第三十三話 どういう意味?
朝だ。
目覚ましが鳴る前に、目が覚めた。
眠れなかったわけじゃない。
ただ、浅い眠りだった。
昨夜からずっと、頭の中に残っているのは数字だ。
二百四十三票。
二十七%。
少なくはない。
でも、足りなかった。
(……やっぱり私負けたんだ)
そう思うと胸の奥が少しだけ重くなる。
⸻
枕元のスマホに手を伸ばす。
通知が一件。
「成田旭」
一瞬、指が止まった。
(……朝に見ようって言って寝たんだったな)
昨日の夜、通知が来ていたのは分かっていた。
でも、見る勇気がなかった。
負けた直後に、勝者から何か言われる。
それがどんな内容でも、心がざわつくに決まっている。
だから、朝にした。
朝なら冷静でいられると思ったから。
画面を開く。
長文だった。
(……長い!)
成田はこういうとき、簡潔にできない。
良くも悪くも、正面から全部言おうとする。
一行目から読む。
——
正直、まだ実感ないんだよね。
勝ったって言われても、いまいちピンと来てない。
でも一つだけはっきりしてることがある
俺一人じゃ絶対に回らないでしょ?
当たり前だけど。
だから、お前が欲しい。
お前が必要だ
鷹宮の慎重さも理屈もブレーキも
全部、今の俺には必要だ。
だから俺の側にいて欲しい。
——
……。
私は、画面を見たまま固まった。
(側に、いてほしい?)
そこだけ、どうしても引っかかる。
「協力してほしい」でもいい。
「手伝ってほしい」でもいい。
「副会長になってほしい」でもいい。
いくらでも言い方はあった。
なのに成田は、
「側にいてほしい」なんて言う。
(……それ、どういう意味?)
⸻
私は一度スマホを置いて、深呼吸した。
落ち着け。
これは、立場の話。
そうに決まってる。
成田は会長になって、これから色々やる。
だから自分の側に、止める役が必要。
つまり、私の慎重さと理屈とブレーキが必要。
ここまでは分かる。
……分かるけど。
(欲しい、って言い方)
(側、って言い方)
(必要、って繰り返し)
そのせいで、
普通の頼みごとに見えなくなっている。
⸻
洗面所に行って顔を洗う。
冷たい水で目が覚めるはずなのに、
頭の中は逆にうるさくなった。
鏡に映る自分の顔は、いつも通り。
なのに目だけが落ち着かない。
(……成田は、無自覚なんだろうな)
たぶん。
本人は「会長として必要な人材を確保する」くらいのつもりだ。
いや、むしろそれしか考えていない。
それが、成田旭という人間だ。
でも受け取る側は、そうは見えない。
⸻
制服に着替えて、鞄を持つ。
それでもスマホは、まだ未読のままだった。
既読をつけるだけで、
何かが動いてしまう気がした。
(……何を恐れてるのよ)
自分に言い聞かせる。
私は風紀委員長。
私は候補者で成田の敵だった。
たった一通のメッセージに、揺れる理由なんてない。
……ないはずだ。
⸻
結局、私は画面を開いて既読をつけた。
「既読」
小さな文字が表示される。
それだけで、逃げ道が消えた気がした。
返信欄を開く。
何と返すべきか、分からない。
断る?
怒る?
呆れる?
どれも違う。
まず確認しないと、何も決められない。
私は短く打った。
——
「……それって立場の話?
それとも個人的な話?」
⸻
送信ボタンを押して、スマホを鞄に入れる。
玄関で靴を履きながら、ふと思った。
(……もし、立場の話じゃなかったら)
その考えが浮かんだ瞬間、
すぐに打ち消す。
(ない。そんなの)
(成田がそんな器用なことできるわけない)
そう思うのに、
胸の奥が少しだけ熱い。
……最悪だ。
⸻
家を出る。
朝の空気が冷たい。
今日は金曜日。
投票が終わって、もう「次」の日だ。
なのに。
たった一通の文のせいで、
私は自分の立ち位置を見失いそうになっていた。
(……落ち着け)
(私は、簡単に味方にならない)
そう心の中で繰り返しながら、
学校へ向かった。




