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第四太子の教育係  作者: 巻村 螢
第一章:え、嫌なんですけど……

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15/20

夜の戯れ

 彼は、一般的な教育に使用される孝経(こうけい)の書を暗唱したのではなく、日夜、詩歌や論語などを研究している翰林院(かんりんいん)学士が持つような、注付きの孝経の書を暗唱したのだ。


 内文学館でも孝経の講義で使用するのは、注がつかないほうの書物だ。注がつくと、単純に覚える量が増え煩雑になってしまうからだ。


 皇太子ならいざ知らず、他の太子達は、注付きの方を使っての教育は受けていないはずだ。それなのになぜ、呆子殿下と呼ばれている彼が知っていたのか。しかも、暗唱できるほどに。


 噂と彼の言動のチグハグさが、小琳の心に違和感の雫を垂らした。

 それは、ほんの小さな雫だったが、凪いでいた心に波紋を立てるには充分だった。

 胸がざわついている。


「彼は本当に、呆子殿下なんて呼ばれるような人か?」


 噂を聞く限りでは、間違いなく放埒の太子だ。

 しかし、初日から彼の言動の端々に見える才知の片鱗が、噂を鵜呑みにさせてくれない。


 最初に違和感を覚えたのは、初日に彼の性を確認した時、彼がぼそりと発した『柳韓(りゅうかん)』という言葉だ。

 柳韓とは、その昔、柳相(りゅうそう)という詩人と韓梁元(かんりょうげん)という官吏がいて、二人とも口が達者すぎたがために、流刑に処せられたり官位を取り上げられたことから、『不用意な発言は災いを招く』という意味を持つ言葉だ。


 しかし、この言葉を使う者は、学士や詩人などのごく一部の者だけである。

 成り立ちを知っていないと、意味が通じないからだ。

 それに、同じ意味で世間に広く知られた『口是禍之門(口は災いの門)』という言葉もあるし、こちらを使うのが一般的だ。


 つまり、咄嗟に彼の口からは、学士や詩人が使うような言葉が出るということ。相応の知識が根付いていると言っても良いだろう。


 しかし、その時はさして気にしなかった。

 一応相手は太子だし、知っていることもあり得るな、くらいの認識だった。

 その認識が、今日の件で見事に揺らぐこととなった。


「馬鹿のふりをしてるってこと? だとしたら、なんで?」


 普通に考えれば、太子なのだし、周囲からは賢いと思われていたほうが良いに決まっている。

 彼については、その思考回路も講義を嫌がる理由も何も掴めていなかった。

 今のところ、噂で知っていることのほうが多いくらいだ。


「こんなに謎の多い教え子もはじめてだ」


 普通であれば面倒な生徒だと、女史達には厭われるような者なのだが。


「まあ、やりがいはあるか」


 小琳は火を消して、再度寝台に転がると瞼を閉じた。




         ◆




 皇城の夜はとても静かだ。

 音と言えば、歩哨の足音、手にした松明がバチバチと燃える音、そして、次の休日はどうするだの、眠いだのと話す衛兵の声くらいだ。


 内朝に位置する西湖宮ももちろん、夜ともなればひっそりと静まり返る。

 が、成嵐が今いる場所は、とても賑やかな上に華やかだった。


「あー……慈于め、変なのを連れてきやがって」


 成嵐は杯にたっぷりと入っていた白酒を、グイッと一気にあおる。


「あら、ラン様ったら珍しく荒ぶってますね。何かおありで?」


 空になった杯に、嫋やかな美女が酒を注いだ。


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