第三話 才女エリン・フォーワード
――どうしてこうなった?
学園に潜入した俺は、なぜか多くの学生たちに囲まれ、公開処刑されることになったようだ。
ああいや、名目上は再入学試験のための模擬戦か。
しかしなんだろう、これ? 俺は、今日何度目かの自問自答を繰り返す。
むせかえるような熱狂がコロセウムを包んでいる。
正面には声援を受けて立つ、銀髪の才女エリン・フォーワード。
「それではチャーリー、エリンさん、杖を構えて。チャーリー、震えてますが大丈夫ですか?」
教諭用のローブを身につけ、楽しそうにニヤニヤ笑う女性教諭に話しかけられ、驚く。
彼女はミザリーと言うらしい。
タイトなミニスカートからはみ出す網タイツが、実によく似合う。
ああ、そうだった。今の俺はチャーリーだったな。
「問題ありません」
俺が使ったこともない魔法の杖を構えると、正面に立っていた銀髪の美少女があきれたようなため息をつく。
「構えすらできてないのね。まあいいわ、すぐに楽にしてあげるから」
俺が観客を欺くためにわざと震えると、エリンとミザリー教諭が同時に微笑む。
二人とも、どうかそんな目で見ないでほしい。俺の新しい性癖の扉が開いてしまいそうだ。
ミザリー教諭が楽しそうに、挙げていた腕を振り下ろすと、エリンが攻撃魔法をぶっ放した。
やれやれ、なんでこうなった?
× × × × ×
そもそもこの女教諭、初めから俺に敵意があってやりやすそうだった。
そういう意味では、実に素敵な女性なのだが……俺がどうも、対応を間違えたようだ。
やはり人間関係は難しい。
お嬢様とメイドの美少女お笑いコンビが去って、学園長室の前でまた、帽子屋に小言を仰せつかっていたときだ。
「ぜんぜん女心がわかってません、そんなんじゃダメダメです! 今度あたしがお勧めの『少女絵巻』を貸してあげますから、ぜひ読んでください。もう、キュンキュンしますから。そういうの女の子には大切で……」
この小言がいつまで続くのか不安になっていたら、
「あなたがチャーリーですか? 私は大学部魔法科教諭、ミザリーです」
そんな声がして、帽子屋の言葉が途切れ、ちょっと安心する。
振り返ると、30歳前後だろうか? ロングの黒い教諭用の魔道士ローブを羽織った、金髪つり目の痩せた美女が俺を睨んでいた。
ムチとか持たせたら、夜の街で人気が出そうなタイプだ。
行ったことないけど、そんな気がしてならない。
「はい、そうですが」
俺が微笑み返すと、
「突然連絡を入れられても、こちらにも都合があります。学園長はお忙しいため、急きょ私が対応することになりました」
ミザリー教諭はそういって俺を足元から順に見上げ、フンと鼻をならした。
「それからここでは身分は関係ありません、皇族だろうと皆平等に扱います。文句があるようでしたら、どうぞまたご自宅で引きこもってください」
そして、俺の反応を伺うようにニヤリと笑う。
むしろここまで敵対心を全面に出してくれると、やりやすい。
さっきみたいな面白コンビなど、対応方法がわからなくて困るが、このタイプなら任務で幾度も出会ってきた。
だから俺は嬉しくなって、心の中で感謝の意を表したぐらいだ。
「突然の復学申込、申し訳ありませんでした。ご対応感謝します。しかし皆平等というのは素晴らしいですね」
安堵しながら返答すると、眉根を寄せてさらに睨み返された。
また何か対応を間違えたのだろうか?
帽子屋を見ると、こちらも嬉しそうに笑っている。さすが切り替えが早い。
「私はマリーといいます。今日からこちらに留学生として……」
帽子屋が話を始めると、それをさえぎるように手に持った用紙を渡し、
「あなたは高等部の錬金科ですね。こちらの塔で別の教諭が対応します」
とっとと去れと、手で払うような仕草を見せた。
帽子屋は笑顔で用紙を受け取り、女教諭に丁寧なお辞儀をすると、俺にウインクしてから立ち去った。
まあ、彼女なら俺より潜入捜査になれているし、人間関係の構築も上手い。
心配にはおよばないだろう。
「それで僕はどうすれば?」
こんな場所で立ち話もなんだろうと、指示を仰ぐ。
「この学園の大学部の魔法科は帝国一、いえ大陸一の難関です。あなたが見合うほどの実力があるかどうか、まずはテストします」
「なるほど……もっともなお話ですね。で、どんなテストを」
「ついてきなさい」
ミザリー教諭はそういうと、大きなお尻を揺らしながらカツカツとハイヒールを鳴らし、颯爽と歩き出した。
きっとあのハイヒールに踏まれたいと願う学生も多いことだろう。
そんな気がしてならない。
しかし話が早く簡潔で素晴らしい。雰囲気もやっと、潜入任務らしくなってきた。
俺は安堵しながら、快く前を歩く女教諭を追った。
そう、ここまでは上手く行ったと思っていたのだ。
それが甘かったのだが……。
× × × × ×
連れてこられたのは学園の端にある、戦闘訓練場の控え室だった。
「我々教諭陣の誰かが相手をしてもよかったのですが、彼女の希望もありましてね」
中に通されると、学生用のハーフの魔道士ローブを羽織った、スレンダーな銀髪の少女ひとり。
彼女は俺と教諭に気づくと立ち上がり、ローブをひるがえしながら凜と背筋を伸ばす。
「引きこもりの皇子だと聞いていたので、もっと怠惰な男を想像してましたけど……多少は楽しめそうですね」
引きこもりを非難するのは辞めてほしい。彼らにだって理由はあるのだ、きっと。俺にはなんとなくわかる。
しかし敵がい心を隠さず微笑む姿は、美しくもあった。
長いストレートの銀髪はサラサラと音を立てて揺れ、整った目鼻立ちに切れ長の銀の瞳は、精巧なガラス細工のようだ。
ローブの中の学生服は、白いブラウスの胸元がわずかに開き、黒のミニスカートから伸びる生足が眩しい。編み上げブーツが脚線を美しく強調していた。
帽子屋や先ほどのお笑いコンビとは違う種類の、女性の魅力が感じられる。
胸の大きさに優劣はない。それを実証できる、素晴らしいスタイルだ。
彼女も三月うさぎがくれた資料に載っていた。
エリン・フォーワード。19歳で大学部2年生だから、俺と同学年になる生徒だ。
19歳は本物の皇子の年齢で、俺の実年齢より2歳年上になる。
俺はまだ17歳で、帽子屋と同い年。
彼女は学園主席の才女で、下級貴族の出身だがたゆまぬ努力で這い上がり、大学部に入ってからは奨学金と栄誉を勝ち取ったそうだ。
資料には反皇族の思想がうかがえるため、接触は控えろとあったが、まあこの状況なら多少の接触はやむを得ない。
「どうぞお手柔らかに」
状況からして、彼女が試験官として何かするのだろう。
俺が握手を求めて手を差し出すと、何か汚いものでも見るように、フンと鼻をならしてそっぽを向いた。
「これから訓練場でエリンさんと模擬戦をおこないます。ああ、安心してください。腕のよい回復魔法士が控えておりますので、即死以外はなんとかなります」
ミザリー教諭が楽しそうに笑う。実にサディスティックだ。
やはり彼女には夜の街が似合いそうだな。
「断ってもいいのよ、その代わり再入学は認められないそうだけど」
エリンは哀れむような視線を俺に投げかけた。
と、なると。ミッションはこの模擬戦を受け、なおかつ目立たないように、合格できる程度に適当に負ける。に、なるのだろう。
よしよし、その手の任務なら慣れている。
俺が承知したとばかりに頷くと、その態度が不服だったのか、エリンとミザリー教諭に睨まれた。
「なめてるの? あたし学生相手の模擬戦で負けたことないのよ。あなた入学試験に不正の噂もあったそうね。少し怪我でもしないとわからないのかしら」
エリンが憤慨しながら詰め寄ってくる。
威嚇の意味もあったのだろう、彼女を包む魔力がフワッと膨れ上がった。
量質ともに素晴らしい。攻撃的な火属性の魔力は、現役の一般騎士や冒険者の中に混じっても十分通用するレベルだ。
もっとも、数日前に出会った“傾国の魔女”クラスには、まだまだおよばないが。
「いや、そんな意味ではなく」
威嚇してきた魔力ではなく、美少女に詰め寄られたことに驚いて、俺は震えながら両手を上げる。
こらこら、陰キャを脅すんじゃない。本当に困るんだ、そういうの。
おびえていたら、何かがポトリと音を立てて落ちた。
拾い上げるとそれは、シルクハットにマント姿で道化のマスクを被る、小さな手彫りの人形。
最近上層部が流した噂を元に、街で人気が出ている『幻想』のキャラグッズだ。
「なんだこれ?」
俺が嫌そうな顔で人形を見ていたら、真っ赤な顔のエリンが全力で奪い返す。
慌てふためくエリンは、悪戯がバレた子供のようで、どこかかわいらしくもあった。
なんだかキャラが崩壊して、ポンコツ臭が漂いはじめた気もするが……。
「あのっ、これは、その。ちがうくて……」
先ほどの凜とした佇まいからは想像もできないほど、あせりまくっている。
大切そうに両手で人形を包み込む姿は、尊ささえ感じた。
推しが大切なのはとても良くわかる。だがそいつはやめておいた方がいい。
「な、なによ! あたしのヒーローに文句でもあるの!!」
そんな言葉に、ついつい苦笑いがこぼれてしまう。
「幻想はヒーローなんかじゃない」
ただの、なにも守れなかった、残念なヤツだ。
そう言おうとして、言葉を飲み込む。
するとエリンは、
「もう許さない! 民衆のヒーローをバカにするなんて、帝国の腐敗は皇族が原因だって噂も、嘘じゃなさそうね」
と顔を真っ赤にして詰め寄ってきた。
「ああいや、ごめん」
「だいたいそのネクタイの結び方とかもダサいのよ、数年前にはやったみたいだけど……。そっか、数年前から引きこもってたのよね!」
「そうなんだ」
そうか、やっぱり俺は三月うさぎに騙されたのか。
しょげる俺に少しだけ溜飲が下がったのか、エリンは大きく息を吸ってから、大事そうに人形をしまって、指を向けた。
「やっぱり大怪我程度はしてもらうわ! プロフェッサー・ミザリー、観客を断ってたけど、今から集めてください。模擬戦じゃなくて公開処刑にしてやります!」
どうやら少しの怪我が大怪我に変わり、公開処刑で落ち着いたようだ。
俺はなにを失敗したのだろう?
やはり女心ってヤツだろうか。ちゃんと帽子屋に『少女絵巻』を借りて、研究する必要がありそうだな。
俺が悩み込んでいたら、ミザリー教諭が頷き、
「今日明日は舞踏会の準備で授業は休みですからね。1時間もすれば集まるでしょう」
そういいながら楽しそうに笑った。なんか舌なめずりまでしてるし。
こちらは安定のサディスト感だな。
そして俺は1時間後、戦闘訓練所の中央で首をひねっていた。
――どうしてこうなった?
目立たないように任務を遂行するはずが、自分から火に油を注いでいるような気もしてならない。
しかもさっきから、観客の熱気に混じり、冷たい殺気と不穏な魔力が感じられる。
いくら観客席を探しても見つからないから、それなりの腕のやつらが複数人、学生に紛れて行動しているのだろう。
俺を狙っているのなら、まだ楽なのだが……この殺気の矛先は、どう考えても正面に立つエリンだ。
残念な事に、こんなにわかりやすい殺気に、エリンもミザリー教諭も気付いてくれない。
「ってことは、彼女に再入学試験に合格できる程度に負けながら、襲撃者から守り、観客の目を欺きながら、目立たないようにする……」
なにげに難易度が上がった気がするんだが?
目をこらすと、貴賓席らしき場所を陣取り、両手を握りしめて俺を応援しているブリジット公女の姿があった。
隣でツインテールのメイドがうちわで扇いでいたが、元気になったようで何より。
その近くには、学生に紛れるように行動している帽子屋の姿もあった。
観客席で感じる殺気の正体を探ってもらおうと、アイコンタクトを送ると、熱視線を送るブリジット公女と、真っ赤な顔で俺を睨むエリンを交互に眺めた後……。
俺を見て親指で首を切るジェスチャーを返してきた。
はて、彼女はなにをしているのやら。
観客は満員だったが、残念な事に、俺の味方はどこにも存在していなさそうだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
古き良き? というか、今のなろうのトレンドからちょっと外れてますが、
主人公が格好良く、魅力的なかヒロインが沢山いて、
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