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第十四話 序曲(プレリュード)

 中央講堂横の坂を少し下った場所に、メインホールと呼ばれる会場がある。


 元々は武道場として設立されたそうで、正式名は『武道館』。最上部には武をつかさどる金の球体が飾られているが、今や誰もその名で呼ばないそうだ。


「皇子……、やはりこういうのは、困る」


 タキシードを着た俺が、ドレスアップしたナタリーとふたりで、メインホールに向かってゆったりと歩を進めている。


 焼け跡に残っていたブリジット公女のドレスをお借りし、帽子屋が髪をアップにまとめてくれた。

 元々の素材が素晴らしいから、今は注目を引くほどの品のある美しいご令嬢だ。


 現に、ホールに向かう学生や招待客が、羨望の眼差しでナタリーを見ている。

 しかしナタリーは、恥ずかしそうにうつむくばかり。


「打ち合わせしただろう。エリンは招待客として先に会場入りして、内部の状況調査。マリーはオーケストラに化けての作戦遂行だから、ナタリーしかいないんだ」


 俺たちの役は、まずメインホール周辺の敵のあぶり出しだ。


「セオリー通り、潜んで偵察ではダメなのか?」

 ナタリーは、斥候経験もあるそうで、知識も豊富だった。


「悪くないけど、効果的じゃない」


 奇術の基本動作のひとつに、わざと違う場所やタイミングで注目を集め、そのスキに種を仕込む方法がある。


 今回の行動には、オーケストラとして潜入する帽子屋から注目をそらし、エリンの作業を楽にする狙いもある。


「あたしは亜人だ。こんなドレスを着て歩いても、注目など集まらない」

「そんな事はない、皆ナタリーの美しさに目を奪われている」


 俺が微笑みかけると、ナタリーは驚いたように大きなパープルのつり目を、パチリと瞬かせた。


「本当にそう思っているのか? でも……」


 会場に急ぐ舞踏会の出席者には、ナタリーの肌の色に気づき侮蔑の言葉を吐き捨てる輩もいたが、俺はそれを無視して笑顔でエスコートするための腕を差し向けた。


「他人がどう言おうが、知ったことじゃない。俺は本当にそう思っている。どうかそれを信じて前を向いてくれ」


「バカ……」


 ナタリーは照れたように小さくそう呟くと、そっと俺の腕を取った。


 アップにまとめた髪の、後れ毛が夜風に揺れる。

 大きく首回りが開いたドレスからこぼれそうな谷間が、俺の腕に押されて形を変えた。


 もし問題があるのなら……ナタリーの胸が大きすぎることぐらいだ。

 ブリジット公女もなかなかだったが、それでもサイズが微妙に合ってない気がする。


「あー、ナタリーは俺が皇子じゃないって、最初から気づいてたよな」

 自分でエスコートしといて、今になって恥ずかしくなる。


 そっぽを向きつつ、照れ隠しで呟くと、


「声が違ったからな」

 ナタリーが俺の顔を覗き込んで、ニヤリと笑う。


「声?」


「お嬢様の手紙を届けるために、皇子の屋敷に何度も足を運んだ。お顔は拝見できなかったが、ドア越しに声を数回聞いたことがある」


 そうか、あいつら文通してたのか。資料にそんな話は書いてなかったぞ。

 やはり、今晩は痛い目にあわせてやろう。


 俺がふて腐れていると、ナタリーは弾むような足取りで体を寄せてきた。


「皇子と呼ばない方が良いのか?」

「後もう少し、そのままで」


「そのままというのは、この体勢のことか?」

 その言葉にナタリーを見ると、俺の肘がスッポリと谷間に沈み込んでいた。


「あっ、いや、それは……」

 自分で顔が赤くなるのがわかる。


 ナタリーは嬉しそうに俺の顔を見上げると、

「つくづく変な男だな、お前は」


 新しいおもちゃを見つけた子供のように笑って、さらに身体を密着させる。


 柔らかな感覚が俺の腕を包み、夜風に乗って、女性特有の甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。

 周囲から嫉妬のようなささやきまで聞こえてきた。


 まあ、目立つのが目的のひとつだが……どこかでなにかを、俺は間違えたのかもしれない。


 しばらくふたりで人混みの中を歩くと、

「正面にひとり、後ろに3人」

 耳元で、ナタリーが俺にだけ聞こえる小声でささやく。


「いや、後ろは4人だな」

 俺が訂正すると、意識を集中させたのが、腕をつかむ手に少し力が入る。


「さすがだな。で、どうする」

前奏曲プレリュードは始まった。せっかくの舞踏会なんだ、派手にいこう」


 俺はナタリーの細い腰に腕を回し、抱きかかえながらターンを切る。


「きゃっ!」

 ナタリーは小さな悲鳴を上げたが、大きくリフトすると俺の顔を眺めて、やれやれとばかりに首を振った。


「後ろの4人を頼む。おかげで大物が釣れたようだ」

「ちゃんと残しておけよ、あれがあたしのメインディッシュだ」

「善処するよ」


 小さな身体を両手でリフトしたまま、勢いを増してもう一度ターンする。

 ナタリーがバランスを取りながら、後方の刺客を確認する。


 驚いた周囲の人々が悲鳴を上げたが、構わずナタリーを放り投げると、空中で回転しながらハルバートを顕現させた。


 同時にファイヤーボールやアイスジャベリンの集中攻撃が彼女を襲ったが、余裕でナタリーの剣技がそれをはじき返す。


 ――やはり彼女は美しい。


 逃げ惑い始めた人々を、警備員に紛れた教諭陣たちが誘導する。

 坂の上の中央講堂横には、打ち合わせどおりミザリー教諭の姿があり、陣頭指揮を執っていた。


 学園が介入できるのは、警備まで。戦闘には介入しない。

 その約束だが、上手く刺客が人混みに紛れるのを防ぎ、こちらに誘導してくれている。


「これなら怪我人も出ないし、討ちもらしも出ない」


 俺を狙って飛んできたファイヤーボールをかわし、爆風に紛れてマントをひるがえしながら、帽子と道化のマスクを被る。


 そして煙が晴れると同時に、うやうやしく正面に立った敵に一礼する。


「やあ、元気そうだね」


 しかしその男はハルバートを構えると、汚らしく唾を吐きかける。


「あんな醜い亜人を引き連れて、なにが楽しいんだ?」


 そして、品のない笑いを俺に向けた。

 やはりこの男は、舞踏会の夜に似つかわしくない。早めにご退場願おう。


「お前のインチキ対策は、魔導院のヤツらが教えてくれた。種がわかれば、糸もカードも怖くねえ。それに妙な仕掛けはあらかた壊されたんだろう? 今朝のようには行かねえぞ」


 品のない笑いと共に、ねっとりとした快楽殺人者特有の闘気が周囲に溢れる。


「種も仕掛けも存在しないが……悪いが、ここはもう俺の独壇場だ」


「言ってろ、本物の武術を見せてやる!」


 笑い返した俺に、“惨殺のダグラス”は大声を張り上げ、ハルバートを振り下ろした。



   × × × × ×



 爺さんと旅をしていた頃、奇術の基本動作として、闘気を使わない不思議な体術『ジュー・ジツ』と、同じように闘気も魔術も使わない剣術、『イアイ・ジツ』を習った。


「イアイ・ジツは上手くなったが、ジュー・ジツは相変わらずだな」


 旅一座でナイフ使いだった俺は、剣術の習得は早かったが、体術は苦手だった。


「体術なんて、結局力押しだろ? 体格がデカいヤツには勝てないし、ましてや闘気を持つ相手になんて……そもそも勝負にならない!」


 俺が稽古中に不満を漏らすと、爺さんは楽しそうに微笑んだ。


「ジュー・ジツの極意は、相手の力を利用し、大地の力をも味方に付けるところにある。その気になれば、体長3メートルのオーガだって投げ飛ばせる。奇術の極意もそこにある」


 その時俺は笑ったが、旅の途中で爺さんは……。

 俺を守るために、体長10メートルを超えるドラゴンの亜種を、ジュー・ジツで投げ飛ばして見せた。


 まだその域に俺は達していないが、以来稽古は1日も欠かしたことはない。

 もしまた会えるのなら……進化した俺の奇術の腕を、見てほしい。





 ダグラスが振り下ろしたハルバートが、爆発するような闘気をまとい、俺をめがけて伸びてきた。


 糸やカードの攻撃を防ぐ意味もあるのだろう。スピードとパワーで力押ししようとしているのが見え見えだ。


 俺はハルバートをかわし、一気に距離を詰める。


「血迷ったか!」

 闘気を持たない俺が接近戦を挑んできたことに、あきれるような笑みを浮かべた。


「どうかな?」

 闘気に頼る連中は、いつも足下がおろそかだ。


 タックルを仕掛けた俺を、ハルバートの柄で払おうとした瞬間、脚をかけてバランスを崩してやると、コロンと後ろに転がる。


「ちっ!」

 舌打ちしながら慌てて立ち上がり、横薙ぎにハルバートを振るうが、体勢が崩れすぎている。


 腕力だけで振るわれたハルバートを飛び越え、真横に着地しながら奥襟をつかむ。


「なにを!」

 驚くダグラスの懐に入り込み、爺さんの得意技のひとつ『セオイナゲ』をかける。


 受け身がとれないタイミングで手を離すと、ダグラスは大きく何度も転がり、ハルバートも手から離れた。


 大地の力を味方に付けたジュー・ジツは、やはり闘気に負けない。

 爺さんの教えに近づけた気がして、どこかから達成感がわく。


 怒り心頭で俺を睨むダグラスに、俺は笑いかける。


「どうした、本物の武術を見せてくれるんじゃないのか?」


 わざと間をおいて、ダグラスにハルバートを拾い上げる時間を与える。

 SSクラスの戦士の腕は、伊達じゃないようだ。


 冷静になって攻められたら、勝ち筋が消える。

 だがもう、ヤツは俺の手のひらの上だ。


「くそったれ、どんな卑怯な技を使ってるんだ! どうせ種があるんだろう」


 慌ててハルバートを拾い上げながら大声で毒づくダグラスの周囲には、多くの人が集まってきている。


「さあ、もしそんなものがあるのなら、その武術とやらで見破ってくれ」


 俺は集まったギャラリーに帽子をつまんで挨拶しながら、攻撃をよける。

 冷静さを失ったダグラスの力任せの攻撃は避けやすく、返し技の投げも決めやすかった。


 何度も転がるダグラスに、周囲から笑いが漏れる。


「殺す、必ずお前は殺す……生きたまま皮を剥いで、泣き叫びながら命乞いをする姿を眺めながら、トドメを刺してやる」


 完全に正気を失ったダグラスは、もう脅威ではなかった。

 このショーも、もう終わりにできると安堵していたら、


「こいつは使いたくなかったが、しかたねえ。寿命が縮むとは聞いたが、数十年削られても、長命なドワーフ族の俺なら……」


 鎧の隙間から、茶色い小瓶を取りだし、一気に煽った。


 背後からナタリーが走り寄ってくる。


「やはり、魔導院から秘薬を渡されてましたか」

 振り返ると、肩で息をするナタリーが嫌悪の表情でダグラスを睨んでいた。


「秘薬?」


「もうひとつの脅威の正体……あれはそのひとつ、寿命と引き換えに、魔力や闘気を向上させる薬で……」


 ナタリーの話の途中で、ダグラスの闘気が爆発するように向上した。


「あっはっはっは! もうこれでインチキは通用しねえぞ、その薄汚え女と一緒に、今始末してやる」


 ダグラスの顔面が赤黒く変色し、血管が浮き出し、ドクンドクンと音を立てて脈打つ。


「向こうは片付きました、加勢します」

 ダグラスを見て、震えながらハルバートを握るナタリーを、手で制す。


「心配するな。あれじゃあ、逆にやりやすくなっただけだから」

「そんな、バカな……」


 ナタリーは驚いて俺を見たが、やはりこのショーはもうフィナーレだ。

 ダグラスの闘気は何倍にも膨れ上がったが、冷静さはどう見ても低下している。


 ナタリーを下がらせ、俺がひとりでふらりと近づくと、ダグラスは怒り任せにハルバートを振り回した。


 もうそこには、歴戦の戦士が持つ技術も経験も存在しない。

 同じように数回投げ飛ばすと、ペタリと地面に手をついて動かなくなる。


 俺は手から離れたハルバートを拾い上げ、ダグラスの目の前に放り投げた。


「もう一度そいつを手に取り、俺に殺されるか。二度と俺たちの前に姿を見せないよう、隠れて暮らすか。……今、選べ」


 既に薬も切れたのだろう。

 その問いに、歯の根も合わず、カチカチと口を震わす痩せた老人は、なにも言わず俺の顔を見て怯えるだけだった。


 ――完全に牙を折った。

 これなら、今後こいつの被害に遭うような、罪のない人々もいなくなる。


 ナタリーは歯を食いしばりながらそれを眺め、俺が近づいても、握りしめていたハルバートを離さないで立ち尽くしている。


 瞳の奥に輝いていた復讐心が、戸惑うように揺れていた。


「メインディッシュは干からびちまったが、どうする?」

「あれじゃあ、腹痛を起こしそう」


 ナタリーはしかたないとばかりに首を振ると、ハルバートを消し、俺を見上げた。


「じゃあ、遅刻しないように急ぐか」

 俺はメインホールの屋根に向かってワイヤーを投げる。


「ねえ」


 ナタリーが俺の首に手を回して、身体を預けてきた。

 上目遣いに見詰める視線は情熱的だったが、その瞳の奥に復讐の影は存在していない。


「なんだ?」

「あなたは、何者なの?」


 強く抱きしめてきたナタリーの細い腰に手を回し、白煙瓶を割って、ワイヤーを一気に巻く。


「ただの幻想さ」




 俺はそう呟いてから、ナタリーを抱きしめ返して、夜空を舞った。

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