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第十六話 暗闇の交響曲(シンフォニー)

 踊り終わって、エリンに引き続き会場の状況確認を頼んでと別れると、背の高い金髪イケメンに微笑みかけられた。


 歯とか光ってるし、なんかオーラのような輝きがキラキラしてる。

 ブリジット公女の兄、ロバート・ラゴールだ。


「ナタリーから話は聞いた、頼みがあるんだが」


 兄妹だけあって、やはり顔は似ていた。ブリジット公女のように華があり、意志の強そうな碧眼に、真ん中で分けた肩までの長髪がよく似合う。


 魔法剣士としての実力も高いと聞いていたが、筋肉質ではなく、スラリと均等のとれた体躯を豪奢な貴族服に包んでいた。


「場所を変えますか?」

 俺がホールの外に目線を向けると、


「悪巧みは喧噪の中で、にこやかに話した方が広がらない」

 そう言って、楽しそうに笑う。


 周囲を見回したが、皆自分たちの話題に霧中で、こちらを見ていない。

 今変に移動した方が目立つだろう、確かにいうとおりだ。


 ロバートは手に持っていたぶどう酒の入ったグラスを、俺に渡そうとして止める。


「近くで見ると意外と幼いな、本当は幾つだ?」

「ナタリーから?」


「いや、あいつはしゃべってない。俺も初めから気づいていた」


 そう言いながら、渡そうとしていたグラスのぶどう酒を一気に煽る。


「模擬戦は見ていた。動きがチャーリーとは違いすぎる」

「17歳」

「じゃあ、こっちだな」


 近くにいた給仕からジュースの入ったグラスを受け取り、俺に渡す。


「実は昔、妹にちょっかいかける悪童のひとりだと思ってな。チャーリーに斬りかかったことがある」


 いくら貴族筆頭の公爵家とはいえ、皇族に斬りかかるのは、おかしいだろう。

 懐かしむように笑うロバートに驚いていると、俺の耳に顔を寄せ、


「そしたらな、逆にコテンパンにやられた」

 そうささやいてから、また楽しそうに笑いだす。


「以来、あいつを打ち負かすことばかり考えていたが……俺の願いは、かなえられそうか?」


 そして腕を組んで、どうだとばかりに俺を見る。


 ロバート・ラゴールは、どうやら噂どおりの男だ。

 癖が強いが、大胆で行動力があり、皆に好かれる性格。


 表舞台で活躍するであろう、カリスマ性を持っていた。


「頼み事って、それですか?」

「そうだ」


 しかし、なんだかちょっと、頭が痛い。


「妹さんの件では? 今日婚約発表なのでしょう」

 一応、確認してみる。


「チャーリーのヤツがぐだぐだしているから、問題が大きくなった。どうせ両思いなのだから、背を押してやろうと思ったが……」


 そしてチラリと俺を見る。

「妹とナタリーから話は聞いた。何を企んでいる? 場合によっては、協力してやってもいい」


「今ある開戦の危機を消して、ふたりを会わせる」

 俺の言葉にロバートは「うーん」と唸って、首を傾げた。


「わざと襲撃させて、それを叩きのめし、あのバームのバカ王子に釘でも刺す気か?」


 頭の回転も速い。婚約発表を止める説得が必要かと身構えていたが、どうやら大丈夫そうだ。


 俺が頷くと、ロバートは真面目な表情で俺を見詰める。


「いまだくすぶる南方戦線の、後ろにいるのは王国連合だ」


 ロバートは新しく給仕から受け取ったぶどう酒のグラスを煽る。

 かなり呑んでいるようだが、表情ひとつ変らない。


「なんらかの形で決着を付けなければ、国が揺らぐ。国が揺らげば、多くの民が路頭に迷う。それは、戦争より悲惨だ」


 確かにその通りなのだろう。しかし……。


「戦争以外で道を開くのが俺たちの仕事だ」

 例え、帝国に道化として踊らされているとしても。


 無言で渡されたジュースを煽ると、ロバートはゆっくりと首を左右に振った。


「やはりお前は任務で忍び込んできたネズミか。まあ、今回は任せる。見事踊り切れたら、俺からも褒美を出そう」


「そんなものはいらない。足下をすくわれないよう、せいぜい注意してくれ」

 俺がグラスを返して睨むと、ロバートは大きく目を見開いてから、また楽しそうに笑った。


「いいね、気骨のある男は好きだ。今の俺の言葉は取り消して謝罪しよう。――健闘を祈る」


 そう言って勝手に立ち去ろうとしたので、呼び止める。


「チャーリーは逃げちゃいない。ヤツはこの会場にいる。あなたが勝てるかどうか知らないが、合わせてやろう。好きにしろ」


 ロバートは振り向くと、俺を見て嬉しそうに笑った。


「まだお前の名を聞いてなかったな」

「幻想――そう、呼ばれている」


 俺の呟きに驚くと、ゆっくりと目を閉じて、どこか悲しげな表情で頷く。

 そしてロバート・ラゴールは、なにも言わずに立ち去った。


 まるで光の中にいるような男だった。正しく、真っ直ぐで、大きくて強い。


 ジュースの甘い香りが、喉に絡みつく。

 給仕から水をもらって、洗い流すように飲み干したが、まだ何かが喉に引っかかる。


 そして、小さくため息をついたら、会場の灯りがすべて消えた。


 オーケストラの演奏も止まり、あちこちから悲鳴も聞こえる。

 ――ああ、やっぱり“闇”が俺を包む。


 輝く場所での出来事に、闇は必ず落ち、弱い人々が飲み込まれてゆく。

 その闇の深さは、輝く場所からは測れない。


 俺は小さく息を吸い込むと、マスクと帽子を被り、マントをひるがえして、闇に溶け込んだ。



   × × × × ×



「イリュージョン様」

 ピッチリとしたバトルスーツに身を包み、俺と同じ道化師のマスクをした帽子屋が俺の背後に立った。


「マーカーは付けられたか?」

「問題なく……しかし、まさか、彼が」


 帽子に仕組んである追跡魔道具を確認すると、マーカーはブリジット公女の方角に移動していた。


 これでチャーリー皇子も舞台に上がった。

 後は、バームのバカ王子に釘を刺すだけだ。


 懸念事項は、この明かりを消したのが、エリンを狙う『反帝国』思想の学生かもしれないことだが……。


 舞踏会の出席者に紛れ込んでいたエリンが、グリフォンのマスクを被る。

 俺が帽子屋を見ると、


「間に合わせですが、エリンちゃんのマスクにも同じ機能を付加しました」


 そう言ってニコリと笑った。

 相変わらず仕事が早くて有能だ。


「だが任せるのは危険じゃないか?」

「模擬戦の時は、力をセーブしてたみたいです。あの火力は、学生レベルじゃ太刀打ちできませんよ」


 エリンは帽子屋と共同で、今朝襲撃者を撃退したから、確かにそうかもしれないが……。


「本気出すと、服が燃えるんじゃなかったか?」

 あれを周知に晒すのは危険すぎる。破壊力が半端じゃない。


「そちらも対策済みです」


 帽子屋が自信満々に頷く。

 さっき踊ったとき、あのドレスにそんな仕組みがあるなんて、気づかなかった。


 俺が驚いていると、


「予算と時間の都合でアンダーウェアだけになっちゃいましたが、見えても問題ないデザインには……たぶん」


 帽子屋が苦笑いしながら、そんな事をポツリと呟く。

 それって、安心できるのだろうか?


「まあ……まずは、予定どおりあの3人を押さえるか」


 貴賓席に目をやると、バームの王子と、近衛騎士と、魔女がホールに向かって歩き出した。狙いはブリジット公女で間違いない。


 貴賓席の背後では、ミザリー教諭が慌ただしく指示を出している。

 彼女に任せれば、会場に待機している教諭陣が、舞踏会の客を安全に避難させるだろう。



 なら後は、世間を欺く幻想イリュージョンとして任務をこなすだけ。

 ――舞台はやっと整った。


「じゃあ行こうか、帽子屋」




 俺は勢力の入り交じった複雑な交響曲シンフォニーを終わらせるために、闇の中を走った。

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