第七話 学園の事情
「へー、そーなんだ。ふーん、なるほどー」
リビングに戻ると、帽子屋は酷くおかんむりだった。
俺が事情を説明しても、さっきからこの状態で、とても怒ってらっしゃる。
俺とブリジット公女の会話はすべて聞こえていたはずなのに、何度も説明を求めてくるし。
「つまりだ、この件と王国連合の問題は、繋がっている可能性が高い」
「まあ、王国連合や魔導院が帝国をひっかき回してるのは、重々承知してますがー。あの刺客が魔導院の『暗殺旅団』なんて、驚きですねー」
「だからお前の読みどおり、婚約破棄の問題が、エリン襲撃と関連しているかもだ」
「皇子がエリンちゃんを殺したことにして、婚約を破棄させつつ、反皇族のプロパガンダも行う。で、バームの王子も王国連合もウハウハって、寸法ですか?」
ふて腐れながら呟く帽子屋の意見を聞いて、我に返る。
確かにそいつはおかしい。一件正解に見えるが、大きな穴がある。
「さすが帽子屋だな」
俺が悩み込むと、寝そべっていた帽子屋がソファーの上で首を傾げた。
「どうしたんですか、イリュージョン様」
「それを、この学園でやるメリットがどこにもない」
狙うなら、そもそも学園外で、似たような事件を起こせばいい。
『暗殺旅団』のような組織をこの学園に招き入れる労力も必要ないし、今回のような事件を学園内で起こせば、最悪、魔導院と賢者会の全面戦争にもなりかねない。
「学園での不祥事に、もっとも利益があるのは誰だ?」
嫌な予感しかしないが、この手の事件は、いつだって最低なヤツらが後ろで糸を引き合っている。
そして絡まった糸は、弱者を引き裂き、最低なヤツらが闇で微笑んで終焉を迎える。
それじゃあ道化は?
陽のあたる場所の誰かのために、闇と踊るだけだ。
最低なヤツらには、後悔してもらおう。
帽子屋があぐらをかいて、腕を組んで考え込む。
開けすぎたシャツのボタンのせいで、胸元が凄いことになっているが……今はそれどころじゃない。
「まあ常識的に考えたら、この学園を煙たがってるのは帝国ですが」
それだと、つじつまが合わない。どう転んでも、帝国は被害を受ける。
だが現状、捨ててはいけない可能性のひとつだ。
「それ以外にはどこだ?」
「可能性だけなら、賢者会も」
「そうだな、その二つを洗うか」
「えーっと、イリュージョン様、どういうことですか?」
「つまりこの婚約破棄は、いくつもの勢力が絡んだ茶番劇だってことだ」
「はあ?」
「終幕は目の前だ、舞台を整えよう。帽子屋は学園内で、反皇族の噂や、それに関わる資料を洗い出してくれ。それから三月うさぎの返答は?」
「連絡はしましたが、まだなにも返答はありません」
「だろうな。じゃあ、これから先のことはなにも報告するな。後、追加で6年前に皇子になにが起きたかも」
「皇子?」
「ああ、本物のチャーリーの休学理由だ。このバカげた茶番劇は、そこから始まっているはずだ」
「イリュージョン様は?」
「エリンを警護する。俺の勘が外れていなければ、まだ狙われているだろう」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
帽子屋が立ち上がって、俺の腕をつかむ。
説明が不足していたのだろうか? だがまだ、情報が少なすぎて、推測の域を出ていない。
どうやって説明すべきか悩んでいたら……。
「また女の子を口説くんですか? これ以上はべらせて、どうするおつもりで?」
大きな胸で俺の腕を挟み込みながら、真面目な顔でそんなことを仰る。
うん、やっぱり年頃の女性は、良くわからない。
× × × × ×
広大なこの学園の敷地内には、学生だけで10万人以上、街に出入りする商人や職員や研究者、教諭やその家族の数も合わせると、20万人を超える人間が生活していると言われている。
しかも明日は、学園あげての舞踏会。
収穫祭も兼ねたこのイベントは、メインホールの舞踏会を中心に、招待されなかった学生たちも、各自集まってお祭り騒ぎをする。
帝都でもそうだが、最近収穫祭では転生者が持ち込んだ文化がはやり、前夜祭である今日は、ハロウィーンと呼ばれる仮装行列で盛り上がるそうだ。
こんな状態の学園で、ひとりの学生を捜し当てるのは、かなり困難だと覚悟していたが……。
戸建ての寮が並ぶ高級住宅街を抜け、学生たちが賑わう商業区に入ると同時に、
「チャーリー! やっと見つけたわ」
向こうから話しかけてくれたので、とても楽だった。
声に振り返ると、息を整えながら俺を睨むエリンがいる。
「えーっと、エリンさん。何か用ですか?」
今日まで休日のせいか、色とりどりな私服で出歩く学生が多い。
中には前夜祭すら待ちきれないのか、既に仮装しながら騒ぐヤツらもいた。
しかし彼女は昨日と同じ学生服姿だった。
混雑する商業区の通り道では、逆に目立つ存在だ。
「これを、あなたに、と、届けようと」
長時間走っていたのかもしれない。なかなか整わない息に苦しみながらローブの中から封筒を出すと、挑戦状をたたきつけるように、パシンと俺の足下に放った。
周囲の学生たちに変な目で見られてるし。
「これは?」
「舞踏会の申込よ!」
聞き違いなのだろうか?
「武道会?」
「違うわよ、舞踏会! メインホールの招待状よ」
なぜか大声で怒られてしまった。しかし、舞踏会のお誘いって……もっと優雅な感じじゃないのだろうか?
拾い上げて確認すると、本当にそれは明日行われる舞踏会の招待状で、二つある記名欄の片方にエリン・フォーワードの名があり、もう片方が空白だった。
「復学したばかりだから、相手もいないと思ってね。あたしを誘う男は山ほどいるけど、特別にあたしから誘ってあげるわ。泣いて喜びなさい!」
そう言って、腕を組んでそっぽを向く。
この人、美人だけど残念臭が漂うし、明日の舞踏会のパートナーがまだ決まっていないって……実はモテないのだろうか?
そんな疑惑が脳裏をよぎったが、とりあえずそこは突っ込まないでおく。
「お誘いありがとうございます。ですが、実は僕には婚約者がいまして」
とりあえず笑顔で事情を説明する。
「こ、婚約者? ああ、あなた第九だけど、一応、皇子だったわね」
徐々に息も整ってきたのか、口調は普通になりつつあるが、挙動は不審なままだった。
キョロキョロ周囲を見回すし、フェイントのような動きも混じる。
ひょっとして、暗殺者を警戒しているのだろうか?
「しかたがないから、聞いてあげるわ。相手は誰?」
なにがどう、しかたないかわからなかったけど、どうせ明日になればわかるのだから、答えることにする。
「ブリジット・ラゴール公女です」
「へっ! あの、学園NO1のアイドルの、ブリジット公女?」
そしてなぜか、「くっ!」とか呟いて、崩れるように倒れ込んでしまった。
そこは道ばたで、その姿勢だと泥だらけになってしまいますが、大丈夫ですか?
ちょっと情緒不安定すぎて、心配になる。
近づいて手を差し伸べようとしたが、
「……あたしだって、学園美少女投票で2位だったのよ。ふっ、大差でブリジット公女には負けてるけど……。ふふっ、座学も彼女に負けて万年2位だけど……。そ、そうだわ、実戦では負けたことないし、女子人気はあたしの方が上よ、頑張るのよエリン……」
そんな呪術のような呟きが漏れ聞こえてくるし、目の焦点も合ってない。
思わず差し伸べた手を引きそうになる。
なにやらブリジット公女に対抗心というか、コンプレックスがあるのかもしれない。
そっとしてあげたかったが、やはりあちこちから殺気のようなものが感じられる。
読みが当たっているのなら、もう刺客は俺のせいにする必要はないはずだ。
だとすれば、ここから俺だけ立ち去っても、意味がない。
「エリンさん、ちょっと失礼します」
しかたなく彼女を抱き上げると、やはりアイスジャベリンがエリンめがけて飛んできた。
牽制なのだろうか? 力ないそれは、昨日の模擬戦とは威力が異なるが、脅威なのは間違いない。
「しっかり捕まってて! ちょっと走ります」
安全な場所まで避難しようと駆け出したら、エリンが怖々と俺の首に手を回してきた。
この方が安定するので、ニコリと微笑むと、
「これってお姫様抱っこ? あれっ、これひょっとして駆け落ち? ま、待って! まだそこまで決意してないの。あなたのこと、よく知らないし、初めはそのっ、お友達から……」
やはり意味不明なことを呟いている。
既に何かの毒か、呪いの攻撃でも受けてしまったのだろうか?
不安しかなかったが、俺は安全な場所を求めて、学園内を疾走した。
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