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アサガオが咲くときまで  作者: 筑波みらい
第三章 ニューオーダー(新秩序)
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第六十一話 あけおめ!

終業式は、拍子抜けするほどあっさり終わった。


校長の話も、表彰も、最後のホームルームも。


全部が「区切り」というより、

ただの通過点みたいに流れていった。


(……終わったんだ)


そう実感したのは、

校門を出た瞬間だった。


肩にかかる鞄が軽く感じて、

冷たい空気がやけに澄んでいた。


そして、元旦。


空は高く、

街は静かだった。


人の声が少なくて、

足音だけがやけに響く。


「……寒い」


思わずそう口にしたとき、


「澪」


不意に名前を呼ばれて、

少しだけ肩が跳ねた。


振り向くと旭がこちらを見ている。


「……なに?」


そう返した声が、自分でも思ったより柔らかくて驚く。


「マフラー、ずれてる」


「……ありがとう、旭」


名前を口にした瞬間、胸の奥がわずかにざわついた。


(……もう、名字呼びじゃないんだ)


「ねえねえ」


軽い声が割り込む。


「旭、澪」


真昼が、楽しそうに笑っている。


「もう完全に下の名前呼びだね」


「元旦だし!」


「新年ルール!」


「意味分かんない」


旭が苦笑する。


「分かんなくていいの!」


真昼は即答だった。


「呼び方変わるだけで、気分も変わるでしょ?」


三人で並んで歩く。


目的地は特にない。


初詣でもなく、

初売りでもなく。


ただ、近所の公園まで。


それだけなのに、足取りは不思議と揃っていた。


「……不思議だよね」


真昼が言う。


「去年の今頃、こんなふうに一緒にいるなんて想像してなかった」


「……確かに」


旭が答える。


「一年前の俺、

 生徒会長になるって言ったら絶対笑われてた」


私は、少しだけ間を置いてから口を開いた。


「……私も」


二人の背中を見ながら言う。


「あなたと、こうして元旦を過ごすとは思ってなかった」


「旭」


その名前を口にすると、

空気が一瞬だけ静まった。


「……それ、俺もだ」


旭は前を向いたまま言う。


照れ隠しみたいな声。


沈黙。


でも、嫌な沈黙じゃない。


冷たい風。

白い息。

静かな街。


それだけのはずなのに、

胸の奥が妙に落ち着いていた。


「……ねえ」


真昼が、少し声を落とす。


「今年はさ、ちゃんと一緒にいようね?」


「忙しくなっても」


「……うん」


旭が短く答える。


「……無理だったら許せ。」


私も言った。


「三人とも」


「誰か一人だけが

 背負うのは、もうやめましょう」


「それ、副会長のセリフ?」


真昼がからかう。


「……澪のセリフ」


少しだけ、むっとした声で返す。


旭が、小さく笑った。


その音を聞きながら、私は思う。


(……変わった)


立場でも、役職でもない。


名前で呼ぶ距離。


それが、こんなにも近いとは思わなかった。


玄関で、背筋を伸ばす。


リビングに向かい、少しだけ深呼吸。

扉を開けて

「……あ、遅れました。あけましておめでとうございます」


そう言って頭を下げると、

成田のお父さんとお母さんは、揃って微笑んだ。


「おめでとうございます」


「おかえり〜」


その自然なやり取りに、

胸の奥が少しだけ緩む。


(……もう、普通に迎えられてる)


ふと、

少し前のことを思い出す。


まだ、距離があった頃。


「成田……」


そう呼びかけてから、

慌てて言い直した。


「……あ、いえ。そうでした」


一拍。


「成田さんが三人、でしたね」


その瞬間の空気。


旭は目を丸くして、

真昼は吹き出しそうになって、

私は一人で赤くなっていた。


(……あの頃は、

 名字が限界だった)


——そして、今。


時間は戻る。


リビング。


「澪ちゃん、こっち座って」


お母さんにそう言われて、

当たり前のように頷いている自分に気づく。


(……ちゃん、って)


違和感がないのが、

一番の違和感だった。


「お父さん、お母さん」


真昼が自然に呼ぶ。


続けて、

私も口を開く。


「……お父さん、お母さん」


言ってから、

一瞬だけ固まる。


でも、

誰も何も言わない。

その沈黙を破ったのは、旭だった。


「なあ」


少し笑いを含んだ声。


「俺、お前らと結婚した記憶ないんだけど」


「いつの間に親呼びまで進んだんだ?」


一瞬、

静止。


次の瞬間。


「ちょっと旭!」


真昼が即座に突っ込む。


「空気読んで!」


「いや、読んだ結果だろ」


旭は肩をすくめる。


お母さんが、

くすっと笑った。


「まあまあ」


「でも、確かに早いわね」


お父さんも、小さく笑う。


「順序を飛ばすのは、旭らしい」


笑い声。


部屋の空気が、一気に和らぐ。


私は、気づいたら一緒に笑っていた。


(……不思議)


緊張していたはずなのに。


旭を見る。

真昼を見る。


そして、この家の人たちを見る。


(……もう、

 “よそ者”じゃないのかもしれない)


そう思った瞬間、

胸の奥が少しだけ温かくなった。


元旦。

それは、何かが始まる日。


でも同時に、ここまで来たのだと実感できる日。


私たちは、まだ不完全で、まだ揺れている。


それでも。


名前を呼び合える場所に、

ちゃんと立っている。


——今年は、きっと大変だ。


でも。


去年よりは、少しだけ前を向ける。


そう思えた、新年だった。

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