第二話 真なる脅威
「「え?」」
二人は呆然とした表情を浮かべ、弱く返すがその声は広い教会に大きく響いた。
「アヴェニール洞窟で古い文献が見つかってのう。これじゃ。」
そう言うとブルクと二人の間にある机にそれを出し、隣に立てられた蝋燭を灯した。
ドシンと重みがあるずっしりとした長方形の木箱。
全体は苔で覆われ、埃で霞む宝石で装飾されているが、蝋燭のユラユラとした灯りを受け、微かに煌めいていた。
「お主達がエルジオーネ大陸へ遠征しておる時に洞窟の調査団が見つけたのじゃ。」
「開けてもよろしいですか?」
埃を手で払いながらフィオルは言うとブルクはコクりと頷く。
そして、少し手を震わせながらフィオルはゆっくりと木箱を開ると、そこには竜種の髭で硬く結ばれる古びた書物が姿を現した。
「「おお…!」」
今まで感じた事のないオーラを放つ書物に自然とフィオルとデュールは声を漏らす。
『ラヴィエルの守護者伝』
文字が掠れて読みにくいが確かにそう書かれていた。
「中の文字も掠れている所が多いがのう…。書かれている中に気になる所があっての。」
古い紙で作られた文献は黄ばみ脆く、ブルクは壊れないようにゆっくりとめくった。
『――各地でラヴィエルや人々に被害をもたらす、一千年に及ぶ竜種との戦い、血と涙は地面を染めあげた…。我々人類は"至上者の御業"の持ち主達の手によって、遂に五色の竜種を退け、終わりかに思えた長きに亘る戦い。真なる脅威は陽が喰われた時に訪れた…。圧倒的な力に我ら人類は絶滅寸前の危機に陥った。数多の魂を宿し剣を振るう剣士、御業の持ち主達は戦い続け、敵の命を削る。そして、戦いを終わらせたのは二つの神の祈り。天まで届く祈りは神々しい音色によって脅威を弱らせ平和へと導いた…。』
長い文は所々に穴が開き、読めない箇所も見受けられた。
「この書物がいつの物かもわからんがワシらの先祖は"至上者の御業"を駆使して太古の昔からラヴィエルを守り、戦っておった。ワシらが確認しておる竜種は朱、藍、黄褐色の竜。最近になってアンティカル大陸で深緑の竜、アルゲン大陸で雪色の竜種が目撃され、人への被害も報告されておる。この五色の竜種を退けたとは…。先人達にはかなりの戦力があったと思われる。」
「この時代にも"至上者の御業"を会得している人達がいたんですね。千年も戦っていたのか……。しかし、陽が喰われる時に訪れる脅威とは?」
頭を掻きながらフィオルは言う。
「うむ。この書物によると陽蝕という現象が起こった時に訪れるそうじゃ。これを見てみい。」
パラパラとさらにページをめくり、絵が描かれたページが出てきた。
「これは…陽が欠けている?というか半分近く黒く塗り潰されてるな。そして、この竜…。見た事も聞いたこともない…。」
まじまじと絵を見つめながら目を大きくしてデュールは言った。
半分黒く塗り潰された陽の下には黒い竜が両翼を広げていたのだ。
『――各地で竜種の咆哮が地鳴りの様に訪れた数日後…。陽は喰われ昼は夜の様に暗くなり、陽の半分が喰われた後、天空から姿を現したのは鉄黒の竜。人類の発展を妨げると警告の言葉。竜種との初めての会話だが一方的なものだった。人類を滅すると…。空に火球を放ち、地面が揺れるほどの轟音の咆哮。戦闘は不可避かと思われたが、陽は次第に元に戻り、鉄黒の竜は姿を消した。』
そして次のページをゆっくりと開いた。
「真っ黒だ…。」
『――鉄黒の竜との対峙から数年後。各地で観測された竜種達の活発な行動…陽は再び黒くなり始め、遂に黒の陽へとなった。天空から翼の羽ばたきが聞こえ警告を告げた竜よりも大きく、禍々しい漆黒の竜が降り…』
その先は紙が切れており、読めなくなっていた。
全てを黒く塗り潰された陽。
その横には先程より黒く禍々しい竜が見開きいっぱいに描かれていた。
両翼を大きく広げ、口を大きく開けた牙はギラつき、眼は赤く、爪は鋭い。
「先程の竜とはまた別にこんな恐ろしい竜が存在するのか…!」
見るだけでも飲み込まれそうな漆黒の竜の絵を見てフィオルとデュールは固まるが、冷たい風が教会を通り抜け、灯りが二人の影を震わせる。
「恐らく陽蝕とこの竜種は何か繋がっておる。この漆黒の竜が原因で我ら人類の先祖達は絶滅寸前まで追いやられた…。この陽蝕が起こる前兆として、竜種が活発になるようじゃな。」
言葉を無くすフィオルとデュールは下を向いた。
「先日のエルジオーネ大陸遠征においては朱の竜。そして、各地で目撃されたとされる深緑、雪色の竜。この先いつか起こるであろう陽蝕…。お主らに伝えておかねばと思ったのじゃ。」
二人の眼をじっと見つめるブルクの表情は険しく強ばっていた。
「二人は"至上者の御業"を会得しておる…。フィオルよ、お主は"魂剣"。それに加え"心眼"を持ち合わせておる、ソウルガーディアンズ史上最高の剣士じゃ。書物に書かれておる魂を宿し剣を振る者…。この文献に描かれる漆黒の竜…真なる脅威に立ち向かえる者はお主達なのではないかと考えておる。」
「間違いない…。お前はソウルガーディアンズ剣撃隊長。文献通りであればお前はこの漆黒の竜と対峙する者だ。臆する事はない。お前の剣技の才能、強さを知らない者はこの世にはいない。」
「俺が…。」
フィオルは拳をギュッと握りしめる。
「デュール、お主もじゃ。御業"翡翠筋"。今の隊にはお主の様な硬い守りが欠かせぬ。」
口をギュッと結びながら頷くデュール。
「秀でた指揮力を持つノワルヴェール。御業の持ち主のお主達…。攻防ともに今のソウルガーディアンズはワシの知る限り歴代で一番強い。陽蝕がいつ起こるか分からぬがその時はいずれ訪れるじゃろう…。この文献に書かれておる事を常に頭に入れて置いて行動するのじゃ。」
「「はい!」」
気の籠った返事は教会に響き渡り、数秒経ち再び静かになった。
ギギギギィ
突然入り口の扉がゆっくりと開く。
開いた扉の方を見ると、ひょこっとこちらを覗く顔。
「アイベル?」
目を丸くしながらフィオルは言った。
「大きな声がすると思ったらフィオル達だったのね。あら、ブルク長老までいらしてたんですね。」
そこには村人のアイベルという女性が居た。
「何をしにここへ?」
「この教会のステンドグラス…。綺麗でしょう?私がいつも掃除してるのよ。雨が止んだから来たの。」
「なるほど。」
腕を組みながらデュールは言う。
「それではワシはそろそろ帰ろうかのう。」
「ブルク長老。私が家まで送ります。雨は上がりましたが、地面は濡れていて滑る恐れがありますので。」
そう言うとデュールは長老に手を差し伸べる。
「ありがとう、デュール。二人共、まだアイベルには言わんで良いぞ。混乱するからのう。混乱したまま夜、外に居るのは危険じゃ。明日、緊急で村民会議を開く。その時に皆に話しをするからの。」
アイベルには聞こえない様に二人にこそっと告げるとデュールと共に入り口に向かって歩き出した。
「アイベルも遅くならぬ様に気をつけて帰るのだぞ?」
「はい、わかりました。」
「ブルク長老、お話ありがとうございました。デュールさん、明日もよろしくお願いします。」
フィオルはデュールとブルク長老に礼をした。
「うむ。」「おう。よろしくな。」
二人の背中を見送り扉が閉まる。
アイベルと二人になった教会。
フィオルは少し気まずさを感じ、異様と思える空間が漂う。
「さて…ブルク長老はデュールさんが送ってくれるみたいだし、俺も帰ろうかな。」
手を頭の後ろで組みながら言うとアイベルの表情がムッとなった。
「あなたも手伝うのよ!」
「は、はいー!」
強引にフィオルの手を掴み布を渡す。
「フィオルは力が強いから優しく割れない様にしてね。」
「はい…。」
アイベルの指示に従い、二人はステンドグラスの掃除に取り掛かった。
フィオルは水に濡れた布を絞ると、ステンドグラスを拭いているアイベルの後ろ姿を見つめていた。
(いつか起こる陽蝕…。今までとは比べ物にならない程の脅威か…。君の事は必ず…)
フィオルは先程の話しを頭の中で振り返り、アイベルの事を想うフィオル。
彼女との出会いはアヴェニールの洞窟であった。
そして、フィオルは当時の事を思い出す。
――10年前
夜が明ける数時間前、アヴェニール洞窟調査団からの依頼で集会所に集まる隊員達。
「まだ夜も明けてない時間だが、皆集まってくれてありがとう。本日は獣との戦いになるので私達剣撃隊のみで行く。今回の依頼内容はアヴェニール洞窟に現れた獣達の討伐だ。獣の種類はダークウルフで小型と聞いている。数にして20くらいだそうだが、正確な数は不明。気を引き締めて行くぞ。そしてフィオル、今日はお前のデビュー戦だな。11歳だがお前は強い。対獣の実戦は初めてだから怖いと思うが皆のサポートがある。助け合いながら戦おう。皆、フィオルを宜しく頼む。」
ニコッと優しく笑顔を送りフィオルに声を掛けた男の名はジール。
面倒見が良く、仲間想いで隊員達からの信頼は熱く、剣撃隊のみならず他の隊からも慕われている剣撃隊の副隊長である。
剣撃隊の隊長はその時村にはおらず、不在であった。
「「はい!!」」
ソウルガーディアンズに入りたてのフィオルはこの時、11歳ではあったもののすでに剣技の才能を認められていた。
「装備を再度確認し身支度を済ませて出発するぞ。」
「「はい!」」
剣撃隊9人とフィオルの10人体制で臨む今回の依頼。
フィオルはデビュー戦ということもあり、色々な感情が入り交じっていた。
「フィオル。身支度は済ませたかい?」
フィオルの頭にポンと手を置く。
「はい!」「よし、行こうか!」
少し緊張していた表情のフィオル。
「頑張ろうなーフィオル!」「分からない事があったら何でも聞くんだぞー。」
隊員達やジールの優しい声掛けに緊張は解れていっていた。
そして、身支度を済ませた隊員達は集会所を出発した。
集会所を出て村に繋がる林道を歩いていき、村の中央通りに出ると村の中は夜明け前ということもあり一人もおらず静かであった。
(今日がデビュー戦だ…!皆のサポートもある!頑張ろう!!)
強い熱意を胸に、中央通りを進み村の入口にある門を潜ると一行は森へと入って行った。
この時隊員達は直ぐに帰って来れる依頼だと思っていた…。




