第十三話 青春
翌朝。
昇降口の掲示板の前に、人だかりができていた。
いつもなら、
「行事のお知らせ」や
「忘れ物一覧」が貼られているだけの場所だ。
でも今日は違う。
白黒の紙。
太字の見出し。
『生徒会長選挙、成田劣勢』
その下に、
もう一つ、やけに目立つ見出し。
『成田旭、白石真昼に告白したか』
「はぁ!?」
思わず声が出た。
「ちょ、ちょっと待て!」
周囲から、ざわめきが一気に広がる。
「え、告白?」
「幼馴染だよね?」
「マジで?」
「いつ?」
「昨日?」
誰も記事の本文を読んでいない。
見出しだけで、十分すぎた。
俺は紙に顔を近づける。
《関係者の証言によると、
放課後、成田と白石が二人きりで話し込む姿が目撃されており――》
「証言って誰だよ……」
隣で、真昼が固まっていた。
「……旭」
「今のは違う」
「分かってる!」
顔が赤い。
完全に、悪い方向の赤さだ。
「これ、
支持率下がるよね……?」
真昼が、小さく言った。
「うん……」
政治的には、最悪だ。
スキャンダル。
色恋沙汰。
しかも選挙期間。
「終わったかも……」
そう思った瞬間。
「え、でもさ」
後ろから、女子の声。
「普通に青春じゃない?」
「分かる」
「なんか人間味出た」
「ずっと怖かったけど、ちょっと安心した」
……ん?
別の方向からも声が飛ぶ。
「成田って、もっとガチガチの冷たいやつだと思ってた」
「告白とかするんだ」
「普通の高校生じゃん」
真昼と、顔を見合わせる。
「……あれ?」
教室に入っても、空気は同じだった。
「なぁ成田!」
クラスの男子が、ニヤニヤしながら近づいてくる。
「新聞見たぞ!」
「見なくていい」
「で?付き合えたの?」
「違う!」
即答。
「残念」
なぜ残念なんだ。
一方で、
いつも距離を取っていた生徒が、
少し近づいてくる。
「……成田先輩」
知らない一年生。
「自治の話、昨日友達と読みました」
「……あぁ」
「正直、難しいと思ってたんですけど」
少し間を置いて。
「成田先輩、ちゃんと人なんだって思いました」
それは、
批判でも支持でもなく、
ただの感想だった。
昼休み。
真昼と二人、
窓際で弁当を広げる。
「……ごめん」
真昼が、先に言った。
「私のせいだよね」
「違う」
「でも……」
「新聞部が勝手に書いただけだ」
「それでも」
真昼は、箸を止めた。
「支持率、下がると思ってた」
「俺も」
二人で、同時にため息をつく。
そのとき。
スマホが震えた。
通知。
見慣れないグループ名。
『自治の会(暫定)』
誰かが書き込む。
「今朝の新聞見ました」
「正直、
逆に安心しました」
別のメッセージ。
「成田さん、思ってたより普通でよかったです」
さらに。
「支持、変わりません」
「むしろ入れます」
真昼が、目を丸くする。
「……え?」
俺も、言葉を失う。
「下がって……ない?」
「下がってないどころか」
真昼がスマホを覗き込む。
「なんか、
人増えてない?」
その日の放課後。
廊下で、
声をかけられる回数が明らかに増えた。
「成田」
「ちょっと話いい?」
「自治の話、もう一回聞かせて」
支持率は、
数字通りに動かなかった。
新聞部の予測は、いい意味で外れそうだ。
人は、
完璧な正しさより、
少しの隙に安心する。
帰り道。
「……なぁ真昼」
「なに」
「俺たち、今、人気者らしい」
「らしいね」
真昼は、苦笑した。
「全然、狙ってなかったのに」
「狙ってたら失敗してたな」
「うん」
二人で、笑う。
学校は、今日も騒がしい。
でも、確かに分かった。
この選挙は、
もう“制度の話”だけじゃない。
人が、人を選ぶ話に変わっている。
新聞の見出しは、
その始まりにすぎなかった。




