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第五話 あたしのヒーロー

「すまなかった、大切なマントを」

 俺がボロボロになったマントを帽子屋に手渡すと、


「イリュージョン様を守れたのですから、このマントもきっと本望です。すぐ直しますから、ご安心ください」


 帽子屋はそう言って微笑んでくれた。


 俺たちは学園で一番高い時計塔の屋根上から、夕日を眺めている。


 あれからミザリー教諭に再入学を認める言い渡しを受け、控え室を出たら、着替え終わったエリンになぜか追いかけられたので逃げた。


 ついでにブリジット公女とツインテールのメイドも追いかけてきたが、言い訳が思い浮かばなかったので逃げた。


 問題を先送りにしているわけじゃない。これは戦略的撤退だ。


 実際今、わざわざこんな場所に帽子屋を呼び出して相談している。

 『報告、連絡、相談』は、任務の基本だからな。


 決して、女性から逃げ回っている訳ではない。


「しかしあいつら何者でしょう?」


 帽子屋は刺客を取り逃がしたことを悔いているようだった。

 俺の隣で膝を抱えて座り、ふて腐れたように夕日を見ている。


 そんなことより、追いかけてくるエリンの対応を考えてほしいのだが……。


「狙われていたのはエリンだ、俺たちの任務とは別件だろう。三月うさぎに報告しておけば大丈夫じゃないか?」


 俺たち闇のサーカスが関わる仕事なら、別の団員が動くだろう。

 関わらないと上層部が判断すれば、ちゃんとした表の公的機関が動くだろう。


 どちらにしても、俺の任務じゃない。

 こんなややこしい依頼の最中に、あのクラスの腕を持つ連中を相手にするなんて、さすがに不可能だ。


「ですかね……あんな場所でわざわざ狙うなんて。襲撃者は、皇子が学園の人気者を殺した、犯人にしたかったんじゃ?」


「それは俺も考えたが、婚約破棄とは直接関係ないだろ。ただの反皇族勢力のプロパガンダじゃないのか?」


 反帝国を掲げる魔導院の連中なら、やりかねない。

 王国連合をバックに付け、最近は帝国内でも派手な活動をしている。


 俺の意見に、帽子屋は首を傾げる。


「うーん……でも婚約破棄の相手の、ブリジット公女ちゃん、あれ、ただ者じゃないでしょ。根っこで今回の件繋がってませんか?」


 まあ確かに、いろいろと変なヤツだ。

 それは大いに同意する。だが無関係を祈りたい。

 これ以上、仕事が増えたら困る。


「ちょっとあたしも独自に調べてみますね。イリュージョン様も気をつけてください」


「それより、相談したエリンの件だが……」


「そもそも、なんで助けたんですか? イリュージョン様が言われるとおり、任務に関係ないなら、ほっとけば良かったんじゃ?」


 帽子屋がぷくりと頬を膨らます。


「いや、まあ……ついでみたいなもんだ」


「話を聞いてると、エリンちゃんのヒーローはイリュージョン様のようですし。昔どっかで彼女を救ってませんか?」


「俺はヒーローなんかじゃない。知ってるだろ、アレは上層部が作った幻だ。俺はただ任務を遂行しているだけ……」


「じゃあ……任務のために、ブリジット公女ちゃんもエリンちゃんも、とっとと振っちゃってください」


 帽子屋は立ち上がるとスカートをパンパンと払ってから、俺を睨む。


「これ以上ライバルが増えても困るんですけど」


 ライバルって、これ以上刺客が増えるってことか?


 そんな意味不明なことを言って、突然俺の首に手を回した。

 上向きの大きな胸が、俺にあたってぐにゃりと形を変える。


「なにすんだ」

「恋人の練習です。ちゃんとやらないと、任務中にボロが出ますよ」


 甘い吐息が耳元にあたる。

 暖かくて柔らかな感触が肌を伝わり、鼓動が高鳴る。


「それより……」


 俺が顔をそらすと、帽子屋は手を背中に回し、俺の胸に顔を埋めた。

 ドキドキと鳴る俺の心臓の音が聞こえるんじゃないかと、心配になる。


「まあ、その『ついで』がなければ、今あたしも生きてないんですけどね。イリュージョン様はあたしのヒーローです。あなたが認めなくても、それだけは譲れません」


 俺が言葉を無くすと、帽子屋の震えるような呟きが聞こえる。


「……どうすれば、この傷が癒えるのかな」

 腕を解き、少し涙ぐんだ瞳で俺を見上げると、人差し指で俺の胸を優しくなぞった。


「違うんだ、俺は……」


「そんなんだから、エリンちゃんの件は、教えてあげません。自分で考えてください」


 帽子屋は俺の表情を確認するように見詰めながら、バックステップで時計台の屋根から飛び降りた。


「待ってくれ!」


「そうそう、イリュージョン様! 女心の対応なら、寮に届けておいた、あたしの資料を熟読してくださーい!」


 落下しながら手を振り、帽子屋は夕闇の中に消えてゆく。


 捨てたはずの感情がうずく。

 任務は理屈、感情は雑音――ずっとそう決めてきた。だが今、その雑音がうるさい。


 考え込んでいたら、時計塔の鐘が鳴り、放課後終了の時を告げた。


「俺も寮に戻るか」


 しかたなく俺は屋根伝いに飛びながら、三月うさぎの資料にあった寮へと向かった。



   × × × × ×



 学生寮とあったので、てっきりアパートメントのような集合住宅だと思っていた。


「平民なら、儲かっている商人が住む屋敷だな」


 資料にあった住所には、庭付きのちょっとした邸宅がある。

 渡された鍵を回すと、ちゃんと玄関が開いたから、間違いないようだ。


「いったい何部屋あるんだ?」


 こんな場所にひとりで住むのは逆に落ち着かない。

 ずっと部屋の隅で膝を抱えていたくなる。


 かといって、帽子屋と一緒に住むわけにはいかないし……。


 玄関の横に山積みになっていた『絵巻』や、俺の奇術の道具を見ながらため息をつく。

 この絵巻の山が、帽子屋の言う女心の資料らしい。


「今日はこいつを読んで時間を潰すか」


 『絵巻』とは最近市井ではやっている、転生者が持ち込んだ文化のひとつで、別名「まんが」とも呼ばれるものだ。

 俺は数冊手に取って、キラキラした絵を見て、またため息をつく。


「これでいったい、なにがわかるんだ?」


 屋敷内に盗聴系の魔術やトラップが仕込まれていないか確認し、物置部屋が見つかったので、そこに道具や寝袋を運び込み、ひと息つく。


「寝室にはダミーの人形でも寝かせておくか」

 あんな場所では、ゆっくりと寝られそうもない。


 カード、コイン、糸やナイフ。

 奇術道具のメンテナンスは、訓練と同じく毎日欠かしてはいけない習慣だ。


 魔法ランタンの灯りの下、俺は道具をチェックして行く。


 これらの道具には、一般の冒険者や魔法使いや騎士が見向きもしないモンスターや薬草から採取された、扱いづらいマジックアイテムが使用されている。


 例えば糸やマントに使用している『魔力反射』の蜘蛛の糸は、ダンジョンで見かけるポピュラーなトラップのひとつ。

 物理攻撃に弱く、力業で簡単に解除できる。しかも魔力ならなんでも反射してしまうため、魔力乱反射に悩まされ、扱いにくくて誰も見向きもしない。


 カードや白煙に仕掛ける薬品も似たようなもの。

 扱い方さえハマれば効果的だが、しくじればゴミ同然のアイテムばかり。


 “虚”と“実”を入り乱れさせ、相手を欺くトリックで制圧する。


 敏腕の剣士と正面からやり合ったり、魔法の広域攻撃や集団での波状攻撃には対応できないが、そうなる前に奇襲するのが、奇術師の戦いだ。


「実際今日も危なかったな」


 学園で無能を演じつつ、刺客に実力がバレたとしても、魔力が無いことだけは秘密として守り抜く。


「まあ、いつものことだが」

 常に欺き続けるのが、道化の仕事だ。


 しばらくするとタロットと呼ばれる異世界由来のカードのひとつが反応を見せた。

 確認すると『死神』のカードが薄く点滅している。


 この反応は、今日投げた追跡マーカーと遅効性の毒が塗布してある『吊るされた男』のカードに対するもの。


「ってことは、刺客が追ってきたか、あるいは近所に住んでいる」


 しばらくすると、反応が消えたので、俺はそのまま放置することにした。

「仲間が居るようだから、しばらく泳がせるか」


 俺は道具のメンテと、簡単な訓練を終わらすと、進められた絵巻をもって寝袋に入り込む。


「それより問題は、やはり、ブリジット公女とエリン対策だ」

 何しろこいつは、今までの任務にない最難関の大問題。


 そして帽子屋お勧めの“少女絵巻”を読み始めたが……。

 なかなか面白くって、ついつい深夜まで読み込んでしまった。


 物語の登場人物達が、陽の当たる場所で、些細な人間関係に一喜一憂する。


 ふと、“闇”になる前の……。

 育ててくれた旅芸人一座、立ち尽くしていた俺に手を差し伸べた妙な老人、仮の家族になってくれた優しい人々の笑顔が目に浮かんだ。


 ――誰ひとり守れなかった。


 手を伸ばしても届かぬ思い出に、時計塔の上で呟いた帽子屋の涙ぐんだ表情や、暖かくて柔らかな感覚が重なる。


「違うんだ、俺は」


 ついついそんな声が漏れてしまったが、俺の呟きは、どこにも届かず狭い部屋を漂う。

 小さく首を左右に振り、魔法ランタンの明かりを消して絵巻を閉じると、闇の静寂が俺の身を包む。




 しかし静けさの中……。感情という名の雑音が、なかなか消えなかった。

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