第十六話 あの地へ
暑さも寒さも感じず、心地良い気温で木々の隙間から降りる木漏れ日が光の柱となって地面に降り注ぎ、森の中は静かで平和だった。
二人の話しの内容とは裏腹に、二人を乗せたエヴァルの足取りはいつもとは違い嬉しそうに弾んでいた。
衝撃の事実に固まっていたアイベルが口を開く。
「亡くなったって…どうして?」
「詳細は分からない…。ただの噂かも知れないしね…。アイザム隊長は、一人行動しかしなかったみたいなんだ。強いとはいえ運悪く、獣或いは竜種に殺られてしまったんじゃないかな?」
「一人なんて無謀ね…。」
「そうだな。」
そう言いアイベルから貰ったペンダントを手に取る。
「あの時は負けてしまったけど、今なら勝てる自信がある。」
ペンダントをギュッと握りしめ前に座るアイベルの顔を覗いた。
「フィオルは強くなったもんね!…でも、なるべく人とは戦って欲しくないなあ。どんな人にも…たとえ悪い人でも守りたい何かがあると思うから…。」
「俺もさ…でも、最後のあの人が言った言葉…。」
『強くなったら邪魔が入らない所で戦ってやる。じゃあな。』
立ち去る前の言葉を思い出すフィオル。
「フィオル…?」
「ああ、何でもないよ。」
フィオルは今の自分がどれ程通用するのか、心のどこかで密かにアイザムと剣を交えたいと思っていた。
「もう少し進んだら芝の広場がある。そこで昼食にしようか。」
「うん!」
一行は順調に進み、あの地へと近づいていく。
芝の広場に向かう途中に山菜や小川で魚を取り食料を調達しながら進むと、土だった地面はだんだん草地になり芝が広く生い茂る広場に出た。
その広場には木々は無く、陽光が一帯を照らしていた。
「降りようか。」
二人は降りると麻でできたシートを取り出し芝の上にフワッと広げ、調達した食材を調理し始めた。
フィオルは魚を、アイベルは山菜を丁寧に下処理する。
「これでよし。」
それからフィオルは火を焚くとパンパンと手を叩き準備を終わらせ、麻のシートに座ると魚が焼けるのを待った。
アイベルも山菜を綺麗に盛り付け終え、フィオルの隣に座った。
「気持ちいいな。」
「そうね。」
広場には明るい陽が差し、草地は陽の光を受けると輝きを見せ、優しく風が吹くと何処からか花の香りが辺りを包む。
自然を肌で感じ、目を瞑り最高のピクニック日和であった。
ふとエヴァルに目をやると、幸せそうに芝をむしゃむしゃと食べている。
しばらくするとパチパチと燃える木が弾け良い匂いが漂ってきた。
「そろそろかな。」
よいしょと立ち上がり綺麗に焼けた魚をアイベルが盛り付けた山菜の上に乗せ、大きな葉に盛り付けられた山菜と魚をシートに置き、残された一匹の魚はエヴァルの元に持っていくと三人のピクニックが始まった。
「「頂きます。」」
手を合わせ命を繋いでくれた生き物に感謝をするとエヴァルもヒヒィンと鳴きそれに合わせる。
「美味しかったぁ。」
満足気な顔で完食したアイベル。
「少し休んでから出発しようか。」
フィオル達は満腹の腹を休ませる事も兼ねて少し休む事にした。
木漏れ日が気持ちよくフィオルは顔を空に向け目を瞑るとアイベルはエヴァルの元に行き愛でていた。
すると微かに翼の羽ばたく音が聞こえアイベルは空を見上げた。
「あれ…何だろう。ねぇ、フィオル?」
目を瞑るフィオルの肩をトントンとつつき空に指を差した。
そこには小さな鳥が円を描く様に飛び回り、だんだんとこちらに向かってきていた。
「あれは…。」
目を凝らしその鳥を見つめる。
「剣撃隊の伝書鳥だな…。まさか何か緊急事態か?」
その鳥はゆっくりと降りてくるとフィオルの肩に止まった。
フィオルは伝書鳥の脚に括り付けられている丸まった紙を広げる。
アイベルは気になり、二人で手紙の内容を確認した。
『こちらの状況は異常無し。物見櫓から定かでは無いがペールデニーズ北東に一瞬、翼を持った生物の姿有り。』
「翼を持った生物の姿…?」
アイベルが首を傾げながら言う。
「嫌な予感がするな…。」
フィオルは顎に手を当て竜種ではないかと顔を顰めた。
「この辺りの生物が怯えている様子は無いし、エヴァルの様子もいつも通りだ。でも、念の為道を変えよう。さぁ、出発しようか。」
「うん…。」
不安気なフィオルの顔を見てアイベルの表情も少し強ばりを見せた。
「大丈夫さ。」
フィオルはアイベルの頭にポンと手を置き笑顔を向けると伝書鳥に了解とだけ返事を書き、空に放った。
そして、二人はエヴァルに跨るとその場を後にした。
「天気が良いからこのまま進みたいけど念の為だ。地上は避けよう。」
アイベルはフィオルの言っている事が理解出来ず返事を返せなかった。
「もうすぐだ。」
しばらく森の中を進むとフィオルはエヴァルの背中をトントンと触りエヴァルを止めた。
「ほら、あそこに洞穴が見えるだろう?多分驚くよ。」
指を差す方向には苔がビッシリと生える大きな岩が二つあり、その間には洞穴があった。
「驚く?」
アイベルは首を傾げる。
「ああ。」
詳しくは話さず再び進み、洞穴へと入って行った。
「広い…。」
洞穴の入口は二人を乗せたエヴァルがギリギリ通れる程であったが、中に入ると生活出来る程広い。
アイベルはその広さに圧倒されていた。
「ここからは降りるよ。」
二人は降り、フィオルは松明を灯した。
辺りが明るくなりその灯りを洞穴の先に向け照らすとアイベルは洞穴中を見渡した。
「見てごらん。」
フィオルに言われアイベルは洞穴の奥に視線を移す。
「何?あれは…階段?こんな所に…。」
驚きの表情を見せるアイベル。
「そう。驚いただろ?俺も見つけた時はびっくりさ。さあ、足元に気をつけて降りていこう。」
地下に繋がる穴は低く、エヴァルがギリギリ通れるほどだった。
フィオルはジールでも発見出来なかった、新たな道を発見していたのだった。
ジールが亡くなってから過去最大の雨季が訪れたコール大陸。
フィオルは依頼を終えると、よくペールデニーズを訪れていた。
隊長になるという目標の為、地理を頭に叩き込んでいたのだ。
ある日、依頼からの帰路にペールデニーズを使い村に向かう最中、大雨に見舞われ小さな洞穴で休憩をしていたフィオル。
突然洞穴の奥の地面が陥没し、人の手で作られたような階段が現れ、降りてみると真っ直ぐ延びる道が現れたのだった。
「さっきの手紙にあった翼を持つ生物が最悪竜種なら危険だ。この道を使って地上は避けよう。この道はアヴェニール洞窟とあの地に近い洞穴に繋がってるんだ。」
「そうなのね…。それにしてもいつ作られたんだろう…。」
「それは俺にも分からない…。けど、かなり昔っぽいな。洞窟がこんな所にあったなんて話しは一度も聞いたことない…。」
フィオルは時々振り返り、松明で足元を照らしながら進む。
階段は30段程でそこからは真っ直ぐ洞窟の様になり道が延びていた。
階段を降りると二人は手を繋ぎ辺りを照らしながら進む。
壁は土に黒い塗料の様なものが塗られていて洞窟内は暗く少しジメジメしている。
「アイベル見てて。」
するとフィオルは剣で壁を軽く叩いた。
塗料の効果か壁は固く、叩いた瞬間にコーンという音が洞窟内に響き渡る。
エヴァルはビクッと身体を震わせ、アイベルは片目を閉じ響き渡る音に少し耳を塞いだ。
「凄い音…。」
「もしかしたらこの洞窟を作った人はこの音を鳴らして何かを知らせていたのかもな。」
音は数十秒鳴り響いたが次第に小さくなりやがてピタリと止み、洞窟内は静まり返ると一行は再び進み始めた。
「あれ?」
(この足跡…ソウルガーディアンズの装備ではこんな形にならないな…。誰か知らない者が使っているんだろうか…。)
「どうしたの?」
「いや、何でもないさ。」
フィオルは違和感に気づいたがアイベルを不安にさせないよう伝えなかった。
壁には所々にヒビがあり、そこからは木の根が飛び出し、地面からも太い根が出ている所もあり少し歩きにくい。
歩みは少し遅いが着々と道を進む。
しばらく進むと二つに道が分かれていた。
「分かれ道ね。あれ?何か書かれてる。」
アイベルが指を差すとそこには黒い壁に白い文字で書かれているものがあった。
「俺が書いたんだ。この洞窟はさっきまでは一本の道だったけど、分かれ道がいくつもあって、迷路みたいになっているんだよ。左に進めばペールデニーズのさらに奥へ。右に進むとコール大陸のより中心に向かうことが出来る。」
フィオルは両手を広げ更に続ける。
「この地下道はあらゆる場所に繋がっていたんだ。かなり複雑で大きいからどこに行き着くかはまだまだ確認出来てないけど…。ノワルヴェールさんとデュールさんと協力して、この辺りの地図は作製できたんだ。」
子供の様に目をキラキラとさせるフィオルを見てアイベルは優しく微笑んだ。
「よし、じゃあ左に進もうか。」
「うん。」
一行はペールデニーズの奥に進む為、分かれ道を左に進んだ。
歩いていると左右に道がいくつも現れるがその分かれ道の壁にも白い文字で行先が書かれていた。
「ホントに複雑ね。行先が書かれて無かったら一生外に出れなそう…。」
「だね。最初はホントに苦労したよ。」
苦笑いで話すフィオル。
ザッザッ
洞窟内にフィオル達とは違う歩く音が微かに聞こえてくる。
ピタッと歩みを止めるフィオル達。
苦笑いを浮かべていたフィオルの顔が一気に変わり、アイベルを自分の後ろに置き、柄をギュッと握り、灯りを地面に置き耳を澄ませる。
フィオル達の30m先、左側には道がありその道からだんだんと近づく足音。
「人だな…。誰だろう。」
心臓の音が外に聞こえてしまうかの様な緊張感。
汗は額を伝り顎に溜まる。
アイベルは口を手で覆い、エヴァルも理解したのか微動だにせず固まった。
足音は目の前の道まで来ると一度止まった。
「左に進めばもうすぐだな。」
そして、その声と共に人影が姿を現した。
体格は大きく装備を着用している様に見える。
フィオルは目を凝らし、恐る恐る声を掛けた。
「あなたは…」
その問い掛けにビクッとなった人影は振り返り柄を握った。
一瞬の沈黙。
「誰だ!!ん?その声はフィオルか?」
その人影は握っていた手を緩め、灯りをこちらに向けてくる。
警戒しながらフィオルも地面に置かれた灯りを手に取り、正面を照らした。
「あれ?デュールさん?!」
そこには守備隊長デュールがいたのだった。




