第四十五話 もしかしたら
通話が切れた。
画面が暗くなっても、
私はしばらくスマホを耳に当てたまま動けなかった。
——もう、何も聞こえない。
分かっているのに。
ゆっくり手を下ろす。
ベッドの上にスマホを置く。
「……」
静かだ。
家の中はいつも通り静かだった。
だから、より一層頭に血が上ってくる音がうるさい。
「……私だって」
小さく声が漏れた。
「……やりたいのよ」
誰に聞かせるでもない言葉。
「副会長......あなたの隣にちゃんと立って、学校を変える側に立つこと」
……全部。
胸の奥が、
じんわりと痛む。
ベッドに座ったまま、視線を床に落とす。
(でも......できない)
理由は、分かりすぎるほど分かっている。
父の顔が、頭に浮かぶ。
ニュース番組。
国会中継。
後援会の会合。
そして——
成田旭の父親。
かつて、同じ衆議院議員だった人。
そして。
失職した人。
(……お父さんは)
(あの人に正義の鉄槌を下したと言ってたな)
直接じゃない。
でも。
裏で手を回し。
圧力をかけ。
味方を減らし。
結果として、成田の父親は議席を失った。
それを、私は知っている。
知っていて、何も言えなかった。
「……こんなの代理戦争みたいじゃない」
ぽつりと呟く。
父の娘としての私。
失職した議員の息子としての成田。
生徒会長と、副会長。
(……そんなの)
(......からの攻撃なんか耐えられるわけ、ない)
もし私が副会長になったら。
父はどう思うだろうか。
「負けた相手に頭を下げた娘」
「未熟者」
「使えない」
——そんな言葉が容易に想像できた。
「……私だって」
声が震える。
「旭の隣に立ちたい」
「正面からもっと意見ぶつけたい」
「理屈もブレーキも、全部使って」
それを言った瞬間。
胸の奥の何かが崩れた気がする。
「……っ」
息がうまく吸えない。
肩が小さく震える。
声を出さないように唇を噛む。
でも。
涙は、勝手に落ちる。
「……なんで」
「なんで、あんたなのよ」
嗚咽を押し殺しながら、
そう呟いた。
成田旭。
まっすぐで。
無自覚で。
残酷なほど、正しい人。
「……嫌いになれたら、
楽なのに」
でも。
嫌いになれないから、苦しい。
ベッドに倒れ込む。
枕に顔を埋める。
声を殺す。
(……副会長)
(旭の隣)
(やりたい)
何度も心の中で繰り返す。
でも。
それは、許されない選択肢だ。
父の影。
政治の過去。
家の期待。
いろんなものが私を縛る。
「……ごめん」
誰に向けた言葉か、
分からない。
旭にか。
自分にか。
それとも——
父にか。
⸻
その夜。
私は泣き疲れて眠った。
答えはまだ出ない。
でも。
この気持ちだけはもう誤魔化せなかった。
——私は、
もしかしたら“戦う側”の人間なのかもしれない。
でもそれを選択しかねない自分が、一番許せなかった。




