第三十話 決戦
候補者は全員、最後の演説を終えた。
体育館には奇妙な静けさが落ちている。
ざわめきはない。
拍手もない。
あるのは、「待つ」という時間だけだった。
「ただいまより——」
司会の声が、
マイク越しに響く。
「生徒会長選挙の投票を行います」
その瞬間、
空気がわずかに張り詰めた。
投票箱が運び出される。
透明な箱。
中は空だ。
——ここに九百人分の意思が入るんだ。
列ができる。
紙を受け取って名前を書く。
折って箱に入れる。
単純な作業のはずなのに、
やけに時間が長く感じた。
俺は壇上の端に立っていた。
背中越しに視線を感じる。
見なくても分かる。
鷹宮は背筋を伸ばして立っている。
指先まで一切の無駄がない。
東雲は少し後ろ。
肩がほんのわずかに内側に入っている。
誰も誰とも目を合わせない。
⸻
投票が終わる。
箱が封をされ回収される。
「これより、開票を行います」
その言葉で心臓が一度だけ強く鳴った。
開票は公開される。
紙が開かれ名前が読み上げられる。
「成田」
胸がわずかに跳ねる。
「鷹宮」
背後で小さく息を吸う音。
「成田」
「東雲」
淡々と機械的に。
途中から数はもう分からなくなる。
ただ、名前の呼ばれる間隔だけが感覚として残った。
——成田。
——成田。
——鷹宮。
——成田。
体育館の空気が少しずつ変わっていく。
最後の一枚が読み上げられる。
沈黙。
司会が集計表を確認する。
紙をめくる音がやけに大きい。
「……結果を発表します」
「有効投票数は八百九十一票で、無効票は十八票でした」
ざわめきが一瞬だけ広がる。
「続いて得票数の内訳に移ります」
司会の声が、少し震えている。
「成田旭、四百六十八票」
——五二%。
過半数越え。
それをみんなが何を意味しているのかを理解した。
そして、全体の時が止まった気がした。
鷹宮の肩がほんのわずかに下がる。
それは崩れではない。
「理解」だ。
悔しさはありそうだ。
でも、驚いているようには見えなかった。
⸻
「鷹宮澪、二百四十三票」
会場の一部から小さな拍手が聞こえる。
私は、深く息を吸って吐いた。
(負けた)
それだけの事実を静かに受け止める。
(……でも)
(私は間違ってはいない)
その確信が間違ってなければいいけど。
私の敗因はなんだろうか。
そう、それは——
(感情に訴える力……それが、私には足りなかった)
唇をきつく結ぶ。
(でもそんなの......)
そう思った。
だが——
(彼は、理詰めではなく感情で心に訴えていた)
それに惹かれた人もいるんだろう。
(……それは否定できない)
⸻
「東雲美久、百七十一票」
あたいは自分の手を握りしめた。
(……十九%、思ったより多いわね)
少し嬉しかった。
でも演説を思い出すと苦しい。
(結局、あたいは——)
声がうまく出なかったこと。
壇上でほぼ立ち尽くしてしまった。
二回も演説の機会があったのに両方失敗した事。
それがすべてを決めた。
(……正しくても届かなかった)
俯いたまま動けない。
⸻
「以上の結果により」
司会が一拍置く。
「生徒会長に選出されたのは、成田旭さんとなりました」
次の瞬間、拍手が爆発した。
立ち上がる生徒。
叫ぶ声。
名前を呼ぶ声。
視界が少し滲む。
俺は、
その場で深く頭を下げた。
拍手の音が遠くなる。
(……本当に、
選ばれたんだ)
横をちらっと見ると目が合った。
鷹宮だ。
一瞬だけ険しい目だった。
でも次の瞬間、彼女は小さく顎を引いた。
——どういう意味なのだろうか。
東雲はまだ俯いたまま、肩をわずかに震わせている。
⸻
拍手が徐々に収まる。
司会が続ける。
「新生徒会長より、一言お願いします」
体育館が静まり返る。
俺は一歩前に出た。
手の震えが止まらない。
本当に受かるなんて思っていなかった。
でも。
もう、
逃げない。
——ここからが、
本当の始まりだ。




