第六十八話 なに想像してたの?
旭の部屋に入った瞬間、
私は一瞬で状況を理解した。
——空気が、重い。
澪は勉強机に座って、
ノートに視線を落としたまま微動だにしない。
旭はベッドで寝転がってるけど、
なんか落ち着きがない。
(……はいはい)
(これはもう、二人きりにしちゃダメなやつ)
私は何も言わず、
さっさとベッドに上がって旭の隣に寝転んだ。
「ちょ、真昼?」
「いーじゃん、空いてるし」
澪が、一瞬だけこっちを見る。
(よし)
私はスマホを取り出して、ゲームを起動する。
いつものやつを開く。
一見すると普通のRPGだ。
でも、演出とボイスがめっちゃ気合い入ってるやつ。
「……あ」
旭が画面を覗き込んでくる。
「あ〜、このキャラさ」
「前のガチャで欲しかったけど、結局出なかったんだよな」
「天井まで回したのに」
「マジで渋い」
(普通に会話するんかい!)
私は内心でツッコミを入れつつ、
そのままストーリーを進める。
——その時。
スピーカーから、
ちょっとだけ甘い声。
『……そんな……激しいとっ……』
『……だ、だめ……』
(……よし!キタ!)
私は、あえて止めない。
視線の端で、澪の肩がぴくっと動いた。
(キタキタキタ!)
「……ま、真昼?」
控えめな声。
「……なに、してるの?」
私は、わざと少しだけ首を傾げてから答える。
「え?」
「ゲームだけど?」
そう言って、
スマホの画面を澪に向ける。
画面には、
・鎧を着た女騎士
・戦闘ログ
・HPゲージ
・スキル説明
——完全に健全である。
決してやましいわけではない。
「……え?」
澪が、目を瞬かせる。
私は、にやっと笑った。
「なに想像してたの?」
「音だけで判断するの、よくないよ?」
「ち、違っ……!」
澪が、慌てて視線を逸らす。
「そ、そういう意味じゃ……!」
(あれれ〜風紀委員長だよねこの人!)
そう思ったが口には出さない。
旭はというと、平然としている。
「あ、真昼」
「この次のボス強いから体力温存しといた方がいい」
(旭、お前はもう少し空気読め!)
私は、
わざとボリュームを少し上げる。
『……もう……知らない……』
『......責任......取ってよね?』
「ちょ、真昼!!」
旭が慌てる。
「音!!」
「えー?」
私は、しれっと答える。
「ちゃんとした健全なゲームでしょ?」
澪は、完全に顔を赤くして俯いていた。
(……効いてる)
ちょっとだけ。
ほんとに、ちょっとだけ。
⸻
私は、スマホを操作しながら思う。
(……昨夜、何があったかは知らない)
(でも)
(この距離感、奪われるのは嫌だな)
嫉妬。
たぶん、そう。
でも今は、こうやって茶化して
笑っていられるくらいがちょうどいい。
「ほら澪?」
私は声をかける。
「勉強してる場合じゃないよ」
「次、イベントバトルだからさ見なよ!」
「見てるだけでも楽しいから」
澪が、小さく「……うるさい」って言う。
(あ、いつもの感じだ)
それだけで、少し安心した。
——今日は、
この距離でいい。
今は、まだ。




