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アサガオが咲くときまで  作者: 筑波みらい
第一章 ファーストアタック
23/71

第二十三話 臆病者

「そこまでにしなさい」


その声で、

新聞部室の空気が切り替わった。


入口に立っていたのは、

生徒指導主任の高橋先生だった。


「……先生」


新聞部長・柏原が、

一歩引く。


「風紀委員長」


高橋先生は、

私だけを見る。


「話は聞いていた」


成田の方を、

一瞬だけ見てから続ける。


「ここは、お前たちが立ち入る場所じゃない」


「ですが」


私は、即座に言った。


「選挙期間中の支持率記事は、

 校内秩序に重大な影響を――」


「十分だ」


遮られる。


声は低く、

とてもドスが効いている。


「今は、

 それを議論する段階じゃない」


「……なぜですか」


私が問うと、

高橋先生は小さく息を吐いた。


「学校は、

 これ以上混乱を望んでいない」


「新聞部も、

 校則の範囲内で活動している」


「以上」


結論だけ。


「この件は、

 ここで終わり」


「帰りなさい」


それは、

命令だった。


成田が、

何か言おうとする。


「先生――」


「成田」


高橋先生は、

彼の名前を呼ぶ。


「今は黙っていなさい」


それだけで、

成田の言葉は止まった。


私は、

拳を握る。


「……分かりました」


引くしかなかった。


「失礼します」


成田と一緒に、

部室を出る。


ドアが閉まる音が、

やけに大きく響いた。



廊下。


成田が、残念そうな声で言う。


「……止められたな」


「ええ」


私は、

短く答えた。


「ここから先は、

 私がやる」


「……鷹宮」


「あなたは、

 今は動かないで」


一拍。


「これ以上、

 あなたが前に出ると

 利用される」


成田は、

何も言わなかった。


その沈黙が、

ありがたかった。


「……気をつけろよ」


そう言って、

彼は去った。



翌日。


私は生徒指導室に呼び出された。


「座れ」


高橋先生は、

机の向こうで言う。


「……何でしょうか」


「昨日の件だ」


それだけで、

胸が締め付けられる。


「鷹宮、お前やりすぎだ。

 校内秩序を乱している」


「……事実確認を

 求めただけです」


私の言葉に、

高橋先生はすぐには返さなかった。


机の上の書類を、

一枚、二枚とめくる。


その音が、

やけに大きく聞こえた。


「鷹宮」


ドスの効いた声にびっくりして背筋が伸びた。


「お前、成績はいいな」


「主要五教科、

 ほぼオールA」


「提出物も、

 遅れたことがない」


……分かっている。


だからこそ、

嫌な予感がした。


「風紀委員長も、

 真面目に務めている」


「他の先生方からの

 評価も高い」


一拍。


「だから」


高橋先生は、

書類を閉じた。


「今回の件は、

 非常に残念だ」


胸が、

きしっと鳴る。


「“正義感が強すぎる”」


「“周囲が見えていない”」


「“部活動に介入し過ぎている”」


淡々と、

言葉が並べられる。


「こういう評価はね」


視線が、

私を射抜く。


「記録に残る」


「……記録?」


声が、

少しだけ掠れた。


「ええ」


「生活指導記録」


「内申資料」


「進路指導の際に、

 必ず参照されるもの」


息が、

一瞬止まる。


「お前、

 推薦入試も

 視野に入れているだろ?」


「……」


否定できなかった。


「校則違反をしたわけじゃない」


高橋先生は、

優しい口調で続ける。


「だから、

 処分はしない」


「でも」


一拍。


「評価は変わる」


「それは、お前の行動次第」


喉が、

ひりつく。


「……つまり」


「つまり」


高橋先生は、

私の言葉を継いだ。


「これ以上、

 新聞部に

 関わらなければ」


「この件は、

 “行き過ぎた注意”として

 処理する」


「でも」


視線が、

さらに冷たくなる。


「続けるなら」


「風紀委員長としての

 適性を

 再検討することになる」


「成績も、

 内申も」


「保証はしない」


……そういうことか。


理屈じゃない。


未来だ。


私は、

拳を握った。


さっきまで、

確信していた正しさが、

一気に遠のく。


「……分かりました」


気づいたら、

そう答えていた。


声が、

震えなかったのが救いだった。


「しばらく、

 距離を置きます」


「選挙にも、

 新聞部にも」


高橋先生は、

満足そうに頷いた。


「それでいい」


「お前は、

 賢い子だから」


その言葉が、

一番きつかった。



生徒指導室を出た瞬間、

足の力が抜けた。


廊下の壁に、

そっと手をつく。


「……っ」


胸の奥が、

重い。


正しいと、

信じていた。


秩序を守っていると、

疑わなかった。


でも。


成績と将来を

 引き合いに出された瞬間、

 私は引いた。


それが、

何よりも悔しかった。


「……臆病者だ」


小さく、

呟く。


でも。


——怖かった。


それも、

紛れもない事実だった。


私は、

ゆっくりと歩き出す。


これでいい。


……そう思おうとした。


けれど。


胸の奥で、

何かが

静かに、

壊れた気がした。

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