あの頃の後宮はひどかった
「小琳、調子はどうかしら」
後宮内の書庫で、午後からの成嵐との講義で使う書物を探していたら、背中によく知った声が掛けられた。振り向けば、尚宮局から滅多に出ないという周尚宮が立っており、小琳はどうしたことかと目を丸くした。
「周尚宮、何か探し物でしょうか? よろしければ、お手伝いしますが……」
手にしていた書物を一旦書架に戻し、小琳は長牀に腰を下ろした彼女の元へと小走りで近寄る。
しかし、彼女は探しものではないと、首を緩く左右に振った。
「四殿下の教育はどうかと思って。確認したくて内文学館を訪ねたら、女史にお前は書庫だと言われてね」
「ああ……その件ですか」
小琳の肩が、萎んだように脱力する。
クツクツと、周尚宮が喉で笑う。
「周尚宮が、わざわざ確認しに来るとは珍しいですね」
相手が太子だし、周尚宮も気に掛けていないと、といったところか。
「依頼者が依頼者だもの。それよりも、どんな感じなの?」
『依頼者?』と思ったものの、小琳は「いや、まあ……」と曖昧に返す。
いつも恬淡と端的に返答する小琳が、珍しくしどろもどろになっている姿に、周尚宮は目を瞬かせた。
「どうしたの、やけに歯切れが悪いようだけど」
「いえ……このところ、太子園に行くと頭が痛くなるといいますか……」
考えることが増えたというか。
『もしかすると、四殿下は馬鹿ではないかもしれない』と言ったところで、証拠も何もないし彼女は信じないだろう。良くて半信半疑だ。
それに、自分もまだ確信までは至っていない。
ここは曖昧に返しておくべきだろう。
「まだ数日ですし、掴めていないと言いますか……」
「へえ、お前にしては珍しい。いつも即座に教え子達の才を見抜き、ふさわしい教育を施してきたお前が迷うとはね」
「今回は、噂のせいで先入観があるのも原因かと」
「ああ、なるほど」
周尚宮は大きく腕を回し、長牀の背もたれに優雅に引っ掛けた。
スッと細めた切れ長の目で、書庫の暗闇を見つめている。
彼女がこめかみを人差し指でトントンと叩く間、小琳は口を閉ざす。
こめかみで跳ねていた指が止まり、彼女の真っ赤な口が動いた。
「向こう見ずな性格になるのも、致し方なしでしょうしね……四殿下は」
周尚宮は、暗闇の中に遠い過去を見るような目をしていた。
「あの頃の後宮は、ひどかったわ」
彼女が言うあの頃というのは、小琳がちょうど後宮に入った頃のことだ。
小琳が後宮に入った時、成嵐はまだ後宮内で生活していた。自分が後宮入りしたのは十七の頃だったから、その時、彼はまだ九つか。
当時、成嵐は母親である貴妃の宮で過ごしていたのだが、その頃の小琳は入ったばかりの後宮に慣れるのに忙しく、成嵐のことなど認識していなかった。
彼の名をはじめて聞くこととなったのは、それから一年後。彼が十になった時だ。
彼の母親である貴妃が死んだ。




