第十四話 抗議
朝の掲示板の前は、異様な熱気に包まれていた。
新聞部の号外。
それだけで、人は集まる。
『生徒会長選挙、成田劣勢』
ここまではいい。
問題は、その下。
『成田旭、白石真昼に告白か』
……不快だ。
私は、そうはっきりと思った。
記事を最初から最後まで読む。
感情は挟まない。
一語一句、確認する。
断定はしていない。
事実と推測を、曖昧に並べている。
だが――
読み手に与える印象は、明確だ。
「選挙中の私情」
「軽率な候補者」
「公私混同」
そう誘導する構成。
「……これは」
私は、紙を静かに畳んだ。
報道ではない。
偏向報道だ。
風紀委員長として、
見過ごすわけにはいかない。
⸻
新聞部の部室のドアを叩く。
「失礼します」
部内の空気が、一瞬で変わる。
全員がこちらを見る。
特に――
部長の柏原。
「鷹宮さんですか」
「少し、時間をもらえる?」
私は、掲示された新聞を机に置いた。
「今朝のこの記事について」
柏原は、すぐに理解した顔をする。
「問題がありますか?」
即答。
逃げない姿勢。
それは評価できる。
「あります」
私は、淡々と続けた。
「この記事は、
公正公平な報道とは言えません」
部室が静まる。
「成田旭が劣勢である、
という分析自体は構いません」
「ですが」
紙面を指で叩く。
「『告白か』
この見出しは、
選挙と無関係な私的情報です」
「しかも、
事実確認が取れていない」
柏原は腕を組んだ。
「断定はしていません」
「ええ」
私は頷く。
「だからこそ、悪質です」
少し、声を強める。
「断定しないことで、
責任を回避しながら、
印象だけを植え付けている」
「それは、
報道ではなく煽動です」
誰かが息を呑む音がした。
柏原は、すぐに言い返さなかった。
考えている。
「新聞部は」
私は続ける。
「校内で、
最も影響力のあるメディアです」
「だからこそ、
感情や噂を利用してはいけない」
「特に、
選挙期間中は」
沈黙。
やがて、柏原が口を開いた。
「……学校側は嫌ってるのにそんなこと言うんですか?」
「私は風紀委員長です。中立な立場です」
即答。
柏原は、口を閉じた。
「でも結局あんたにとってはいいことだろ?」
私は、はっきり言う。
「そうですよ?」
「でも報道は、“どちらかの味方”ではなく」
「“中立な立場”で
行われるべきです」
風紀委員長として、
これ以上ないほど真っ当な理屈だ。
「今回の記事は」
私は、一拍置いて言った。
「成田旭を貶める意図があると、
受け取られても仕方がない」
「それは、
選挙の公正性を損ないます」
部室の空気が、重くなる。
柏原は、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと言う。
「……抗議として、受け取ります」
「ええ。
正式な抗議です」
私は、背筋を伸ばす。
「訂正記事、
もしくは補足説明を求めます」
「検討します」
短い返答。
でも――
逃げではない。
私は、ドアに向かう。
「一つだけ」
振り返って、言った。
「新聞部が信頼されているのは、
“正しいことを書く”からです」
「“面白いから”ではありません」
そのまま、部室を出た。
⸻
廊下を歩きながら、
私は小さく息を吐いた。
私は、成田旭の味方ではない。
ただ――
ルールの味方だ。
正しい選挙が行われること。
正しい情報が流れること。
それを守るのが、
風紀委員長の役目。
たとえ、
その結果として
彼が得をしようと、
損をしようと。
「……」
でも。
心の奥で、
一つだけ認めざるを得ないことがある。
私は今、
“止める側”ではなく、
“守る側”として動いた。
それが何を意味するのか。
まだ、
自分でも分かっていない。




