第八話 前夜祭の花火
「エリンさん、いくつか伺いたいことがあるんですが」
周囲の学生たちが、エリンを担いで走る俺を驚いて見ている。
ここじゃ目立ちすぎるし、流れ弾で学生たちに被害が出ては不味い。
「えっ? はい」
「命を狙われはじめたのは……いや、脅迫とかがはじまったのは、いつからですか」
なんだかホワホワしていたエリンの表情が、徐々に深刻な表情に変わる。
「どうしてそれを?」
「模擬試験の時、既に狙われてましたし、今も」
エリンは周囲を見回して、もう一度俺の顔を見ると、観念したように小さなため息をついた。
「2週間くらい前から」
「内容は?」
「……研究から手を引いて、退学しろって」
勘は当たっていたようだ。
後は刺客の正体を確かめ、エリンの研究内容がわかれば、俺の調査は終わる。
衣料品が並んでいたおしゃれなエリアから、食品関係の露店が並ぶ通りにさしかかると同時に、アイスジャベリンの威力も増し、別方向からストーンキャノンも混じる。
襲撃者の数が増え、いよいよ本格的に狙ってきたと判断すべきだろう。
どちらの腕も良い。そろそろかわすだけの動きでは辛くなってきた。
「この脇道を抜けると、図書館街に行けるわ! 今日は休館日だし、あそこはイベント禁止エリアだから」
エリンが露店の隙間にある小道を指さした。
「了解!」
人がやっとひとり通り抜けられる広さの道に、エリンを抱きかかえたまま突っ込む。
「きゃっ!」
小さなエリンの悲鳴が聞こえ、さらに強く抱きしめられる。
食品店の裏は雑貨屋で、収穫祭のイベント用の商品なのだろうか?
仮装用のマスクやマントが吊るされていた。
「釣りはいらない」
袖に仕込んであるコインから銀貨を取り出し、1枚、驚いて俺たちを見ていた店主に向かって放り投げた。
走りながらマスクを2つ、それと黒いマントと……ついでに花火を数個、奪い取る。
前夜祭なんだ、少しは派手にした方が盛り上がるだろう。
しかし太った中年の男性店主は受け取った銀貨を見て、顔をほころばせ、
「まいどありー!」
と、嬉しそうに手を振ってくれたから……銅貨でも良かったのかもしれない。
「正面!」
言葉と同時に、エリンのファイヤーボールが炸裂する。
露店の店主に気を取られていた瞬間、道の出口に先回りしていた襲撃者が、襲いかかって来たようだ。
「ありがとう」
倒れている襲撃者は2名。後ろのアイスジャベリンやストーンキャノンを放つ刺客に比べ、あまりにも弱い。
学生と間違えて、見落としてしまったぐらいだ。
どちらもイベントに浮かれる学生を装って、マスクを被り仮装をしているが……。
漏れ出る素肌が、微妙に老けている。
まあ、ここまで学園で上手く立ち回り、学生に紛れ込める人材なんて、正体の検討は既に付いている。
襲撃者達の戦闘レベルに差がありすぎるのも、納得できるし。
申し訳ないと思いつつ、調べる必要も無いだろうと、彼らを踏み越え、図書館街へ向かう。
まずは逃げ切ることが先決だな。
捕まってからでは交渉が上手く行かないし、その後の任務にも支障が出る。
俺は見えてきた背の高い、魔法レンガ造りの塔。
中央図書館と呼ばれている18階建ての塔は、時計塔と並ぶ学園のシンボルだ。
ショーの開幕には、悪くない場所だ。
「囲まれちゃったわね」
エリンが俺の腕の中で小さく息を飲む。
図書塔まで逃げ切ったが、今俺は壁を背にし、周囲の木陰には襲撃者達が複数人潜んでいる。
見上げると図書塔は50メートルを超える立派な建物だ。
秘蔵書でも保管しているのか、泥棒よけも万全で、あちこちに対魔法トラップが隠れていた。
夕日が差し込み赤いレンガが光る姿は美しく、視界を惑わし、ショーにはうってつけの場所だ。
しかも5メートル間隔で存在する、光取りの窓にはめられた、頑丈そうな格子はとても良い。
隣の別塔まで10メートルと離れていない所も悪くない。
襲撃者達は、俺を追い込んだと確信してくれただろう。
背には魔法じゃ決して越えられない、荘厳な壁があるのだから。
続々と気配を消した襲撃者が集まってくるのがわかる。
30人を超えたあたりで、バカらしくなって数えるのはやめた。
――狙いは魔力による飽和攻撃。全員での一斉射撃で、制圧を狙っているのがバレバレだ。
「エリンさん、ミザリー教諭の専門って、戦術論かなにか?」
「そ、そうよ。集団戦術論の教諭。元、帝国騎士団の騎士長で……」
「土魔法の使い手とか?」
俺の質問に、エリンが頷く。
あの正確無比なストーンキャノンが、模擬戦の時に飛んでこなかった理由も、これでわかった。
この短期間で、ここまで対策したのはさすがだ。
徐々に狭まる包囲網も正確で、指揮官としての腕の良さがわかる。
だが、奇術師を欺くにはまだ足りない。
露店で買った安物のマスクとマントだが、前夜祭ならちょうどいい。
たまには幻想の偽者を演じるのも面白い。
――舞台は整った。悪いが、ここはもう俺の独壇場だ。
徐々に膨らむ襲撃者達の魔力に、腕の中のエリンが震える。
片腕で抱き直すと、不安そうに俺を見詰めた。
「空を飛んだことは?」
「あ、あるわけないじゃない。魔族じゃないんだから」
奇術の種に気づかれるわけにはいかない。
俺は視界を狭めるために、露店で買ったマスクのひとつをエリンにかぶせる。
かわいらしいグリフォンの面だったが、なぜかよく似合った。
もうひとつの道化のマスクと、マントを身につけ、パチンと指をはじき花火に着火する。
「なにを……」
驚くエリンに、
「舌をかまないよう、気をつけて」
そう言うと同時に、襲撃者達の魔法が一斉に俺たちに向かって放たれた。
一番近くの窓の格子に絡めたワイヤーを、帽子屋が作った魔道具がキュルキュルと音を立てて巻き取る。
「きゃー!」
着弾した各種攻撃魔法と花火の音に混じり、エリンの悲鳴がこだまする。
格子伝いにワイヤーで移動しながら花火をまき散らすと、それを狙って魔法攻撃が追ってくる。
「さて、派手に行くか!」
続いてもうひとつ斜め上の格子にワイヤーを絡め、マントに残りの花火をくくりつけて飛ばす。
俺には魔力が無いから、探査魔法は無意味だ。夕日に邪魔され、目視に頼った魔法攻撃は、ひるがえるマントと花火に集中する。
そのスキに、隣の塔にもうひとつのワイヤーを投げる。
エリンがまた悲鳴を上げないか心配になったが……既に気を失っていた。
うん、毎回なんか、申し訳ない。
× × × × ×
隣で寝ていたエリンが、意識を戻した。
ゆっくりと身体を起こし、周囲を確認すると、やれやれとばかりに首を振る。
「空を飛ぶなんて……想定外もここまでくると、あきれちゃうわね」
パニックになって暴れないか心配したが、意外と大物なのかもしれない。
「あなたやっぱり魔力を使ってないし……そもそも、体内に魔力回路存在してないよね。鼓動を聞けばわかるのよ、あたしの研究は『魔力の存在』だから、その辺詳しいの」
エリンの研究は、『魔力の存在』か。
まだ上手く結びつかないから、もう少し突っ込んで聞かなきゃいけないな。
エリンは大きく息を吸い込むと、四つ這いになって怖々と屋根の端から下を覗き込んだ。
あー、その体勢でミニスカートのまま俺の前に行くと、見えてしまうのですが。
俺は落ちないかハラハラしながら、視線をそらす。
今日は水玉ですか。
ここは、学園の時計塔の上。
以前帽子屋と密会に使った場所だ。
ここなら敵に見つかることもないし、襲撃されたとしても、迎え撃ちやすい。
念の為周囲をもう一度見回し、刺客の気配が完全に消えたことを確認してから、エリンに話しかける。
「いや、そんなことはない。だいいち、魔力なしでどうやってここまで移動を?」
「虚無。――あなたやっぱり、虚無の魔術師でしょ」
エリンは立ち上がると、長く美しい銀髪を風に揺らしながら、俺を見て微笑んだ。
「方法まではわからないけど、この奇跡を見るのは初めてじゃないの。あたし田舎の地方領主の娘で、子供の頃、『虚無の賢者様』に助けてもらったことがあるのよ」
「虚無の賢者って……」
賢者会で最強の名を欲しいままにした、伝説の賢者。
そして俺に奇術を教えた妙な爺さんが、自分がそうだと、よく騙った名でもある。
「不死の賢者、無敗の賢者、放浪の賢者。詐称の賢者なんて呼ばれ方もしてるし、それを騙る偽者も多いって、知ってるけど。あたしの命の恩人のことだから、文献や伝承を調べて……。今は昔出会った彼が本物だったって確信してるの」
エリンは楽しそうにそう言うと、俺の隣にちょこんと座って、膝を抱えながら思い出を語り始める。
彼女がまだ8歳の時、領主とエリンをのせた馬車と護衛の騎士隊が、森の中でモンスターの集団に襲われた。
次々に護衛達が殺され、いよいよ自分たちだと覚悟を決めたとき、その老人はふらりと現れる。
「たったひとりで、なんの詠唱もせず、魔力すら感じさせず。幾多のモンスターを葬り、あたしたちが生き残っていたことを喜び、なにも言わずに立ち去ろうとしたの」
しかしエリンの父である領主が引き留め、虚無の賢者は数週間、領主城に滞在したそうだ。
「その間は、モンスター対策の砦の再構築や戦い方の指導、痩せた土地での作物の育て方、魔力を使用しない病人の治療方法なんかを教えてくれたわ」
そしてモンスターの襲撃と飢餓に悩まされていた、地方の弱小領は、人々が安心して暮らせる場所に変わったそうだ。
「最後まで名乗らず、ボロを着て、贅沢な料理も、金品もすべて断って。ある日ふらっと、いなくなってしまったの」
それはどこにでもある、虚無の賢者伝説だったが……。
「旅立つ前にね、あたしにこれをくれたの」
エリンが大切そうに、ネックレスに結び付けていた古いカードを取り出す。
「『運命の輪』か。賢者様は幸せな運命をエリンに願ったんだね」
タロットカードを見て俺がそう答えると、エリンがクスリと笑った。
「やっぱり」
「なにが?」
「このカードの意味を知ってるのって、本物の虚無の賢者様と、その技を授かった高弟だけなのよ。そもそもこれ流通してないし。賢者会に残る秘書にだって、このカードの数枚の名前しか載ってない」
そしてもう一枚、新しいタロットカードをポケットから取り出す。
「で、これが昨日、あなたの上着から出てきたもの」
タロットの『愚者』が、俺に笑いかけてきた。
「後ね、噂の“幻想”も、このカードを使うらしいのよ。いつかまた彼の教えを守って頑張っていれば、虚無の賢者様か……そのお弟子様が、あたしを助けてくれるんじゃないかって、そんな運命を感じてたの」
「エリンさんは、虚無の賢者を追いかけてるから、反皇族なの?」
「あー、違う違う。帝国の政治に、少しは不満はあるけど、皇族に思うことなんて無いわ。ただ最近、反皇族思想の……王国連合の、留学生の子達が中心なのかな? に、担ぎ上げられてるっていうか」
俺をチャーリー皇子だと信じているのだろう、エリンは心配そうに、顔色をうかがうような視線を送ってきた。
「ごめん、ちょっと不安になっただけ」
俺が笑い返すと、エリンは安堵の息を漏らした。
エリンの研究は『魔力の存在』で、追い求めているのが『虚無の賢者』。
きっと、どちらか……あるいは両方で、『魔導院』にはバレていけない賢者会の秘密に触れてしまったのだろう。
そして彼女は、王国連合が絡む反皇族組織に、利用されはじめている。
バックは間違いなく『魔導院』だ。
学園はそれを嫌って、彼女を追放……。いや、あの襲撃から見て、保護するために学園から距離を取ってもらいたかったのだろう。
カチリと音を立てて、ひとつ目のパズルのピースがはまった。
後は帽子屋の報告を聞いて、明日の舞踏会に備えるだけ。
俺がため息交じりに暗くなり始めた空を見上げたら、
「ねえ今度はチャーリーの番よ、本当のことを教えて」
エリンがそう言って、銀色の澄んだ瞳で、俺を見詰める。
風が悪戯するように、エリンの長い銀髪と、短いスカートを揺らす。
学園のあちこちでバカ騒ぎをする学生たちの声が聞こえる。
俺は、いつも大切なことだけは教えてくれなかった妙な爺さんに、心の底から苦言を申し上げる。
おいこらボケ! そんな希少なカードだって、聞いちゃいねえぞ!!
しかしそんな心の叫びは、どこにも届かず……俺が額に手を当てて、もう一度ため息をついたら、遠くから大きな花火が打ち上がった。
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