はは、お前の義母になってやろうか
「いや、まだいい」
「まだ……ですか」
よっぽど彼は、第三太子に近寄りたくないらしい。
きっと、この『まだ』は明日になっても続くのだろう。
「それにしても、掃除女官ですか。随分と懐かしい記憶で、どういった掃除をするかすっかり忘れていました」
後宮に入ったばかりの女官は、まず雑用――掃除、洗濯、給仕のどれかに割り振られる。
小琳は女官となって最初の三年を、掃除女官として過ごした。
(あの頃は、箒片手にあちこち走り回ったっけ)
そして、立派に掃除の手の抜き方も覚えたものだ。
後宮の広々とした土地すべてを真面目に隅々まで掃除していたら、とても時間内に終わらない。通路から目につく範囲だけ全力で掃除し、影になっている部分や人が立ち入らない場所は、掃除にすら入らないこともあった。
それに、箒を手にして後宮内を歩いていると、偶然通りかかった妃嬪によく「うちの宮も掃除しといて」と言われるのだ。各妃嬪の宮には担当女官がいて、掃除もその担当女官が行うのだが、妃嬪達は掃除されているか否かに関わらず、箒を見たら反射的に命じてしまうものらしい。
担当女官でもないのに、様々な宮の庭掃除までしたものだ。
(まあ、おかげで妃嬪達の色んな事情を、垣間見ることができたんだけど)
宮の中は担当女官ではないため、妃嬪の許しなく入ることは許されないのだが、一度、同僚が誤って勝手に宮の中まで掃除してしまい、罰を受ける羽目になった。
後宮には様々なところに落とし穴があり、うっかりしていると痛い目を見るのだ。
「なあ、なんで後宮に入ろうと思ったんだよ」
不意に、隣から掛けられた声に、小琳の意識が過去から現在へと引き戻される。
そうだった。今は獣の死骸を探している途中だった。
「まさか、妃嬪になろうとしてたんじゃ……」
隣を見やれば、瞼を重くした目で見下ろされていた。
『無謀な』という心の声が、ひしひしと伝わってくる。
「はは、四殿下に弟君でもつくってさしあげましょうか。過去には、女官から皇后まで昇りつめた者もいますからね。職業柄、閨で役立つような薬を手にすることもありますし、使い方は誰よりも心得ておりますし、なんといっても私の閨教育は評判が良いですからね。私が四殿下の義母になるのも時間の問題かと。こんにちは、阿郎」
それこそ、母親のような柔らかな笑顔を浮かべ、ツラツラとひと息に述べた小琳だが、目はまったく笑っていない。
「わ、悪かったって」
これには、成嵐も顔を引きつらせ、素直に謝罪していた。
「とはいえ、そういったことには興味ないので、ご安心を」
「だったら、なんで後宮に入ったんだよ。入ってくる奴の目的って、金か権力かのどっちかだろ」
「そんな極端な」
とは言いつつも、確かにその二つが大抵の理由だろうなとは思う。
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