第六十五話 いいじゃないか
朝。
食卓に集まった瞬間、
私ははっきり分かった。
——今日は、距離を取らないと無理だ。
旭の視線を、意識的に避ける。
目が合いそうになるたび、食事に集中する。
味噌汁。
白米。
焼き魚。
(……普通、普通)
そう言い聞かせても、
胸の奥が落ち着かない。
昨夜の光景が、
ふとした拍子に浮かぶ。
(……だめ)
私は、さらに視線を落とした。
⸻
「……澪ちゃん?」
真昼の声が聞こえた。
びくっと肩が跳ねる。
「……なに?」
なるべく、平静を装う。
真昼は、じっと私の顔を見てから——
突然、言った。
「ねぇ旭」
嫌な予感。
「昨日、澪ちゃんになんかした?」
——唐突すぎる。
「ぶっ!?」
旭が、思いきりむせた。
「な、なに急に!?」
「いやさ」
真昼は、
首を傾げる。
「朝から澪ちゃん、明らかに距離取ってるし」
「旭、目合わせようとしてないし」
「……怪しくない?」
私は、一気に顔と耳が熱くなるのを感じた。
「ち、違——」
言いかけて、言葉が詰まる。
旭も、明らかに口ごもっている。
「いや、その……」
「えっと……」
沈黙。
——気まずい沈黙が起きる。
その時。
「まぁまぁ」
成田の父——満が、湯のみを置いて言った。
「別に、いいじゃないか」
「よくねぇって言えよ!!」
旭が即座にツッコむ。
「何を“いい”で済ませようとしてんだよ!!」
「そうだよ!」
真昼も、すかさず乗る。
「なんでここで雑にまとめようとしてるの!?」
私も乗っかって言う。
「そもそも朝ごはんの話題じゃないでしょ!」
「いや、ほら......」
満さんは、悪びれもせず笑う。
「若いって、そういうもんだろ?」
「そういうもんじゃねぇ!!」
旭が、机に手をついて立ち上がる。
「てか、なんでそれを本人たちの前で言うんだよ!!」
今度は母が、さらっと言う。
「と言うか、旭と澪ちゃん、顔真っ赤よ?」
「……っ!!」
限界だった。
「ち、違います!!」
思わず声が出る。
「……ただ、ちょっと」
一拍。
「……恥ずかしいだけです」
言ってしまった。
⸻
真昼が、一瞬だけ目を見開いてから——
にやっと笑う。
「はは〜ん……なるほど」
「“何かはあったけど、何も起きてない”やつね」
「勝手に決めんな!!」
旭が叫ぶ。
「てかまず、なんで朝からこんな話なんだよ!!」
私は、俯いたまま小さく息を吐いた。
(……最悪)
(……でも)
(……少しだけ、面白い)
重たい空気が、いつもの騒がしさに戻っていく。
距離は、まだ必要。
でも。
一人で抱え込むほどじゃない——
そう思えた朝だった。




