややあって、「内文学館のことか?」と頭上から聞こえた。
「おそらく」
教えてくれた者は、はっきりとその場所の名を言わなかった。
だから、断定はできないが、多分そうなのだろう。
「私ね、耳が良いんですよ」
「耳が良い?」と成嵐は首を傾げた。
「聞いたことは全部覚えてるんですよ。その意味がわからずとも」
女官になったのは、お金が必要だからでも、后妃になって甘い汁を吸いたいからでもない。
ただ、持て余していたこの特技の使い道がほしかったのだ。
視界に映る成嵐の足先が、僅かだが先ほどよりも角度を深くして小琳へと向いていた。思わず、伏せた顔の下でクスリと笑ってしまう。
幸か不幸か、小琳は少しだけ周囲の者と違った。
耳で聞いたことは決して忘れないのだ。目で見たものは忘れるのに、耳で聞いたものはいつまででも覚えていることができた。意味のわからない話でも、不思議なことに覚えることができた。
それが主因となって、小琳は物心がつく頃には誰よりも学ぶことに熱心だった。
知らないことを知りたい――その一心で学んでいたのだと思う。




