第四十六話 逃げない二人
スマホを握ったまま天井を見ていた。
……さっきの通話。
『これ以上話すと、嫌いになる』
あの一言がずっと胸に残っている。
(……俺が、追い詰めてたのか)
ようやく、自覚した。
副会長。
隣。
必要だと思っていた。
でも。
「必要」って言葉は人を縛る。
鷹宮にとって、それが鎖になってるなら——
(……やっぱりやめよう)
小さく息を吐く。
そして、スマホの連絡先を開く。
白石真昼。
会計になってもらおうと思ってた幼馴染で、信頼できるし実務能力もある。
(……こうなったら真昼に、頼もう)
妥協じゃない。
現実的な判断だ。
鷹宮を、これ以上追い込まないための。
発信ボタンに、
指をかけた。
その瞬間。
——着信。
画面に表示された名前。
鷹宮 澪
一瞬固まる。
(……なんで?)
通話を取る。
「……もしもし」
『……成田』
鷹宮の声が少しだけ震えている。
「どうした?」
『……あのさ』
一呼吸置いて続ける。
『やっぱり』
胸がざわつく。
『……やる』
「……え?」
思わず間抜けな声が出た。
『副会長』
『やるって言ってるの』
頭が、追いつかない。
「……無理って言ってたろ」
『言った』
「嫌いになるって——」
『言った』
一つずつ否定される。
『でも』
前と違って声がはっきりして生気がある。
『それでも』
『やりたい』
その一言が重く感じた。
「……ちなみに理由、聞いていいか?」
だから少し慎重に聞いた。
『……今は言えない』
即答だった。
『でも』
『逃げたくない』
『誰かのせいにして、諦めるのは——』
一瞬、鷹宮の言葉が詰まる。
『……嫌だから』
俺は何も言えなかった。
さっきまで、諦めようとしていた。
手放そうとしていた。
なのに。
(……こいつ)
(こんなタイミングで、覚悟決めてくるのか)
「……後悔するかもしれないぞ」
精一杯抑えた声。
『するかもね』
少しだけ笑った気配。
『でも』
『しないより、マシでしょ?』
俺は、ゆっくり息を吸う。
「……分かった」
短く。
「じゃあ」
「今度は、俺が逃げない」
通話口の向こうで、小さく息を吸う音。
『……そう』
そう言いながら。
声は、少しだけ柔らかかった。
「じゃあ」
『……じゃあね』
通話が切れる。
俺は、スマホを見下ろす。
さっきまで表示していた真昼の名前は、もう視界に入らなかった。
(……俺も覚悟が決まったよ)
それは、副会長を得たという意味じゃない。
一緒に、地獄を見る覚悟を受け取ったということだ。
そして。
この選択が、
誰かの影を
本当に振り払えるかどうかは——
まだ分からない。
でも。
逃げない人間が二人になった。
それだけは確かだった。




