第四話 見えざる襲撃者
観客席の学生たちは熱気にわいていた。
「エリン様ステキー」
という女生徒の叫びや、
「エ、リ、ン! エ、リ、ン!」
という野太い男の声援。
そんなエリンの応援は、彼女の人気を裏付けている。
「くたばれ皇族!」
なんて熱烈な声もたまに混じってるから、学園での皇族批判が浸透していることもよくわかった。
街中なら一発で不敬罪の発言だが、賢者会が運営するこの学園は治外法権だから、許されるのだろう。
俺も同意見だし、学園万歳だな。
ミザリー教諭が元気よく腕を振り降ろすと同時に、エリンのファイヤーボールが3連弾で飛んでくる。
悪くない攻撃だが、モーションがデカいし詠唱にも時間がかかりすぎ。
思った通り観客席の刺客がタイミングよく、エリンの首筋を狙ってアイスジャベリンを放ってきた。
今の彼女じゃあ気づくこともできず、命を落とすだろう。
息を一拍殺す。アイスジャベリンの軌道を読み切る。
袖に隠してあるコインを手に取り、観客に気づかれないよう、指先で弾く。
アイスジャベリンが軌道を変え、訓練場の隅に着弾したのを確認し、一発目のファイヤーボールをブロックしながら後ろに飛びつつ流し受ける。
「うわー、熱い熱い!」
無様にのたうちまわるふりをして、2発目と3発目を避け、観客席を確認する。
アイスジャベリンを放った刺客は身を隠したようだが、帽子屋が反応し、走り出した。
「ちっ、全弾命中できなかったなんて。まあ見てなさい! これからだから」
エリンは腰に差していた剣を抜き、距離を詰めてくる。
俺が偶然だとしても、長距離弾を避けたからだろう。
だとしたら戦闘センスも悪くないが……。
「なによ、ちょこまかと!」
「うわっ、うわー」
スピードとパワー任せの剣は、あまりにも軌道がわかりやすい。
魔力も闘気に切り替えたせいか、周囲の探査魔法がおろそかだ。
そこを狙って、やはりアイスジャベリンが数回エリンを襲ったが、俺がコインで全て弾くと、攻撃が止まった。
どうやら刺客には俺のやっていることがバレたらしい。
しかも学生の熱気が邪魔だとは言え、あの帽子屋がまだ刺客を特定できていない。
――となると、相当の腕だ。
数人居るだろう仲間も、上手く動いて、帽子屋をかく乱している。
指揮系統もしっかりしているのだろう。やはり厄介な相手だ。
俺も派手に走り回りながら逃げるのはそろそろ限界。
これ以上避け続けたら、さすがに気付く学生も出てくるかもしれない。
なにより既に、エリンが疑いの眼差しを向け始めている。
「いったい……どういうこと?」
観客席からは、学生たちの笑い声が聞こえてくる。そろそろこのショーはフィナーレにすべきだ。
刺客が特定できなかったのは残念だが、まあそっちは俺の任務じゃない。
後で三月うさぎに報告しておこう。きっとなんとかしてくれるはずだ。
「まあいいわ、これでトドメを刺してあげる!」
怒り心頭のエリンが剣を上段に構え、詠唱をはじめた。
あまりにもスキだらけだから冗談かと思ったが、どうやら彼女は本気だ。
体中に炎が巻き付き、それが剣に集約されていく。
「出た、エリン様の必殺技! ファイヤーブレード」
「皇子なんてぶっ飛ばせ!」
観客もどんどんヒートアップし、熱気が膨張する。
さすがにアレを受けて倒れるのはちょっと痛そうだなあと、げんなりしていたら、もっと邪悪な魔力が観客席で一瞬揺らいだ。
「くそっ!」
気づいたのは俺と、帽子屋と……なぜか貴賓席のお嬢様とメイドのお笑いコンビ。
帽子屋はかく乱に引っかかって、反対方向にまわっていたから間に合わない。お笑いコンビは……この際、どうでもいいか。後で言い訳でも考えよう。
あんな魔力を打ち込まれたら、エリンの魔力と反応して、大爆発を起こしかねない。そうなれば、この会場の学生たちにも被害が出る。
しかたなく俺は叫び声を上げながらエリンに突進する。
「うおおおーっ!」
「な、なに!?」
驚くエリンに抱きつきながら、白煙ビンを割る。
これなら、エリンの魔法が暴発したと観客は勘違いするはずだ。
驚いて体勢を崩したエリンの柔らかな胸が押し当てられ、甘い匂いが鼻を突く。耳元でかすかな吐息がかかり、理性が飛びそうになるが……。
今は一刻を争う事態だから、頑張ってそれを無視した。
もうもうと立ち上がる煙に紛れ、俺はシルクハットとマスクを被り、マントでエリンを包む。
敵意をもって熱狂する観客、襲い来る見えない刺客。守らなくてはいけない舞台上の美女。
演出は過剰なくらいだ。
さあ、俺はこれから世間を欺く幻想になる。
――舞台は整った。悪いが、ここはもう俺の独壇場だ。
「まさか……」
驚愕に目を開いたエリンの首筋にトンと手を当て、意識を奪い取る。
「そろそろ終演だ」
マスクを被った高揚感のせいか、ついついそんな言葉が漏れてしまう。
同時に、観客席から飛んできた魔力が着弾する。
帽子屋が作成した『魔法反射の糸』を織り込んだ対魔法マントが、内側からエリンの炎、外側から刺客の放った冷気の魔力に挟まれ、破れはじめる。
だが予想どおり、襲撃した刺客の位置は確認できた。
「もう逃がさないぜ、俺の大切なマントを台無しにしたんだからな!」
追跡マーカーと遅効性の毒を付けたカードを刺客に向かって投げる。
爆煙に混じり込ませ、魔法探知を避けるために弧を描いて飛んで行ったカードからは、刺客を捕らえた手応えが返ってきた。
追加の攻撃はなく、気配も消える。
やがて白煙も薄まり、息を飲む観衆達の視線が集まってくる。
後はぶざまに俺が悲鳴でも上げながら倒れれば、終演だが……。
エリンを確認すると、俺が強引にマントで覆ったせいか、自分の炎で服があちこち燃えていた。
サラサラ流れる銀髪に包まれた、ガラス細工のように美しい寝顔は傷ひとつなく安らかだが……。
スカートは全焼で、ブラウスもあちこち焦げ落ちている。
いろいろと生々しくって直視できない。
……しかも、なぜかイメージと違う、かわいらしい花柄の下着だし。
なんとか頑張って火傷や怪我がないか確認した後、俺は破れたマントやシルクハットを隠し、着ていた貴族服の上着を脱いで彼女の体にそっとかける。
これなら、回復魔法も必要ないだろう。
白煙が消えると同時に、俺は大声を上げてのたうち回りながら、カードが着弾した位置をハンドサインで帽子屋に送る。
それに気づいた帽子屋が追走する。
「うわっ、あーっ! 熱い、痛い!」
慌てて駆け寄ってきたミザリー教諭が、スヤスヤと眠るエリンと、のたうち回る俺を交互に見て、
「しょ、勝者エリン!」
と、叫んだ。
やっと迎えた終演に観客席を盗み見ると……丸焦げになった俺を見て大笑いしている学生たちに交じり、貴賓席のお笑いコンビは立ち上がって、拍手している。
ブリジット公女は俺に向かって熱狂的に、ツインテールのメイドはため息交じりに。
既に着弾位置に移動していた帽子屋と目が合うと、申し訳なさそうに首を左右に振った。
あいつがこのタイミングで取り逃がした? 信じられなくって、息を飲む。
そこまでの腕となると……あの“傾国の魔女”がいた魔導院の『暗殺旅団』か、同じ帝国の、“闇”とは別の秘密組織『北花壇騎士隊』しか思い浮かばない。
嫌な予感しかしないが……。
とりあえず怪我人なしで乗り越えられたことに、俺はぐったりしながら、小さな安堵の息を漏らす。
確認のためエリンに視線を向けたら、真っ赤な顔で俺のかけた上着で身体を隠しながら、こちらを睨み、
「見つけたわよ、もう逃がさないから」
周囲に聞こえないような小声で、ポツリと、そう呟いた。
やはりどこかで、俺はなにかを間違えたようだ。




