第十五話 改善命令
新聞部への抗議から、数日。
再度抗議し、新聞部へ風紀委員会が「報道倫理改善命令」を提出した。
——しかし何も、変わらなかった。
訂正記事は出ない。
補足説明もない。
新聞部は、沈黙を貫いた。
それ自体が、答えだった。
「……逃げた」
私は、そう判断した。
公正を問われた側が、
何も語らないという選択をした。
それは、
自分たちの影響力を理解した上での沈黙だ。
——だからこそ、許せなかった。
⸻
「風紀委員会の改善命令に新聞部が応じなかったため、新聞部の活動の是非を問う臨時生徒総会を開催します」
マイクを通した私の声は、
思ったより落ち着いていた。
体育館には全学年の九百人が集まっている。
ざわめきの中、私は壇上に立った。
「議題は先ほどの通りです」
一拍。
「新聞部の、選挙期間中の報道姿勢について」
空気が、変わる。
成田旭の名前は出さない。
感情的な言葉も使わない。
私は、事実だけを並べた。
•私的情報を用いた見出し
•断定を避けた印象誘導
•訂正・補足の不在
「これらは、
生徒会長選挙の公正性を
著しく損なう行為です」
誰かが息を呑む音。
「新聞部は、
校内で最も影響力のあるメディアです」
「だからこそ、
責任が伴うと思います」
そして、私は告げた。
「本総会では、
新聞部の活動停止処分について
賛否を問います」
ざわめきが、
一気に大きくなる。
——覚悟はしていた。
この判断が、
自分を敵に回すことになるかもしれないと。
それでも。
「正しさを、
数で黙らせることはできない」
私は、そう信じていた。
⸻
投票は、無記名。
賛成か、反対か。
結果は、
あまりにも早く出た。
賛成:約40票
反対・無効:その他大多数
——惨敗だった。
司会の声が、
やけに遠くに聞こえる。
体育館に、
安堵と失望が混じった空気が流れる。
誰も、拍手しない。
誰も、私を責めない。
こんなのは初めててとてもきつかった。
私は、壇上を降りた。
背中に、
無数の視線を感じながら。
⸻
放課後。
校舎裏で、
一人で風に当たっていると、
「……鷹宮」
声がした。
振り向くと、
成田旭が立っていた。
「……ありがとうな」
それだけ。
慰めでも、
同情でもない。
ただの一言。
「……は?」
思わず、強い口調になる。
「勘違いしないでよね」
私は、顔を背けた。
「べ、別にあんたのためじゃないんだからね!」
続けて言った。
「わ、私の自己満足のためだから!」
そう言ってその場から立ち去ろうとした。
その時成田くんは、少し笑った。
「だろうな」
「そうだよ!そういうことだから!じゃあね!」
「でもさ」
彼は、真っ直ぐ言う。
「なんで敵に塩を送るんだ?」
「……」
「だってお前会長選挙出るんだろ?」
「そうだよ」
私は、即座に言い返した。
「だから余計なことしない方が良かったって、今でも思ってる」
振り返らずに、歩き出そうとする。
「選挙で勝ちたいなら、敵の足引っ張る方が合理的でしょ?」
背中に、彼の視線を感じる。
「……なのに?」
その一言で、足が止まった。
私は、ゆっくり振り返る。
「……うるさい」
「おかしい...」
彼は淡々と言った。
「さっきから、
言ってることとやってることが真逆じゃないか!」
「うるさいって言ってるでしょ!」
声が、少しだけ上ずる。
「私は――」
言葉が、詰まる。
私は、何を言えばいい?
「正しいと思ったから?」
彼が、静かに聞いてくる。
「……」
「それとも、あの新聞が——」
胸の奥が、きしっと鳴った。
あぁ...心臓がうるさくて聞こえなかった。
だから私はこう答えた。
「……どっちも」
気づいたら、そう答えていた。
沈黙。
風が吹き、
校舎の影が伸びる。
「私は、風紀委員長なの」
私は、視線を逸らしたまま言う。
「事実を歪められるのが見過ごせないだけ」
「てことはお前は敵に塩を送ったんじゃない」
彼は続ける。
「正々堂々と戦いたかったってことか?」
私は、唇を噛んだ。
「……そうだよ」
「うん」
「あぁ〜!もう!うっさい!帰る!」
(ここにいると変になるじゃない!)
「ちょっと待てよ!」
彼は、少しだけ笑った。
「もし次そっちになんかあったら...」
「……何?」
「守ってやるから...」
心臓が、跳ねた。
「勘違いしないで」
反射的に言う。
「私はあんたの味方じゃない」
「そうだな」
「……」
「でも」
彼は、真っ直ぐだった。
「少なくとも、お前は“ズルい勝ち方”を選ばないだろ?」
その言葉に、
胸の奥が、じんわり熱くなる。
「それって」
私は、小さく呟いた。
「褒めてる?」
「そっちで勝手に解釈して」
即答。
「選挙で戦うなら、
相手がどんなやつかは知りたい」
「……そう」
私は、思わず笑ってしまいそうになった。
「……ほんと、あんたって変な人」
「よく言われる」
夕暮れの校舎。
私は、やっと彼を見る。
「……あんたが勝っても」
一拍。
「私は、簡単に従わないから」
「それでいい」
彼は、即座に言った。
「むしろ、その方がいい」
「……あんた意味分かんない」
「分かんなくていい」
彼は、歩き出す。
「またな、鷹宮」
名前を呼ばれて、
少しだけ驚いた。
「……気安く呼ばないで」
背中に、そう投げる。
彼は、振り返らずに言った。
「いい敵で良かったぜ」
私は、その場に立ち尽くした。
敵。
そう言われたはずなのに、
胸の奥は、不思議と静かだった。
……たぶん。
私はもう、
彼を“ただの敵”としては
見られなくなっている。
それを認めるのは、
まだ少し早い気がするけど。




