第十六話 無理
……やっぱり、間違ってなかった。
放課後の校舎は、静かだった。
人が減った分、音がよく響く。
靴音。
ドアの閉まる音。
どれも、冷静に考えるにはちょうどいい。
昨日のやり取りが、頭をよぎる。
「守ってやるから」
思い出しただけで、眉が寄る。
——守る?
あの人は、
自分が何を壊しているのか、
本当に分かっているのだろうか。
風紀委員会室に入り、
机の上に積まれた書類を見る。
苦情。
要望。
不満。
新聞部の件以降、
確実に増えている。
「……これが現実よ」
独り言が、静かな部屋に落ちる。
成田旭は、
秩序を壊している自覚がない。
それが一番、厄介だ。
彼は「正々堂々」と言った。
でも——
正々堂々であれば、
何をしてもいいわけじゃない。
人を不安にさせる。
空気を荒らす。
対立を煽る。
それを「必要な混乱」だと切り捨てる。
……野蛮。
言葉は強いけれど、
他に適切な表現が見つからなかった。
「改革」という言葉で包んでいるだけで、
やっていることは
力押し...つまり革命に等しい。
教師。
生徒会。
新聞部。
彼は、
すべてを正面衝突で突破しようとしている。
それを「覚悟」だと思っている。
——違う。
それは、
調整を放棄しているだけ。
秩序を維持する側から見れば、
最も信用できない人間だ。
廊下の向こうで、
笑い声が聞こえた。
成田旭だ。
周りには人がいる。
彼の言葉に、
誰かが頷いている。
……ああ。
私は、完全に理解した。
この人は、
自分が中心になることを疑わない。
そして、
中心に立つ資格があると
心のどこかで思っている。
だから、
「守ってやる」
なんて言葉が、
自然に出てくる。
それは優しさじゃない。
対等でもない。
支配に近い発想だ。
「……無理」
小さく、でもはっきりと口に出した。
昨日は、
少しだけ“人”を見てしまった。
でも今日は、違う。
私は、
風紀委員長として判断する。
成田旭は、
•秩序を軽視する
•混乱を肯定する
•自分の正しさを疑わない
——危険人物だ。
嫌いかどうか?
……もちろん嫌いだ。
でもそれは、
感情が先にあるわけじゃない。
嫌うべき理由が、
十分すぎるほどある。
次に彼と話すとき、
私はもう迷わない。
理解しようともしない。
歩み寄りもしない。
止める。
必要なら、
真正面から。
「……いい敵、ね」
昨日の言葉を、
心の中で反芻する。
違う。
私は、
敵であるべき相手を
正しく選んだだけ。
それだけだ。




