第六十三話 鷹宮澪として
通話が切れたあと。
しばらく、誰も言葉を発さなかった。
スマホを返してもらいながら、私はまだ少し手が震えているのを感じていた。
「……すまなかったな」
成田の父——満が、低い声で言う。
「君に聞かせるつもりの話じゃなかった」
私は、首を横に振った。
「……いえ」
「知りたいです」
そう言ってから、少し間を置く。
「……父のことも」
満は、一瞬だけ目を伏せた。
それから、ゆっくりソファに腰を下ろす。
⸻
「……二十五の時だ」
唐突に、語り始めた。
「日本を変えられると、本気で思っていた」
「若かったし、勢いもあった」
「理屈より、理想が先に立つ年齢だ」
「その時、一緒だったのが」
視線が私に向く。
「……君の父親だ」
「鷹宮勝」
名前が、空気の中に落ちる。
「二人で」
「日本志政党を作った」
「名前の通り、日本改革の“志”を軸にした政党だった」
「左右でも、保守でも革新でもない」
「ただ、“今の日本はおかしい”という一点で、意見が一致していた」
「彼は、演説が上手かった」
「感情を煽るのが巧みで、人を巻き込む力があった」
「私はどちらかと言えば、制度や数字を詰める役だった」
「……バランスは、取れていたと思う」
⸻
一度、満は言葉を切る。
「だが」
空気が、少し重くなる。
「党が大きくなるにつれて、ズレが表に出てきた」
「“守るべきもの”を先に考えるか」
「“壊すべきもの”を先に考えるか」
「保守と、革新だ」
「最初は、話し合いで済むと思っていた」
「だが、彼は次第に“急ぐ”ようになった」
「支持率を使い、世論を使い、敵を作ってでも前に進もうとした」
「だから」
満は、
静かに言う。
「党を、分けた」
「保守派は、自由保守党」
「私が党首になった」
「革新派は、日本改政党」
「彼が党首になった」
「……そこからだ」
———
声が、さらに低くなる。
⸻
「鷹宮勝は」
「あらゆる手段を使って、私を攻撃してきた」
「政策批判だけじゃない」
「人間関係、スキャンダル、切り取り、誇張などをしてきた」
「事実と嘘の境目を、わざと曖昧にした」
「結果」
「私は、失職した」
短く、
それだけ。
⸻
私は、
言葉を失っていた。
(……それが)
(……父と、この人の)
⸻
「……だから」
満は、
こちらを見る。
「君が副会長の話で責められている理由も」
「私の家にいると知ったら、彼がどう出るかも」
「正直、予想はつく」
⸻
沈黙。
テレビの音だけが、
小さく流れている。
⸻
「……でも」
満は、
はっきり言った。
「それでも」
「君の選択は、君のものだ」
「親の代理戦争に、付き合う必要はない」
⸻
その言葉が、
胸の奥に深く沈んだ。
(……代理戦争)
(……やっぱり私は、父にその駒だと思われているのか)
でも。
⸻
「……私は」
声が、
少し震える。
「……駒になるつもりはありません」
⸻
満は、
小さく頷いた。
「そうだろう」
「だから話した」
⸻
私は、
自分の手を見つめる。
まだ、
震えている。
でも。
(……逃げない)
(……もう、
決めた)
⸻
この家で聞いた話は、重すぎる。
でも同時に。
私が立つ場所を、はっきりさせてくれた。
新年早々。
過去が、現在に追いついてきた。
それでも。
私は、自分の意思で前に進く。
——誰かの娘という立場でもなく。
——誰かの代理でもなく。
鷹宮澪として。




