おや?
貴妃の死は、病死という話だった。
貴妃になって太子ももうけたというのに、病であっけなく死んでしまうとは、この世はわからないものだなと、同僚と後宮の片隅を掃除しながら話していた記憶がある。
最初は貴妃が亡くなったと騒ぎになったものだったが、それも日が経てば人の口の端に上ることも少なくなり、苔生した墓石のようにひっそりと忘れ去られていった。
そうして、残された第四太子が皇后宮に引き取られたという話を最後に、後宮で貴妃と、忘れ形見である太子の話をする者はいなくなった。
「後ろ盾となる母親が亡くなったんだもの。彼は後継者争いから真っ先に弾かれたし、他の太子と違って、きっと有力家の娘との縁談も望めないわ。捨て鉢にもなるってものよ」
周尚宮の口ぶりからすると、彼女は噂に聞く成嵐は誤りではないと言っていた。
同時に、どこか同情的でもある。
小琳と違い、彼女は当時既に内文学館の女史であり、小琳が知らないことまで知っているのかもしれない。
(でも、聞いても教えてくれなかったんだよね)
かつて一度だけ、彼女の前で貴妃の話題を出した時、彼女はひと言、『忘れなさい』とだけ言った。
その時の周尚宮が今にも泣きそうな顔をしていたから、二度と小琳はこの件について尋ねるようなことはしなかった。それきりだ。
話題のせいでただでさえ薄暗い書庫の空気が、より暗さを増していた。
心なしか、湿り気まで帯びているようにも感じる。
小琳は陰気を払うよう、ゴホンとひとつ大きな咳払いをして話題を変えた。
「そういえば後宮はどうですか。変わりないですか」
このところ、宿房と内文学館と太子園の三点移動ばかりで、その他の場所の空気感が掴めないでいた。太子園に行く前はまだ、後宮中央にある尚宮局や教坊を訪ねたりと、それなりに後宮をうろついていたというのに、太子園を訪ねるようになってからはめっきりだ。
すると、彼女は何か思い出したようで、「ああ」と掌を拳で打った。
「最近、あちこちでよく猫や鼠なんかが死んでるのよ。骸を見つけては、女官達がキャアキャア四方八方で喚くものだから、ちょっと賑やかよ。最近で変わったこと言えば、それくらいかしら」
「賑やかって言いますか、それ……」
騒ぎになっていると言うのではないか。
「何か獣の感染病でしょうか」
「そうかも。后妃や女官で体調の異常を訴える者もいないから、そんなに心配はしてないけど。もし続くようなら、太医にでも相談するわ。獣のことまでわかるかは知らないけど」
「それがよろしいでしょうね」
本当に周尚宮は様子を聞きに来ただけだったようで、その後、内侍長官の愚痴を二、三言喋ると、スッキリした顔で去って行った。本当、嵐のような人だ。
「さて、私もそろそろ西湖宮に行こうかな」
選んだ書物を手に、小琳は書庫を出た。
◆
後宮と太子園の間には、そこそこ幅の広い道――貫道が横断している。
道の向こう側には太子園と皇帝宮しかなく、基本的に後宮の女達でこの貫道を使うのは、給仕や掃除を担う女官くらいである。
小琳も毎日、後宮からこの道を通って太子園に行くのだが、いつもは女官がちらほらと歩いているだけだ。
しかし、今日はちょっと違うものが先を進んでいた。
「おや」
先に、牛に引かれながらガラガラと無骨な音をたてながら進む、一台の荷車があった。荷台には布で覆われていて、中は見えない。




