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アサガオが咲くときまで  作者: 筑波みらい
第二章 セカンドアタック
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第五十五話 彼女じゃない!

鷹宮さんが来て、私は天地がひっくり返ったのかと思った。


驚き過ぎてリビングに入っても、

私はほとんど何も感じなかった。


テレビの音。

旭のお母さんの声とお父さんの落ち着いた相づち。


全部遠くかんじる。


視界の端にいる旭だけをずっと追っていた。


(……今は、ダメ)


(ここじゃ、聞けない)


そう思った瞬間、

体が先に動いた。


「……旭」


声は、

思ったより落ち着いていた。


彼が振り向く。


「ちょっと」


一拍。


「こっち来て」


有無を言わせない言い方。


旭は一瞬きょとんとしてから、

何も言わずに立ち上がった。


リビングから少し離れた廊下まで移動する。


階段の影が見る。


人の気配はあるけど、

声は届きにくい距離。


私は、

一度だけ深呼吸した。


(……聞こう)


(逃げないで!私!)


「……た」


できるだけ、

普通に言おうとした。


「鷹宮さんって」


名前を出した瞬間、

胸がちくっと痛む。


「……彼女なの?」


言葉は、

想像していたよりずっと軽く出た。


でも。


その後が、

続かなかった。


旭の顔を見る。


一瞬。


本当に一瞬だけ、

完全にフリーズする。


「……は?」


その反応で、

分かった。


(あ)


(違う意味で、まずい)


「いや」


私が続ける。


声が、

少しだけ低くなる。


「だってさ」


「夜に」


「雪の中で」


「迎えに行って」


「そのまま家に連れてきて」


「しかも、何も説明なし」


指折りで並べていく。


「……普通に考えたら、そうじゃない?」


旭は、

数秒黙ったまま。


それから。


「……違う」


即答だった。


でも。


その「違う」が、

妙に必死で。


「全然、違う」


「そういうのじゃない」


「本当に」


(……そういう言い方)


(余計に怪しいんだけど)


「じゃあ、何」


私は、

一歩近づく。


「副会長の件?」


「同情?」


「それとも——」


言いかけて、

止めた。


これ以上言ったら、

引き返せなくなる気がしたから。


旭は、

少し困った顔で頭を掻く。


「……説明すると長い」


「でも」


視線が、

一瞬だけ逸れる。


「……少なくとも彼女じゃない」


それだけは、

はっきり言った。


胸の奥が、少しだけ緩んだ気がした。


でも。


「……じゃあ、やっぱりなんでもない」


その先は口に出せなかった。


「……そっか」


短く言う。


「なら、いい」


そう言いながら、私でも分かるくらい声がぎこちなかった。


沈黙。


どちらも、

次の言葉が見つからない。


その時。


リビングの方から、

お母さんの声。


「旭〜?お茶入れたわよ〜」


ちょうど良いタイミングで来た。


「……行こ!旭!」


私が言う。


旭は、

小さく頷いた。


廊下を戻りながら、

思う。


(“彼女じゃない”って)


(安心していい言葉なのかな)


(それとも)


(いちばん曖昧で、いちばん残酷な言葉なのかな)


私はまだ、その答えを知らなかった。


でも。


この夜が、何かを決定的に変えてしまったことだけは——


はっきり分かっていた。

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