表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/16

第七話 学園の事情

「へー、そーなんだ。ふーん、なるほどー」


 リビングに戻ると、帽子屋は酷くおかんむりだった。

 俺が事情を説明しても、さっきからこの状態で、とても怒ってらっしゃる。


 俺とブリジット公女の会話はすべて聞こえていたはずなのに、何度も説明を求めてくるし。


「つまりだ、この件と王国連合の問題は、繋がっている可能性が高い」


「まあ、王国連合や魔導院が帝国をひっかき回してるのは、重々承知してますがー。あの刺客が魔導院の『暗殺旅団』なんて、驚きですねー」


「だからお前の読みどおり、婚約破棄の問題が、エリン襲撃と関連しているかもだ」


「皇子がエリンちゃんを殺したことにして、婚約を破棄させつつ、反皇族のプロパガンダも行う。で、バームの王子も王国連合もウハウハって、寸法ですか?」


 ふて腐れながら呟く帽子屋の意見を聞いて、我に返る。

 確かにそいつはおかしい。一件正解に見えるが、大きな穴がある。


「さすが帽子屋だな」


 俺が悩み込むと、寝そべっていた帽子屋がソファーの上で首を傾げた。


「どうしたんですか、イリュージョン様」

「それを、この学園でやるメリットがどこにもない」


 狙うなら、そもそも学園外で、似たような事件を起こせばいい。

 『暗殺旅団』のような組織をこの学園に招き入れる労力も必要ないし、今回のような事件を学園内で起こせば、最悪、魔導院と賢者会の全面戦争にもなりかねない。



「学園での不祥事に、もっとも利益があるのは誰だ?」


 嫌な予感しかしないが、この手の事件は、いつだって最低なヤツらが後ろで糸を引き合っている。

 そして絡まった糸は、弱者を引き裂き、最低なヤツらが闇で微笑んで終焉を迎える。


 それじゃあ道化は?

 陽のあたる場所の誰かのために、闇と踊るだけだ。


 最低なヤツらには、後悔してもらおう。



 帽子屋があぐらをかいて、腕を組んで考え込む。

 開けすぎたシャツのボタンのせいで、胸元が凄いことになっているが……今はそれどころじゃない。


「まあ常識的に考えたら、この学園を煙たがってるのは帝国ですが」


 それだと、つじつまが合わない。どう転んでも、帝国は被害を受ける。

 だが現状、捨ててはいけない可能性のひとつだ。


「それ以外にはどこだ?」

「可能性だけなら、賢者会も」


「そうだな、その二つを洗うか」

「えーっと、イリュージョン様、どういうことですか?」


「つまりこの婚約破棄は、いくつもの勢力が絡んだ茶番劇だってことだ」

「はあ?」


「終幕は目の前だ、舞台を整えよう。帽子屋は学園内で、反皇族の噂や、それに関わる資料を洗い出してくれ。それから三月うさぎの返答は?」


「連絡はしましたが、まだなにも返答はありません」

「だろうな。じゃあ、これから先のことはなにも報告するな。後、追加で6年前に皇子になにが起きたかも」



「皇子?」

「ああ、本物のチャーリーの休学理由だ。このバカげた茶番劇は、そこから始まっているはずだ」



「イリュージョン様は?」

「エリンを警護する。俺の勘が外れていなければ、まだ狙われているだろう」


「ちょ、ちょっと待ってください!」

 帽子屋が立ち上がって、俺の腕をつかむ。


 説明が不足していたのだろうか? だがまだ、情報が少なすぎて、推測の域を出ていない。

 どうやって説明すべきか悩んでいたら……。


「また女の子を口説くんですか? これ以上はべらせて、どうするおつもりで?」


 大きな胸で俺の腕を挟み込みながら、真面目な顔でそんなことを仰る。



 うん、やっぱり年頃の女性は、良くわからない。



   × × × × ×



 広大なこの学園の敷地内には、学生だけで10万人以上、街に出入りする商人や職員や研究者、教諭やその家族の数も合わせると、20万人を超える人間が生活していると言われている。


 しかも明日は、学園あげての舞踏会。

 収穫祭も兼ねたこのイベントは、メインホールの舞踏会を中心に、招待されなかった学生たちも、各自集まってお祭り騒ぎをする。


 帝都でもそうだが、最近収穫祭では転生者が持ち込んだ文化がはやり、前夜祭である今日は、ハロウィーンと呼ばれる仮装行列で盛り上がるそうだ。


 こんな状態の学園で、ひとりの学生を捜し当てるのは、かなり困難だと覚悟していたが……。


 戸建ての寮が並ぶ高級住宅街を抜け、学生たちが賑わう商業区に入ると同時に、


「チャーリー! やっと見つけたわ」

 向こうから話しかけてくれたので、とても楽だった。


 声に振り返ると、息を整えながら俺を睨むエリンがいる。


「えーっと、エリンさん。何か用ですか?」


 今日まで休日のせいか、色とりどりな私服で出歩く学生が多い。

 中には前夜祭すら待ちきれないのか、既に仮装しながら騒ぐヤツらもいた。


 しかし彼女は昨日と同じ学生服姿だった。

 混雑する商業区の通り道では、逆に目立つ存在だ。


「これを、あなたに、と、届けようと」


 長時間走っていたのかもしれない。なかなか整わない息に苦しみながらローブの中から封筒を出すと、挑戦状をたたきつけるように、パシンと俺の足下に放った。


 周囲の学生たちに変な目で見られてるし。


「これは?」

「舞踏会の申込よ!」


 聞き違いなのだろうか?


「武道会?」

「違うわよ、舞踏会! メインホールの招待状よ」


 なぜか大声で怒られてしまった。しかし、舞踏会のお誘いって……もっと優雅な感じじゃないのだろうか?


 拾い上げて確認すると、本当にそれは明日行われる舞踏会の招待状で、二つある記名欄の片方にエリン・フォーワードの名があり、もう片方が空白だった。


「復学したばかりだから、相手もいないと思ってね。あたしを誘う男は山ほどいるけど、特別にあたしから誘ってあげるわ。泣いて喜びなさい!」


 そう言って、腕を組んでそっぽを向く。


 この人、美人だけど残念臭が漂うし、明日の舞踏会のパートナーがまだ決まっていないって……実はモテないのだろうか?


 そんな疑惑が脳裏をよぎったが、とりあえずそこは突っ込まないでおく。


「お誘いありがとうございます。ですが、実は僕には婚約者がいまして」

 とりあえず笑顔で事情を説明する。


「こ、婚約者? ああ、あなた第九だけど、一応、皇子だったわね」


 徐々に息も整ってきたのか、口調は普通になりつつあるが、挙動は不審なままだった。

 キョロキョロ周囲を見回すし、フェイントのような動きも混じる。


 ひょっとして、暗殺者を警戒しているのだろうか?


「しかたがないから、聞いてあげるわ。相手は誰?」


 なにがどう、しかたないかわからなかったけど、どうせ明日になればわかるのだから、答えることにする。


「ブリジット・ラゴール公女です」

「へっ! あの、学園NO1のアイドルの、ブリジット公女?」


 そしてなぜか、「くっ!」とか呟いて、崩れるように倒れ込んでしまった。

 そこは道ばたで、その姿勢だと泥だらけになってしまいますが、大丈夫ですか?


 ちょっと情緒不安定すぎて、心配になる。


 近づいて手を差し伸べようとしたが、


「……あたしだって、学園美少女投票で2位だったのよ。ふっ、大差でブリジット公女には負けてるけど……。ふふっ、座学も彼女に負けて万年2位だけど……。そ、そうだわ、実戦では負けたことないし、女子人気はあたしの方が上よ、頑張るのよエリン……」


 そんな呪術のような呟きが漏れ聞こえてくるし、目の焦点も合ってない。

 思わず差し伸べた手を引きそうになる。


 なにやらブリジット公女に対抗心というか、コンプレックスがあるのかもしれない。

 そっとしてあげたかったが、やはりあちこちから殺気のようなものが感じられる。


 読みが当たっているのなら、もう刺客は俺のせいにする必要はないはずだ。

 だとすれば、ここから俺だけ立ち去っても、意味がない。


「エリンさん、ちょっと失礼します」


 しかたなく彼女を抱き上げると、やはりアイスジャベリンがエリンめがけて飛んできた。

 牽制なのだろうか? 力ないそれは、昨日の模擬戦とは威力が異なるが、脅威なのは間違いない。


「しっかり捕まってて! ちょっと走ります」


 安全な場所まで避難しようと駆け出したら、エリンが怖々と俺の首に手を回してきた。

 この方が安定するので、ニコリと微笑むと、


「これってお姫様抱っこ? あれっ、これひょっとして駆け落ち? ま、待って! まだそこまで決意してないの。あなたのこと、よく知らないし、初めはそのっ、お友達から……」


 やはり意味不明なことを呟いている。

 既に何かの毒か、呪いの攻撃でも受けてしまったのだろうか?




 不安しかなかったが、俺は安全な場所を求めて、学園内を疾走した。






ここまでお読みいただきありがとうございます!



面白いと思ってくれたら、感想やブクマで応援いただけると嬉しいです。


毎晩20時前後に更新を予定してます。

どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ