第一話 勝利の宴
世界の中心とされるコール大陸の北西に位置するオラディ村。
陽は沈み、日中に雲ひとつなかった村の上空には黒い雲が広がり始めた。
風が強いのか上空に漂う雲の動きは速く、不気味にさえ感じる。
そこへ、村へと繋がる林道から次々と歩いてくる人影達の姿があった。
空はやがて、黒く重い雲が空一面を覆い尽くし、ポタポタと雨が降って来ると、人影達はガシャンガシャンと装備が擦れる音を響かせながら走りだす。
次第に雨は強くなり、ザーザーと雨が地面を叩きつけ、あっという間に地面の色を変え、水溜まりを幾つも作る。
林道を進み村の外れにある、ところどころが朽ちている古びた教会の並びにある、ツルが被った集会所に人影達はゾロゾロと入っていった。
「くそぅ…。新調した装備が泥で汚れちまった…。」
強い雨による跳ね返りで人影達の足は泥に汚れてしまった。
中に入り、汚れた足を集会所の中に敷いてある麻の手拭いで拭きあげる。
「よし…。皆集まったか。」
一人の男が集会所に人影達が入り切ったのを確認し、机の上に置かれている、小さな台に刺さる蝋燭に火をともす。
ぽわんと広がる灯りは暗い部屋に集まる人影の顔を鮮明に映し出した。
集まった者達が男の言葉にそれぞれ頷き、ギィギィと木を軋ませながら席につく。
「さて…。先日の朱の竜との戦い…怪我人は出たが死者は出る事なく撃退できて良かった。火山帯での戦いということもあってかなり苦労したな。」
灯りをともした男が集まった者達の顔を見回しながら言う。
彼の名はノワルヴェール。
ソウルガーディアンズ弓撃隊の隊長を務めている。
「ノワルヴェール隊長の最後に放った矢が効きましたねー。」
一人の隊員が腕を組みながら言った。
弓矢の腕は誰もが認める程、命中率が高く的確に相手の弱点を捉え、射抜く。
そして、後衛で隊を上手く動かし指揮を執る事も彼の役目であった。
「いや…フィオルが果敢に攻めてあいつの命を削り続け、皆が一丸となって戦った結果だ。」
フィオルと呼ばれた男を見ながら言うが、彼は下を向いていた。
「やはり流石だなフィオル。」「俺なんて攻撃する隙が無かったぞ。」
隊員達はうんうんと顔を合わせ頷き、一同は朱の竜撃退成功の余韻に浸っていた。
フィオルはソウルガーディアンズ剣撃隊の隊長を若くして務める。
彼は幼い時から剣技の才能持ち、その才は隊員達に認められていた。
「デュール隊長どうしたんですか?」
周りが騒がしい中、隊員の一人が一際身体が大きい者に問う。
その人物の名はデュール。
ソウルガーディアンズ守備隊の隊長を務め、相手の攻撃を正面から受け止める。
攻撃を受け続けている為、顔には傷痕が多く目立つ。
人一倍大きな体格だが、見た目とは裏腹にすばしこく、素早い攻撃にも対応出来る守りの達人である。
「10mはあったがあれはまだ成体ではない。」
溜息混じりに呟くように放った言葉だが、芯のある声に騒がしい部屋はピタリと静まり返る。
「フィオルよ。あの竜と対峙しあやつの身体に剣を当ててどう思った?」
デュールの目の前に座り、下を向いているフィオルに問う。
その問いで一瞬にして隊員達の視線はフィオルに集まる。
少しの沈黙。
フィオルはゆっくりと顔を上げ口を開いた。
「対峙した瞬間は強いと感じました。でもその一瞬だけです。攻撃のスピードもすぐに慣れましたね。…身体の鱗もそこまで固くなかった。ただ…違和感だったのはノワルヴェールさんが放った後のあいつの動きでした。矢が直撃して…」
「まぁ撃退できたことの余韻に浸ろうじゃないか。成体ではなくとも脅威は避けれたのだ。」
言葉を遮り、フィオルの肩に手を置くノワルヴェールは立ち上がり大きく息を吸った。
「我々は此度の戦いに勝利した!世界の平和の為に今後も戦い続ける!勝利した時は皆で称え合おう!」
腕を広げ腹から出る逞しい声で隊員達に言い放つ。
そして、樽型のジョッキを手に持ち、頭上に力強く掲げた。
「生命に…守り人に加護を!!乾杯!」
「「乾杯!!」」
隊員達はガチンッとジョッキをぶつけ合い一杯一杯になった酒を溢し、笑いながらの乾杯した。
50近く集まった隊員達。
熱気は物凄く、歌い、踊り、宴の如く…外の激しい雨の音はかき消され大いに盛り上がった。
デュールとフィオルを除いては…
「いいぞー!もっと踊れー!」「ピューピュー(指笛)」
隊員達は飲み始めると顔を赤く染め踊り出す。
そんな隊員達を横目に静かに座りチビチビと酒を飲むデュール。
「小さな脅威に勝利しただけだ…お前ならわかるよな。」
呟きながら立ち上がり、目の前に座るフィオルの隣に腰を掛ける。
「デュールさん…。」
10mではあったが、たかが幼体。
脅威ではあるが、とても大きいとは言えなかった脅威。
フィオルも同じ事を思っていた。
二人の間には会話はなく、チビチビと酒を飲むだけであった。
「盛り上がるのは一向に構わん。じゃが、今のこの騒ぎよう…皆、脅威などもう来ないと思っておるかの様子じゃ。次から次へと迫る危機、脅威…緊張感を常に持ち合わせて生きていかなくてはならん。」
デュールとフィオルの背後に気配無く現れ、喋りかける老人の声。
「「ブルク長老!」」
二人はビクッとしながら振り向く。
そこには、左目を黒い眼帯で覆われ杖を突く、身長が100cm程の白髪で長髪の老人が立っていた。
「そうですね…。たしかに長老の…」
「仰る通りです。じゃな?」
デュールの話す言葉をわかっていたかの様に返す長老。
「"至上者の御業"透心考ですね。考え、言葉にしようとしたものを読めてしまう。流石です。」
感心し目をキラキラとさせながらフィオルは言う。
デュールは固まり、驚きを隠せずにいた。
「お主達は他の者とは違う。正義感も強く、常に緊張感を持っておる。隊には欠かせぬ存在じゃ。この宴が終わったら教会に来なさい。」
「「わかりました。」」
そう言うとブルクはさっさと集会所を出て行ってしまった。
「何か話したい事があるのでしょうか。」
「わからんがあるのだろう。」
二人は首を傾げ、ブルクの背中を見送り、再びチビチビと酒を飲みながら宴が終わるのを待つことにした。
そんな中、二人を除く隊員達の中には倒れ込む者も現れ始めた。
「全く…。見てられんな。ところでフィオル。最近はどうだ?」
「どうって何がですか?」
「隊長になってからの隊の状況とか、プライベートと言うか…女性?関係とかだよ。」
最後の方を少し言いづらそうに問うデュール。
「なるほど。まぁ、隊に関しては若い僕に皆付いてきてくれますし、それぞれに与えられた依頼はちゃんとこなしてくれてます。僕が動きを見て一人ひとりに与えた訓練も欠かさずやっていて感心してます。今の所、特にストレスは感じませんね。」
「そうか。ストレスを感じない事はいい事だな。お前は良い隊長になれている。守備隊でもたまにお前の指導の良さを聞くほどだ。皆からの信頼も熱いだろう。しかも"あの日"以来勉強もしているそうだな。ホントに見習いたい物だよ…。」
腕を組み笑顔で話をするデュール。
「いえ…。あの人が目標でしたからね…。勉強も大変ですが知識が無ければ隊員を守る事も出来ませんから。」
酔っている自分の隊員達を見つめながらフィオルは返した。
「で、女の方は?あれからもう10年だぞ?何も無いのか?」
「いや…お互い忙しいですし…」
「おいおい何の話しだー?」
突然フィオルの言葉を遮り、酔った隊員が割って入ってくる。
デュールはその男を睨むが酔った男は二人に絡み始め、話し所ではなくなってしまった。
「酔ったなあ。」「最高に気持ちいいぜぇ。」
二時間ほど経過した集会所ではベロベロに酔った隊員達で一杯になっていた。
「皆ベロベロだな…。よし!皆、今日は終いだ!次期来る脅威に備えよ!助け合いながら気をつけて帰りたまえ!」
ノワルヴェールのその言葉に隊員達は身支度を始めた。
「おいおい起きろよー。」「帰るぞー。」
声を掛け合い眠っている隊員を起こし、よろけながらも起き上がり、次々と集会所を出ていく隊員達。
集会所にはノワルヴェール、デュール、フィオルの三人となった。
「ずいぶんと騒ぎ散らかしていたが、次期の戦いでは隊を一人も欠けさせぬようちゃんとまとめてくれよ?」
目を充血させ、顔を赤くしているノワルヴェールの肩に手を置くデュール。
「もちろんだぁ…任せろ。」
ところがふらふらとなり転びそうになる。
「ノワルヴェールさん…肩持ちます。って重いっ!」
見ていられるかとノワルヴェールの肩を持ったつもりが全体重で倒れるとデュールは呆れた表情をした。
「こいつは…。」
そして、デュールの手も借り三人は集会所を出た。
外に出ると空を覆っていた黒い雲は無くなり、雨は止んでいた。
だが、集会所の熱気とは裏腹に無風だが肌寒く感じた。
「ノワルヴェール隊長ー。いきましょー!」
集会所を出た先の林道から隊員達が呼びかけた。
「お前達、この頼りなくなった酔っ払いを頼めるか?」
デュールが声を掛けると、二人にくっ付いているノワルヴェールを剥がし隊員達に渡す。
「任して下さい。」「ほらほら行くぞー。隊長!」
だらしない姿に少し笑いながら隊員達はノワルヴェールの肩を持ち、帰って行った。
「さて…行こうか。」
「はい!」
そして、二人はノワルヴェール達を見送り集会所の並びにある教会へと入っていった。
この世界には、あらゆる生物に関わりを持つ四本の樹がある。
生命を育み、幾多の魂を宿す大樹その名も"ラヴィエル"。
四大陸に一本ずつそびえ立ち、高さは約1500m。
幹の太さは1000m〜1500mに及ぶ。
そして、その四本の内、世界の中心コール大陸にそびえ立つラヴィエルは最も力を持ち、世界の生命の維持を保っている。
亡き者を大樹の根元に埋葬し、魂が大樹に取り込まれる事により、大樹を通して死者と会話ができ、大樹に触れれば傷を癒やし、災い、病気の力を弱めると言い伝えられていた。
大樹に被害をもたらす者、獣達、そして人類に最も被害をもたらす一番の脅威である竜種。
幾度となく訪れる脅威に立ち向かい戦い続け、その者達から人々、大樹を守り、世界の平和を保つ者達"ソウルガーディアンズ"。
大樹の守り人ソウルガーディアンズの剣士フィオルとその仲間達の物語……
ギギギギィ
朽ちた扉をゆっくり開けた二人。
150人を収容できる教会は、手入れの様子はなく床や壁にはところどころ穴が空き、外の植物や木から伸びる枝が中に入り込んできている。
入って左右にある立派なステンドグラスだけは綺麗に保たれ手入れがされているようだった。
「宴は終わったようじゃな。」
後ろで手を組み二人に背を向け問うブルク。
「「はい。」」
そして、ゆっくりと二人に向き直すその表情は、少し暗く感じると同時に不思議に思う二人。
「何かお話が?」
少しの間。
ステンドグラスに月光が差し込み、床に綺麗な模様が映るとブルクは口を開いた。
「お主らにこれから訪れる脅威は今までとは比にならない程…過酷な物になるかもしれぬ。」
二人を見つめシーンとする教会に響く信じ難い言葉にフィオルとデュールは金縛りを受けた様に固まったのだった。




