第三話 中央生徒評議会
あの後、俺は生徒手帳のページは、もう何度も読み返していた。
「生徒会予算の割り当ては学校事務へ委嘱する」
文字として見れば、たった一行。
でも、その一行が意味しているものは、思っていた以上に重かった。
――生徒会は学校と対等ではない。
昼休みに真昼と話し、
放課後に教師と話し、
生徒会の中を覗いて、
俺の中で一つの結論が形になっていた。
この学校に“生徒の自治”は存在しない。
そして今日、その事実が
「勝手な憶測」ではなく
「現実であるということ」を見る機会が来た。
中央生徒評議会。
通称「中央会議」。
各クラスの代表と各部活長や委員長、そして会派の代表が集められ、生徒会と教師が前に立つ、この学校で最も“生徒の自治を行っている”と装った場だ。
本当に自治があるなら、
ここでこそ予算について語られるはずだ。
俺は、体育館に並べられた椅子に座りながら、
一つだけ決めていた。
――事実だけを聞こう。
それで何も変わらないなら、
それがこの学校の答えだ。
そう考えていたらマイクのノイズが聞こえ始め、司会が話し始めた。
「それでは、中央生徒評議会を始めます」
司会の声を合図に、
議題は淡々と消化されていった。
文化祭の反省。
次回行事の日程確認。
生徒会からの連絡事項。
誰も反対しない。
誰も深く踏み込まない。
――いつも通りだ。
「では、以上で本日の議題は終了です。続いて質疑応答に移ります。何か質問のある生徒はいますか?」
その言葉を聞いた瞬間、
俺は小さく息を吸った。
今言わなければ、選挙までに間に合わない。
そう考え、口を開いた。
「すみません」
場違いな声が、静寂を切り裂いた。
視線が一斉にこちらへ向く。
司会が一瞬だけ戸惑った表情を見せる。
「……何でしょうか、成田さん」
「個人的に気になったことがありまして」
緊張で体が少しだけ熱くなる。
「生徒会の予算や生徒会の決裁が終わった事を実施するかとかは最終的に学校が決めているって本当ですか?」
予想外の言葉に体育館全体に衝撃が走る。
大きなどよめき。
視線が教師席へ、そして生徒会役員席へ流れる。
数秒の沈黙のあと、
一人の生徒が立ち上がった。
風紀委員長、鷹宮澪。
おそらくこの学校の校則に関することは風紀委員会か生徒会が対応する事になっているからだろう。
「……はい」
はっきりとした声だった。
「生徒会予算の編成と施行は、学校の事務にお願いしてます。生徒会で決裁が済んだものでも学校は反対すれば施行されません。」
その瞬間、体育館にもう一度衝撃が走る。
「では」
俺は続けた。
「それって、生徒会としてどうなんですか?」
完全に、沈黙。
俺は追い討ちをかけるように言った。
「生徒会は学校と対等ではないという事ですか?」
予算を学校に握られているということはとてもまずいという事をみんな認識して欲しい。
生徒会の要望が通らない際は学校側の予算案を拒否するという対抗措置が取れない。
つまり...生徒会が学校へ対抗する手段がないのだ。
それが伝わって欲しい。
そう思った次の瞬間――
「ふぁっ?……」
「え、予算学校が決めてんの?」
「てことは生徒会の会計って何してるん?」
「生徒会はなんの権限なら持ってるの?」
あちこちから声が上がる。
抑えられていた不満が、一気に噴き出した。
「もしかして公約って本当に意味あるの?」
「学校と対等じゃないの!?」
ざわめきは、すぐに議論へ変わった。
「静粛に!」
教師の声が、空気を叩く。
だが、もう止まらない。
「ちょっと待て!生徒の意見を聞く場じゃないのか?」
「生徒会が学校と対等じゃないなら、なんなんだよ!」
鷹宮は、前を見据えたまま動かない。
その表情は硬く、唇がわずかに結ばれている。
「――静粛に!」
今度は、より強い声。
生活指導の教師が立ち上がった。
「本日の中央生徒評議会は、
ここで終了します」
マイクが切られる。
議論は、強制的に遮断された。
ざわめきだけが、残った。
椅子が引かれ、人が立ち上がる音。
教師に促され、生徒たちは散っていく。
俺は立ち尽くしたまま、
ただ前を見ていた。
やってしまった。
でも――後悔はなかった。
視線の先で、
鷹宮澪が、こちらを見ていた。
責めるようでもなく、
怒っているようでもなく。
ただ――
警告するような目で。
その瞬間、はっきりと分かった。
もう、元には戻れない。
中央生徒評議会は終わった。
だが――
ここから全てが始まる。




