第六十六話 なんかやだな
朝。
食卓に集まった瞬間、私は違和感に気づいた。
——あ、これ。
澪ちゃんが、明らかに距離を取ってる。
旭の方を見ない。
視線を落として、食事に集中しているみたい。
旭も旭で、落ち着きがない。
必要以上に喋らないし、さっきから視線が泳いでる。
(……なにこれ)
理由は分からない。
でも、“何かあった後”の空気だ。
⸻
味噌汁を一口飲みながら、私は考える。
(昨日の夜かな)
確証はないけど、そういう勘だけは当たる。
(……ま、聞けばいいか)
私は、できるだけ軽い声で言った。
「……澪ちゃん?」
びくっと肩が跳ねる。
「……なに?」
平静を装ってるけど、分かりやすい。
(あー……)
⸻
私は、そのまま矛先を変えた。
「ねぇ旭」
嫌な予感を察した顔。
「昨日さ」
一拍。
「澪ちゃんになんかした?」
⸻
「ぶっ!」
旭が、
盛大にむせた。
(……はい)
(答え出た!)
「な、なに急に!?」
声が裏返ってる。
澪ちゃんは、一気に顔が赤くなって俯いた。
(……あ)
(そゆことね)
「だってさ」
私は、淡々と続ける。
「朝から澪ちゃん、明らかに距離取ってるし」
「旭も、全然目合わせないし」
「どう見ても怪しいでしょ」
澪ちゃんが否定しかけて、
言葉に詰まる。
旭も、
「いや、その……」って口ごもる。
二人とも、
何も言えない。
——最悪の沈黙。
(……なるほど)
(何かはあった)
(でも、何も起きてない)
その微妙なライン。
分かる。
分かるからこそ。
胸の奥が、
ちくっとした。
(……私の知らない時間だ)
⸻
その時。
「まぁまぁ」
満さんが、
湯のみを置いて言った。
「別に、いいじゃないか」
「よくねぇって言えよ!!」
旭が即ツッコむ。
(あ、正気戻った)
「そうそう!」
私は、すぐに乗る。
「なんでここで雑にまとめようとしてるの!?」
澪も乗って続ける。
「朝ごはんの話題じゃないでしょ!」
「いや、ほら」
満さんは、本当に気楽そうだ。
「若いって、そういうもんだろ?」
「そういうもんじゃねぇ!!」
旭が机に手をついて立ち上がる。
(うん、いつもの旭だ)
⸻
「でも」
お母さんが、
さらっと言う。
「澪ちゃん、顔真っ赤よ?」
「……っ」
澪ちゃんが、
限界みたいに声を上げた。
「ち、違います!!」
一拍。
「……ただ、ちょっと」
「……恥ずかしいだけです」
俯いた横顔。
(……嘘じゃないな)
でも、全部でもない。
⸻
私は、
一瞬だけ目を見開いてから——
にやっと笑った。
「はは〜ん……なるほど」
「“何かはあったけど、何も起きてない”やつね」
⸻
「勝手に決めんな!!」
旭が叫ぶ。
朝の食卓が、一気に騒がしくなる。
私は、その様子を見ながら思った。
(……なんかやだな)
小さく、でも確かに。
嫉妬。
(……そっか)
(私、今ちょっと妬いてるんだ)
それを自覚した瞬間、胸の奥が少しだけ重くなった。
でも。
表には出さない。
今は、それでいい。
——まだ、
負けたわけじゃないんだから。




