第五十四話 寒いのは私?
——最初は、本当に何も考えてなかった。
ただ、扉の音がして。
「旭おかえり〜」
いつも通りの声で、いつも通りに部屋から出ただけ。
それだけだった。
廊下に出て、玄関の方を見る。
旭が立っていて、
その隣に——
……知らない女の人。
一瞬、そう思った。
でも。
「……た」
喉が、変な音を立てる。
「たたたた……」
心臓が、
急に速くなる。
「鷹宮さん!?」
声が裏返った。
頭が、
ついてこない。
(なんで、どうして、ここに!?)
情報が多すぎる。
旭の家に夜で雪の中鷹宮澪が来る?
しかも
選挙とかで
——旭の“一番厄介な相手”。
それが今、玄関に立ってる。
「……こんばんは」
鷹宮さんが、
先に言った。
落ち着いた声。
髪に、少し雪が積もってる。
……あれ。
(寒そう)
そんなことを考えてしまった自分に一瞬、戸惑うが反射で返す。
「え、あ、こんばんは……」
視線が、勝手に旭へ行く。
「……旭?」
問い詰めたいわけじゃない。
でも。
(説明、してくれるよね?)
旭は、
一瞬だけ目を逸らしてから言った。
「……いろいろあって」
それだけ。
(いろいろって何!)
胸の奥が、
じわっと熱くなる。
お母さんが、
場を和らげるように言う。
「まあまあ、立ってないで中に入りましょ」
「寒いでしょう?」
その“寒いでしょう”が、
やけに刺さる。
靴を脱ぐ二人。
並んだ靴。
旭の、私の、そして鷹宮さんの。
……三足。
(……あ)
胸が、小さく鳴った。
(私、今ってどんな立場なんだろ)
鷹宮さんと一瞬だけ目が合う。
でもすぐに逸らされる。
(……気まずいよね)
一回俯瞰して考える。
その結果は——
(そりゃそうだ)
私だって、逆だったら逃げたくなる。
でも。
(……逃げたいのは)
(私の方かもしれない)
旭は何も言わない。
言えないのか言わないのか、分からない。
リビングに向かう背中を見ながら、思ってしまう。
(私ってここにいていいのかな)
選挙が終わって。
旭が生徒会長になって。
忙しくなって。
「ちょっと後で」が増えて。
それでも“隣にいる”って思ってた。
——思ってただけ?
雪はまだ降ってて寒いだろう。
でも。今、一番寒いのは——
たぶん、私の胸の奥だった。




